こたつ。それは、冬の魔物である。


「一言で終わらせるな」
「いてえ」


暖かなこたつの中から蹴られて声を上げたルークだったが、そこから一歩も動こうとはしなかった。首から下はすっぽりとこたつの中に納まって、幸せそうな顔でゴロゴロしている。それをコタツ越しに呆れた目で眺めているのがアッシュだった。テーブルの上に本を広げながら、その辺に転がるみかんをちまちまと頬張る。とてもまったりとした穏やかな時間が流れていた。ちなみにここはルークが我が家ぐらい、もしくはそれ以上に落ち着けると豪語するアッシュの部屋である。


「こたつって最高だよな、あったかくて気持ちよくて落ち着いて抜け出せなくて、本当に冬の魔物って感じだよな」
「寝るなよ、また風邪を引くぞ」
「こんなにあったかいのに風邪なんて引くかよー」


せっかく忠告してやっているのにルークはひらひらと(こたつの中で)手を振って笑うだけであった。こういう油断が風邪に繋がるのだと説教をしてやりたい気分だったが、せっかくのゆっくりした時間をそんな事で潰したくは無い。後日絶対言ってやろうと固く誓って、アッシュは本に目を戻した。ついでにみかんを手にとってムキムキ剥き始める。
その気配を転がりながらも感じ取ったのだろうか、ルークがにょきっと利き手だけこたつから出して伸ばしてきた。


「アッシューみかんー」
「起き上がって取れぐーたら屑が」
「ひっでえなあちょっとぐらい取ってくれたっていいじゃねえかー」


ばったばったとうるさい左手に、アッシュは仕方なくみかんを投げてやった。見えてないくせに見事受け取ったルークは、しかしすぐにころんとみかんをテーブルの上に落としてしまう。怪訝に思ったアッシュが一行も読み進められる事無く本から顔を上げれば、左手はさらに催促するように振られた。


「アッシューみかん剥いでー」
「………」
「あっ無視すんなよいいじゃんかちょっとくらいー!」


無視して本に集中しようとしても、ルークがなんやかんやとうるさい。集中力を乱されて仕方がないアッシュは、我慢する事を早々と放棄した。大きなため息をこれ見よがしに吐き出し、しぶしぶみかんを手に取ってやる。


「これ一個だけだからな」
「ひゃっほーさすがアッシュ!ありがとう!」


わたわたと見える腕だけで喜びを表現するルークに、仕方ないと思いながらもアッシュもまんざらではない。こういう所でアッシュはルークを甘やかしているのだと回りに散々言われているのだが、アッシュ自身に自覚は無いのだった。
手にしたみかんの皮を、アッシュはすいすいと剥いでいく。そういう作業がアッシュは得意だと分かっているからルークはしつこくねだって見せたのだ。みかんはそんなに皮を剥くのに苦労はしない果物のはずなのに、ルークが剥くとどこかイビツになってしまうのだった。どうせ食べるなら見栄えのいいつるつるしたみかんの方が良い。


「……それにしても、随分時間掛かってねえ?」


寒さを我慢して左腕をこたつから出してから結構経っている気がする。ふらふらと催促する腕にはまだみかんが渡ってこない。さすがにおかしいと感じたルークは、こたつの暖かさをまだまだ貪りたい体をずるずると上に持ち上げた。そしてひょっこりとこたつ越しに顔を覗かせた目の前に、ちょうどオレンジ色の塊がずずいと差し出された。


「ほら」
「あ、ありがと……って、すっげえ!」


オレンジ色の塊はもちろんみかんだったのだが、受け取ったルークは驚きと感動に思わず完全に身を乗り出していた。そのみかんは皮だけでなく、あの白い筋まで綺麗に剥がされていたのだ。


「俺、こんなに綺麗なみかん生まれて初めて見たぞ!」
「そうか?普通だろう」


色んな角度からみかんを眺めるルークにアッシュは不思議顔だった。この美しさが彼の当たり前なのだろう。ここまで綺麗に剥げばこれだけ時間も掛かるだろうとルークは納得した。


「いっただっきまーす!っつーか食うのもったいないぐらいだな」
「阿呆か」
「んーっ!美味い!やっぱこたつにはみかんだよなー!」


口に放り込めばみかんの甘さがじんわりと染み渡っていく。暖かなこたつに入りながらの至福の時間だった。テーブルに顎を乗せてもぐもぐしていたルークは、ふと目の前のアッシュを見つめる。アッシュは再び本に視線を落としながら、自分で自分のために剥いだみかんを食べているところだった。ルークが注目したのは、そのみかんである。


「アッシュ、そのみかん……」
「あ?何だ」
「……いいや、何でもない!」


自覚が無いらしいアッシュに、ルークは黙っておく事にした。にんまり笑ってみかんを食べるルークにアッシュは首を傾げるが、どうせまたくだらないことだろうと聞き正そうとはしなかった。
それはおそらく、些細な事なのだろう。しかしルークはそれが嬉しかった。発見できた自分にも、無自覚ながらもそれをしてくれたアッシュにも。
自分が食べる分よりも、ルークに食べさせるみかんの方を綺麗に綺麗に剥いでくれて、しかもそれを自分でも気付かぬうちに何となくやってくれるアッシュ。透かした顔で難しい本のページをめくるその伏せられた顔も、口の中のみかんをかみ締める分だけどこか愛おしく感じるのだった。


「あー、今日のみかんはいつもより100倍美味いなあ!」
「そうかよ」


身を乗り出してみかんを口に含み、本に目線を注ぎながらも若干ルークに集中しているアッシュの顔を覗き込むルークはいつの間にか、こたつの恐るべき魔力から逃れていた。





   こたつとみかん

09/02/11