試験前の勉強をどのぐらい、何時まで行うかは人それぞれだ。一ヶ月前から計画的に入念に行うものもいれば、3日前や前日になってヤマを当てにいく無謀者まで様々である。テスト前日には遅くまで勉強する者も少なくないであろう。こたつの中で唸りながら課題をこなす赤毛の二人も、同じであった。


「腹減った……」
「晩飯はもう食っただろうが」
「普段あまり使わない頭を使うと腹減るんだよー」


うんざりといった声を上げるルークは、しかしそれでも左手のペンを放り出そうとはしなかった。切羽詰っているとさすがに集中力が違うらしい。今までアッシュの部屋で勉強をしてきたルークは、試験の日が近づくにつれてテキストに集中する時間が増えているのだった。それを間近で見ているアッシュは最初から集中していれば後になって苦労する事も無いだろうにと思うのだが、人にはそれぞれのやる気とペースがあるのだから、あまり口出しはしていない。何だかんだ言って勉強をするだけ良いのだ。これで課題を放って逃げ出すようなら地の果てまでも追いかけている所だが。


「何か、腹減ってきたせいで集中力切れてきた……」


とうとうルークの手が止まった。時計を見れば確かに、いつの間にか夜中に近い時間になっていた。言われてみればアッシュも小腹が空いてきたような気がする。ちなみにルークは明日はアッシュんちから学校に行くと言って制服や鞄、お泊りセットを持ち込んでいるので帰宅の心配はいらない。それを難なく受け入れるアッシュも随分と慣れたものだった。


「なあ、アッシュ!」
「何だ」


声をかけられて、手を止め顔を上げたアッシュの目の前には満面の笑みを浮かべるルークがいた。これは何かを思いついた顔だ。条件反射で眉を寄せるアッシュの眉間に指を押し当てほぐしながら、どこか楽しそうにルークは言った。


「肉まん食いたい!肉まん買いに行こう!」




一度こうと決めたらとことん突っ走るのは、ルークとアッシュのいくつかある共通した部分の内の一つであった。なのでルークが肉まんが食べたいと言い出したのなら、肉まんを食べるまで言い続けるという事をアッシュは知っていた。知っていたので、仕方が無く勉強会を一時中断し、冷え込む外へと繰り出したのだった。


「今は便利だよなー、だってずーっと開いてるんだぜ、コンビニとか」
「そうだな」
「しかもちょっと歩けばつくぐらい近くにあるんだもんな、便利すぎるよな」
「そうだな」


他愛も無い話をしながら、白い息が消えていく夜空の下を並んで歩く。肉まんならコンビニに置いてあるだろう。深夜にも置いてあるのか、深夜にコンビニへ行った事のないアッシュは分からなかったが、行って無かったら諦めるか、別な食べ物を買えば良い。
道中はルークが基本的に喋りアッシュが適当に相槌を打つという会話とも言えない会話が交わされる。一見一方通行のような感じにも見えるが、これはルークは喋る事で寒さを紛らわし、アッシュはじっと黙る事で寒さを耐えるという違いからきている。もちろん両者ともそれはよく心得ているので、キンと冷える空気の中でも取り巻く雰囲気だけは普段通りの柔らかさと暖かさを帯びていた。

並ぶほとんど同じ高さの赤い頭の元には、そっくり並ぶ同じ赤いマフラーがあった。その手元にはもちろん、大きさも同じてぶくろがはめられている。


「アッシュこれだけ赤尽くしだと、暗闇でもはぐれる事は無いな!」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
「えーっアッシュの方が目立つぞ、絶対!赤髪の面積俺より広いし!」
「てめえの髪色の方が明るくて明らかに目立つだろうが、量より質だ、質!」


他人から見ればほとんどお揃いな二人が不毛な言い争いをしている間にコンビニについた。眩しい光が漏れる自動ドアから中に入れば、別世界かと思うほど暖かくて一瞬二人は足を止めてしまった。店番の店員の少し眠そうな声に、改めて中へ踏み出す。レジの隣のボックスに、目的のものが見えたルークがアッシュのマフラーを引っ張った。


「あった!あったぞアッシュ!よかったー売り切れてないか心配してたんだ」
「ぐふっ……!く、屑がっ引っ張るな!」


遠慮なく締め付けながら歩くルークにアッシュは慌ててついていく。レジの前に立ったルークは、何のためらいも無く店員に肉まんをふたつ頼んだ。アッシュが別なものを頼むかもしれないなどと微塵にも考えていない。しかしその通りであったアッシュは大して疑問に思わずに自分の財布を取り出そうとするが、ルークに遮られてしまった。


「今日は俺のおごり!」
「珍しいな、いつもは嬉々としてたかってきやがるくせに」
「人聞きの悪い事言うなよな!俺だって肉まんの金ぐらい出せる!」


えへんと威張ってみせるルークだが、肉まんの金も出せなかったら相当ヤバイだろう。店員に内心馬鹿にされてはいないだろうかとアッシュが不安に思う中、かくしてほっかほかの肉まんを二つ手にした二人は暖かな空気を名残惜しみつつコンビニを出た。途端に冷気が襲ってくるが、手の中の湯気立つ肉まんのおかげでここに来るまでより寒くないような気がする。


「そんじゃ、いただきまーす!」
「家に帰るまで待てねえのか」
「待てねえよ、食べたくて仕方なくてここまで来たんだぜ?」


さっそくルークは満面の笑みで肉まんにかぶりついた。美味い!と歓喜の声を上げるルークを見ていると、こっちまで食べたくなってきてしまう。どうせ辺りに歩き食いを指摘するような他の人の姿は無い。耐え切れなくなったアッシュも、ルークにならって手の中の肉まんを頬張った。


「……!熱い」
「そりゃ熱いだろ、ほっかほかだもんな」


思わず眉をしかめるが、この寒さの中ではその熱さもどこか心地よかった。熱さに慣れると口の中に肉まんの旨みがじんわりと広がる。ルークがいきなり肉まんを食べたくなった気持ちが、この瞬間とてもよく分かった。


「んーっ美味い!やっぱ冬場は肉まんに限るなー」
「今だけは否定出来んな」
「だろお?」
「試験勉強の疲れも若干取れた心地がする」
「……思い出させるなよ、明日の事考えてちょっとへこむだろ」


がっくりと項垂れるルークは、今までなるべく試験の事を考えないように現実逃避をしていたらしい。呆れたその頭を、アッシュは励ますように軽く叩いてやった。肉まんをもぐもぐしながら何とか立ち直ったルークは、舌を火傷しないようにちまちまと肉まんを食べるアッシュを見て、にっと笑った。


「アッシュ、試験が終わった後にでもまた肉まん食べような」
「試験が終わった記念にか?」
「そうそう!試験お疲れ様肉まんパーティだー!」
「試験散々で気の毒だが次回は頑張れパーティか」
「ふ、不吉な事言うなよ!」


軽くじゃれあいながらアッシュの家に帰り着く頃には、肉まんはすでに二人のお腹の中に全て消えていたのだった。





   肉まん

09/02/26