寒いと食べたくなるものがある。それは大抵、やはり温かいものだ。人間はきっと本能で体を温まらせようとするのだろう。暖かな場所で、温かいものを食べたくなる、これは冬の間の宿命と言ってもいいかもしれない。そしてその衝動は、いつでもやってくるものなのだ。


「なあアッシュ、鍋は好きか?」
「嫌いではない」
「そうか好きか。じゃあ鍋食べたくないか?」
「……」


ある日の昼休み、ふと問いかけてきたルークにアッシュは無言で答えた。アッシュの返答は無言か、そっけなく一言である場合が多い。昔はもう少し素直だったはずなのだが、しかしルークはそんなアッシュの返答であっても大体どういう意味が込められているのかが分かるのだった。今の無言の時間も、随分と柔らかいものだった。なので、


「じゃあさ、今日鍋食べようぜ、鍋!」


そうやって笑顔で提案しても、アッシュは断る事無く受け入れた。否を唱えない時は、アッシュの場合は大抵肯定を意味しているのだった。


「鍋って言ったら色んな味があるけどさ、何がいいかな」
「好き嫌いの多いお前が選べ」
「やったあ、って悪かったな好き嫌い多くて!んーとそうだな、普通の水炊きも良いし、カレー鍋とかも美味しそうだけど……やっぱり味噌鍋!」
「味噌、か」
「ああ、何か味噌って言わなきゃいけないような気がした」


上機嫌に頭の中で鍋を想像するルークの笑顔を見ながら、よしっとひとつ頷いた。ちなみに鍋をする場所については議論する必要は無い。この頃ルークは居心地が良いとか言いながら我が家のようにアッシュの部屋に入り浸っているのだ、どうせアッシュの部屋でやる事しか考えていないのだろう。ちなみにルークの部屋はアッシュが定期的にチェックをしにいくため、ある程度は片付いているので心配はいらない。


「それじゃあ好きな具を持って、俺の家に集合しろ」
「あっそれいいな!好きな具って、何でもいいんだよな?」
「……味噌鍋を作るつもりなら味噌鍋に合うものを持ってこい」
「分かってるっつーの!アッシュも自分が好きなの持ってこないと、俺に全部食べらちゃうぞ」
「ふん、分かっている」


二人で顔を合わせ、にやりと笑う。学校後二人で買い物に出かけても良いのだが、それぞれどんな具を持ち寄るのかというわくわく感のために別々に用意する事とした。こうしてアッシュ家では、二人だけの即興鍋パーティが開催される事となったのである。




「でもさあ、さすがにメインの具はどっちが何を持ってくるか決めてた方が良かったんじゃねえ?」
「うるせえ、各自好きなものを持ってきた結果だ、文句言うんじゃねえよ」
「だってここまで被るとは思って無かったし……」


夜、アッシュの家にやってきたルークと手持ちの具材を見せ合えば、そこには似通ったものが並んでいた。二人ともすっかり忘れていたのだが、嫌いな食べ物で言えばルークの方が圧倒的に多いのだが、好きな食べ物は意外とルークもアッシュも同じものが好物なのだった。特にメインになるべく肉は、二人とも大好物の鶏肉しか持ってきていない。


「まあ、チキン美味いもんな、チキン」
「美味いものはどれだけあってもいい。さあ、さっさと始めるぞ」


己を納得させて、さっそく鍋を始める事にした。事前にアッシュが鍋を用意し、コンロも持ち出し、出汁も整えていたので後は具を放り込むだけとなっていた。こたつの上に広がるその準備万端な光景を目の当たりにしたルークは、しみじみと感じる。


「やっぱアッシュって良いお嫁さんになれるよな……っいてえええ!」
「くだらねえ事言ってないでさっさと座れ屑が!」


思わず飛び出た呟きにも容赦せずアッシュはお盆チョップを繰り出した。痛む頭を抑えながらもルークは慌てて正座で座る。ここでもたもたしていればすぐにでも第二破が叩き込まれるのだ。きちんと座ったルークを確認したアッシュはお盆をしまい、厳かに鍋の前に座った。
何だか、アッシュの様子がいつもと違う。ルークはそう感じた。どう違うのか言葉で説明するのは少し難しいが、そうだ、真剣なのだ。その表情も、雰囲気も。テスト前夜の本気で勉強するアッシュと同じようなピンと糸を張ったような緊張感が当たりに漂う。


「始めるぞ」
「あ、ああ!それじゃさっそく……」
「何してやがる、屑が!」
「あでっ」


手元の具を適当に鍋の中に入れようとしたルークだったが、アッシュに手を叩かれて止められてしまった。恨みがましい目で睨み付ければ、それよりもっと強い目つきで睨まれた。


「何すんだよ!」
「それはこっちの台詞だ考えなしに具を放り込むんじゃねえ!火が通りにくいものをなるべく先に入れろ、後鍋だからって油断せずに見栄えにも気を配れ、こう並べて入れれば食欲だって増すだろうが、よく見てろ!」


アッシュはルークから具を奪い取ると長箸で次々と鍋の中に綺麗に収めていった。その様子をルークは手出しできずにただじっと見つめていた。本能で感じたのだ、こういう時のアッシュには口出ししてはならない、と。
どうやらアッシュはこの歳で鍋奉行としての素質が開花しようとしているらしい。若干早い気もするが、アッシュならばありえる、とルークは納得した。全てアッシュが上手い事やってくれるなら文句は無い。


「おら、出来たぞ」
「わーい!もう食っていい?」
「今入れたばかりだろうが、もう少し待ちやがれ!」


こうして怒鳴り怒鳴られながらも楽しく出来上がったほかほか味噌鍋は、鍋奉行と素人の騒がしいやり取りの中美味しく食べられたのだった。


「ここで中華麺投入ー!」
「ルーク……鍋に麺と言えばうどんだろうが!そもそも鍋の一番最後は白米を入れて雑炊と相場が決まって」
「じゃあもう全部入れちまおうぜ!はい投入」
「こっこの屑がー!」





   鍋奉行

09/02/19