ルークが客間へと駆けつけると、そこに料理などを持って集まっていた者たちが一斉にこちらを見てきた。ヴァンからガイを引き入れたのはルークだと聞いているのだろう。どことなく嫌な視線を受けながら、ルークは真っ直ぐにひとつの部屋を目指した。そこではアニスと他の従業員ががふすまの向こう側の様子をじっと窺っていたようだった。おそらくそのふすまの向こうの部屋にガイがいるのだろう。
こちらに気がついたアニスが、あっと声を上げた。
「ルー!遅いよー一体どこいってたの?!」
「ヴァン様がお待ちだ、さあ早く」
アニス達に手を引かれ背中を押され、ふすまの目の前に立たされたルーク。中からはヴァンの声と、ガイの声と、物騒なドシンドシンという音が響いてきていた。
『そんなに暴れなくとも、ルーはすぐにきますよガイラルディア様』
『ルーはどこだあああ!俺のルーを早く出せー!』
「可哀想に総長、髭とかちょんまげを引っこ抜かれそうになったりしてるんだよ。私あんまり可哀想で……思わず吹き出しちゃった☆」
アニスが耳打ちでこそっと教えてくれる。ふすまの向こうでは壮絶な攻防戦が繰り広げられているのかもしれない。ふすまに顔を寄せたアニスは、中へと呼びかけた。
「総長ー、ルーが来ましたよ」
「遅い!」
聞いた瞬間速攻で部屋の中から飛び出してきたヴァンの姿は、どことなくヨレヨレだった。部屋の中へと一言断りを入れてから、ルークへと向き直ってくる。じろりとルークを見下ろすその瞳には、疲れと怒りが込められているようだった。これだけずズタボロにされれば恨みたくもなるか。
「何をしていたのだルー、おかげで私はあの方の相手をさせられていたではないか」
「あー、それはなんか、すみませんでした……」
「このままでは大損だ!少しでも反省しているのなら、早く行って金を絞れるだけ絞りとって……」
「せんせー!俺俺!俺が分かるか!」
説教を始めたヴァンの目の前に、ミュウに吊り下げられた坊が飛び出した。何かを期待する目でヴァンを見つめる。ヴァンはそんな坊を、少々驚いた顔で見つめた。てっきり自分の育てた可愛い坊がこんなミニマムになっている事に驚いたのかとおもったが、違うようだ。
「何だ、この小さくて可愛らしいネズミは」
「がーん?!」
「えっと、ご存じありませんか?」
「私が知る訳なかろう、知っていたらすぐに私のものにするはずだ。さあ、それより早く入るんだ」
説明する暇もないまま、ルークは坊と共に背中を押され、ふすまの向こうの部屋へと追いやられてしまった。ルークが部屋の中に転がり込んでいる間に、ごゆっくりとか何とか言ってからヴァンはすぐにふすまを閉めてしまう。逃げ場は無い。
ルークが顔を上げれば、目の前にはおどろおどろしい雰囲気を纏ったガイがいた。心なしか大きくなっている気もする。まず表情から違った。最初に会った時はもっと爽やかな笑顔だったはずだ、あんなに恐ろしい笑顔なんてしていなかった。
「ああルー、よく来たな。何か食べるかい?それとも金を出そうか!ルー以外の人間には出してやらない事にしたんだ」
ガイは暗い笑顔のまま、周りに転がる料理を差し出してくる。ルークはただ黙ってガイを見つめていた。
「こっちへおいで。ルーは何が欲しいんだい?言ってごらん」
ルークの気を何とか引こうとしてガイが話しかけるが、それでもルークはじっと座ったまま、ガイを見つめ続けるだけだった。やがてルークが、静かに口を開いた。
「なあ、あんたは一体どこから来たんだ?俺、すぐに行かなきゃいけない所があるんだ」
「……えっ」
「あんたは来た所に帰った方が良いよ、俺が欲しいものは、あんたには絶対に、出せないから」
ガイはルークの言葉に怯んだようだった。貼り付けていた笑顔が消える。そんなガイに向けて、ルークは畳みかける様に語りかけた。
「おうちはどこなの?お父さんやお母さん、いるんだろ?」
すると、目に見えてガイの様子が変わった。どこかうろたえる様に身体がよろめき、表情は孤独と悲しみに彩られる。数歩よろよろと下がったガイは、そのまま顔を覆ってしまった。ただならぬ様子にルークは思わず立ち上がる。ガイは顔を覆ったまま、ブツブツと何かを呟いていた。
「い、嫌だ、嫌だ……寂しい……」
「う、うちがどこか分からないのか?」
「ルー……ルーが、ルーが欲しい……」
苦しみもがく様に呟いた後、ガイはいきなりルークへ近づいてきた。そのまま手を差し出し、ルークの鼻先に突きつけてくる。その手にはあの砂金が山のように乗っていた。ルークは目を見開いて砂金とガイを交互に見つめた。
「欲しがれ」
「おっ俺を【ショッキングな表現のため自主規制】する気か?!」
「取るんだ……頼む、取ってくれ!」
「やめろっ!」
どこか必死な言葉は、そこで途切れてしまう。差しだされた掌に、ルークの肩に乗っかっていた坊ががぶりと噛みついたのだ。思わず手をひっこめたガイは反射的に坊を振り払う。砂金と共に空中に放り出された坊は綺麗にミュウがキャッチして、そのまま再びルークの元へと戻ってきた。
「くっ、このネズミめ……って何だこの可愛いネズミは!こんな生き物がいた事に気づかなかったなんて俺とした事が!」
「こここっ怖かった……!思わず噛みついたけど怖かった!」
「みゅーっご主人様偉いですの!さすがボクのご主人様ですの!」
坊とミュウが戻ってくるのを確認して、ルークはあるものを手にガイの目の前に立った。それは、半分になった苦団子だった。あの妙に光り輝く川の神から貰った団子だった。アッシュに半分食べさせたその片割れだ。ルークは一度だけその団子を名残惜しそうに握りしめてから、坊に驚くガイを見つめた。
「俺を食べる前に、これを食べてくれよ。本当はお父さんとお母さんに食べさせるつもりだったんだけど……」
「なっ、ルーから俺へのプレゼントだと……?!」
「あげるな、ほらっ」
驚愕に口を開いたガイへめがけてルークは団子を放り投げた。団子は綺麗にガイの口の中に入り、反射的にガイはもぐもぐしてしまう。途端にガイの顔色が変わった。そのままふらふらとよろけた後、こちらに背を向け、何と勢いよく【大変ショッキングな映像のため自主規制】し始めたのだ。ルークは思わず後ずさり、ふすまに背をつけた。
しばらくそのままの姿勢だったガイは、肩で息をしながらゆっくりとルークを振り返ってきた。その瞳の中には激しい怒りと、少しの喜びが燃え上がっていた。
「る、ルー……!」
「ひええ……!」
「お前からのプレゼントは嬉しい、嬉しいが……一体俺に、何を食わせたんだあああ!」
ガイが襲いかかってくるのを見て、ルークは背後のふすまを開け、駆け出していた。ガイもそれを追うためにふすまをぶっ壊しついてくる。向こう側で様子を窺ってくれていたらしい誰かの悲鳴が聞こえたが、振り返る余裕がルークには無い。そのまま廊下に飛び出したルークは、驚く人々の間を潜り抜けながらミュウにぶら下がる坊へと声をかけた。
「遅れるなよ!さっき話した場所まで走るからな!」
「おお!頑張れよブタザル!」
「みゅっ!頑張るですのー!」
「待ってくれルゥゥゥゥゥゥゥゥゥーっ!」
ガイは人々を押しのけてついてきている。ルークが追いつかれないように必死に駆けていると、目の前にヴァンが立ちふさがった。驚いたルークだったが、その視線はルークではなくガイに向いている。どうやら自分が妨害された訳ではないようだと気づいたルークは、その脇を走り抜けた。ヴァンはこちらへと向かってくるガイへ、剣を振り上げた。
「皆下がれ!いくらガイラルディア様とて許せん、くらえ!光龍槍!」
剣から真っ直ぐに光が伸び、ガイに直撃した。しかし最早ルークしか見えていない様子のガイには効いていないようだった。ガイの勢いは衰える事無く、ヴァンに向かって直進してきた。
「な、何っ?!」
「髭のくせに俺の邪魔をするな!気高き紅蓮の炎よ、ルーに萌え付くせ!鳳凰天翔駆!」
「ぐはあーっ!」
炎を纏ったガイにぶっ飛ばされ、ヴァンはあっけなく沈んだ。そのままガイがヴァンを追い抜けば、大きな吹き抜けに飛び出す。体調が悪い癖に秘奥義なんてかましたせいでふらふらになっていれば、その耳にルークの声が飛び込んできた。
「こっちだよー!」
「はっ、ルーの声!ルーが俺を呼んでいる!」
「そうそうこっちこっち!」
とても現在進行形で【ショッキングな表現のため自主規制】している者とは思えない身軽さでルークの声を追うガイ。ルークは、ガイが自分を見失わないような距離を保ちながら、そして呼びかけながら油屋の中を走り抜ける。振り切らないように、しかし追いつかれないように必死に階段を下りた。ガイは無事にルークの後をついてきているようだ。坊をぶら下げたミュウも必死についてくる。目的地は、もうすぐだった。
ルークを追いかけているうちに、ガイは次々と【ショッキングな表現のため自主規制】していった。その中には、リグレット達もいた。ガイが【ショッキングな表現のため自主規制】していった者や物は、その全てがガイから絞り出されているかのようだった。
やがてルークは裏口から油屋の外へと出ていた。周りはまだ水浸しで、見渡す限りが海ばかりだった。そんな水の上に大きな桶を浮かべて、シンクがルークを待っていた。
「ルー!こっちだよ!……まったく、何で僕がこんな事やらなきゃいけないのさ」
ぶつくさ言いながらもちゃんと待機してくれていたシンクの元へやっとルークは辿り着いた。ルークが桶の中に飛び込むのを確認したシンクが桶を漕いで油屋を離れる。全ては打ち合わせ通りだった。協力してくれるシンクに感謝しながら、ルークは油屋を振り返った。
ルークが出てきた入口から、頼りない足取りでガイが出てきた所だった。その姿は先ほどまでの恐ろしい暗い雰囲気とはほとんど違っていた。全て、身体の外へと出してしまったのだろう。ガイはおろおろとルークの姿を探しているようだった。ルークは大声で呼びかける。
「来た!おーいこっちだよー!」
「ちょっ何呼んでるの?!」
わざわざガイに呼びかけるルークにシンクが桶を漕ぎながらも驚く。ルークは袴を脱いで下に来ていた普段着姿になりながらもガイを見つめていた。
「あの人油屋にいるからいけないんだよ。ここを出た方が良いんだ」
「あんた本当に馬鹿なの?あんなものどこに連れていくつもりさ」
「それは、分かんないけど……」
「分かんないって……あーあ、ついてくるし」
呆れた声を上げるシンクの目の前でガイがルークを追って水の中に飛び込んでくる。溺れないか心配になったが、まるで海のサルのような軽やかな動きで泳いでいるのが目に入った。あれなら大丈夫だろう。
ガイは足がつく所まで泳ぎ着いてから、最後の【ショッキングな映像のため自主規制】した。ぼちゃんと水の中に転がったのは、一番最初の犠牲者ギンジだった。いきなり水の中に放り込まれたギンジは、慌てて油屋へと泳ぎだす。
「うあああっ何でいきなり水の中にっ!おいら船の操縦はピカ一だけど泳ぎはそれほどでもないのにー!」
ばちゃばちゃと去っていくギンジを最早ガイは見ていなかった。一番最初の頃のような無口な青年に戻ったガイは、ただ静かにルークを追いかけていく。
ルークはゆらゆら揺れる桶の中から海の下を覗きこんだ。少し向こうに、僅かに水に沈んだ線路が見える。シンクはそこまで桶を漕いでくれた。
「ここから歩けるから。駅は行けば分かるってさ」
「うん!ありがとなシンク!」
「その……必ず戻ってきなよ。この僕がわざわざ手を貸してやったんだからさ」
「もちろん!必ず戻ってくるよ」
ルークが笑顔で応対してから、シンクは器用に後ろ向きに戻っていく。ばしゃばしゃと水の感触を確かめながら歩き始めたルークの背中を、じっと見つめていた。やがて、声を上げる。
「ルー!あんたの事、どんくさいだのチビ助だの役立たずだの散々言ったけど……一応それ、取り消しとくからね!」
シンクの言葉に、ルークは片手をあげて答えた。その背中は、最初に会ったあの頼りない子どものものではなかった。それを最後に見てから、シンクは方向を変えて油屋へと戻っていく。途中ガイとすれ違う時、思い切り睨みつけてやった。
「そこの変態金髪!ルーに何かしたら疾風雷閃舞とアカシックトーメント同時に食らわせて昇天させてやるからね!覚悟しといてよ!」
ガイはシンクに困ったような笑顔で答えて、またルークを追いかけて行った。本当に大丈夫かなとシンクは不安でいっぱいだったが、今はルークを信じるしかなかった。
11/04/30
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