学生の本分は勉強である。それは何歳であろうと何年生であろうと関係なく、学生であれば勉強をしなくてはならない。その中でも勉強の成果が試される試験は、あらゆる学生の恐怖の対象となっていた。そしてそれに伴って出される課題に、一部の学生は死ぬほどの苦しみを味わっているという。


「大げさすぎるだろうが」
「だって俺にとっては本当に地獄のような苦しみなんだもん、古文とか歴史とか」


早々とテーブルの上に突っ伏す赤い頭をアッシュはペンの先で小突いた。どこか怨むような目でルークが顔を上げるが、ルークが怨んでいるのは視線の先のアッシュではなく手元に広がる苦手な課題なので、アッシュはそ知らぬ顔で無視した。己の手元の課題へ意識を集中させる。
試験前になると、試験対策と称していつもより多めの課題が出される。この時期になるとほぼ毎回ルークがアッシュに泣きついてくるので、ほぼ毎回二人は同じ部屋で勉強をする事になるのだった。ひとりだとついサボってしまうが、アッシュと一緒だとサボると怒ってくれるし勉強も教えてくれるから、とルークは言う。甘えるなと言いながらつい面倒を見てしまうアッシュは、今日も自らの部屋を提供し自分の課題もこなしながらルークを監視しているのだった。


「ルーク、さっきからひとつも問題が進んでいないぞ」
「あー俺勉強のし過ぎで知恵熱が出てきたみたいだーもうだめだー」
「ありえる冗談はやめろ」
「ありえねえよ!失礼なっ!」


面倒くせえとブツブツ呟きながらようやくルークが問題に取り組み始めた。こうして少し問題を解くと文句をいい、また問題をちょっとでも解くと休憩しようとほざき、再び気を取り直して問題を解き始めてもすぐ話しかけてくるのがルークの勉強ペースだった。今は本人が苦手と豪語するジャンルの課題をやっているらしく、その動きがより顕著である。


「大体さあ、何で歴史とか勉強しなきゃいけねえんだよ、ここ最近の事だけでいいだろ、100年前の出来事とかを覚えて一体何の足しになるんだよー」
「教養がなってねえと社会に出た時に苦労すんだよ屑が」
「アッシュはいいよなー得意だもんなー。ちょっとその脳みそ俺に一回貸してみてくれよ、試験中だけでいいから」
「断る」


今やっている所はよほど苦手な部分なのか、すぐに愚痴が飛び出てくる。こたつの中でもじたばたと足を動かして落ち着きの無いルークに一回強烈な蹴りをこたつ内でお見舞いして黙らせてから、アッシュはふと脇に寄せてある課題を手に取った。それはアッシュのものではなく、ルークのものだ。中を開いてみれば、すべて解き終わったものであった。


「こっちはもう終わらせたのか」
「あーまあなー」
「こっちは自力で出来たのにそっちは出来ない訳がないだろうが、しゃきっとしろ」
「そっちは苦手じゃないから出来たんだよ!それに」


そこでいったん言葉を切ったルークは、そっと目を伏せて呟いた。その体はどこか恐ろしげに震えている。


「ジェイドの課題だけは、終わらせとかないと、さ……」
「ああ……」


アッシュは納得した。あの校内一恐れられている鬼畜眼鏡教師は、課題や教材を忘れてきた生徒を裏の準備室に呼び出し世にも恐ろしい罰を与える事で有名だった。どんな罰なのかは受けた生徒にしか分からない。とりあえず全員が顔を青ざめて口を閉ざすぐらいは恐ろしいものだという事だ。誰もが彼の担当である化学の課題をまず最初に終わらせるものである。かくいうアッシュも、別に罰を受けたことがあるわけではないがすでに終わらせている。


「あーあ、ガイの課題だったら後回しにしても平気なのに」
「あいつも怒るときは怒るからな、油断してるとガツンとやられるぞ」
「ま、マジで?」


何か心当たりがあるらしいアッシュの言葉に、ルークが目を丸くする。いかにも優しい良いお兄さんです的なスマイルを常に浮かべているガイがガツンと怒ってくる姿があまり想像出来ないが、幼馴染のアッシュが言うのだから信じるしかない。
一問解いては休み一問解いては休みと一向に先に進まないルークを横目に、一段落したアッシュは引き続きルークの終わらせた課題を眺める。お世辞にもあまり上手とは言えない元気すぎるその字は、幼い頃からあまり変わってはいなかった。


「それにしてもお前は、出来ている課題と出来ていない課題の差がありすぎていないか」
「え?」


このすでに終わらせている課題たちはルークが自力で解いた後が滲み出ている。数学なんかはきちんと解けるまで式がずらりと書かれていて、答えもそれなりに合っているようだった。しかし未だ終わっていない課題たちの方はといえば、その進み具合からもその字からもやる気が微塵も感じられない有様だ。そしてその終わっていない課題に共通するものといえば、いわゆる「暗記」が必要な科目だったりする。


「だってさあひたすら頭だけ使って覚えなきゃいけない勉強ってつまんねえじゃん、体で覚えるみたいな、そんな勉強って無いもんかなあ」
「脳みそ筋肉なんて呼ばれてえのか」
「呼ばれたくねえよ!後はったり筋肉でもねえよ!」


ルークの中の何かが刺激されたのか関係ないことを身を乗り出して叫んでくる頭を教科書で叩いて落ち着かせる。教科書で叩かれると頭が良くなる気がするとかアホな事を言いつつ頭を抑えるルークを、アッシュはどこか複雑そうな目で見つめた。


「だが思えば、やろうと思えばお前は出来るんだったな……」
「ん、何が?」
「何でもねえよ」


きっと切羽詰った状態でルークが本気で勉強をしようと思えば、それなりに出来てしまうのだろう。その証拠にルークは親や教師に止められた高校を受験してこうして合格している。それに出来ない(やりたくない)教科は多いが、それ以外の教科は結構成績が良かったりするのだ。夏休みの宿題の様子だけを見てきた今まででは分からない、ルークの一面だった。夏休みはどうしても気が緩んでしまうのか、ルークは全部の宿題をアッシュに手伝わせたりしたものだった。
そう考えたとき、アッシュの心の中に不可解な感情が一滴落とされた。その感情は波紋となってアッシュの中にじわじわと染み渡る。あまりにも馬鹿馬鹿しいその感情に、アッシュは気づかない振りをした。


「今度の試験、ひとつでも赤点があればこの部屋に入れねえからな」
「ええーっ!そんな……それなら俺これから一体どこに行けばいいんだよ!アッシュの非道!」
「普通に家に帰ればいいだろうが屑がっ!」


アッシュの言葉にそれなら頑張らなきゃとやる気を取り戻したルークが、先ほどとは違う少し真剣な目で問題を解き始めたのを静かに見守る。知らない振りをしても、その感情は確かにアッシュの中で芽生えて消えることは無かった。
手伝ってくれ助けてくれと縋り、やっぱりアッシュは頼りになるなと嬉しそうに笑うルークのかつての夏の笑顔。その手放しで頼られる様子が、アッシュは嫌いではなかった。しかしそれはきっと、これから先は味わえないのだろう。確かにルークはまだまだアッシュに頼ってきたり甘えてきたりするが、こうして得意な科目は自力で解いてしまうのだから。もう全てをアッシュに頼る事はしないのだから。
それがただ、なんとなく。寂しいかな、などと。


「女々しいだろうが、さすがに……」


こっそり呟くアッシュの言葉は、集中するルークの耳に届かない。その姿にこの無視したい感情がさらに心の中に染みてきて、どうしようもなくなったアッシュは隠れるように手で顔を覆うしかなかった。





   試験と課題

09/02/22