ルークが朝目覚めた時には、アッシュはすでにいなかった。元々帰ると宣言していたのだから仕方の無い事だというのに、どこかがっかりする己をルークは心の中で叱り飛ばした。泊まらなかったとはいえ、アッシュはかなり長くこの部屋でルークの看病をしてくれていたはずだ。熱に浮かされボーっとしたルークの記憶の中では、少なくとも夕飯まで食べさせてくれた覚えがある。限られた休みの日に一日中面倒を見てくれたアッシュに、いまさらながらルークは感謝のために手を合わせた。アッシュの家の方角に。


「っあー、アッシュのおかげかな、何かすっげえスッキリした気分だー」


大きく伸びをしながら起き上がった体は昨日より大分軽い。熱は完全に下がってくれたようだ。ためしにそばにあった体温計で熱を測ってみれば思ったとおりの平熱で、それを確認した途端に元気が出てきた現金な自分に笑いながら、ルークは思いっきりカーテンを開けた。


「おおーっ!まだ雪が綺麗に積もってるじゃん!」


開いていない窓越しでさえ冷気を感じ取れるぐらいに寒々しい外の景色は、文字通り一面の銀世界だった。寝ている間にまた雪が降っていたのだろうか、この積もり具合ならさまざまな遊びが出来るはずだ。今にも外へと飛び出しそうになるルークだったが、ふと振り返った目に何かが映った。テーブルの上に、紙が一枚置いてある。何か書かれていた。
拾い上げてそれを読み上げたルークは、がっくりと肩を落とした。


『熱が下がってても外に飛び出すなよ、屑が!』

「俺……アッシュに見透かされてるんだな」


昔から見慣れた綺麗な文字は、ルークの先回りを見事に成功させたようだ。こうして注意されてしまえば、振り切って外へ飛び出した日には恐ろしい形相で怒られてしまうだろう。そうでなくても病み上がりの体でまた雪まみれになって再び風邪でも引いてしまったら、心配させるし呆れられるし怒られるしで良い事なんてまったくないのだ。ルークは素直に諦める事にした。


「……まあ、これだけの雪ならそんなに早く溶けないだろうし、な」


そうやって自分を納得させる事とする。それでもソワソワと落ち着かない気分を抑えながら、布団を片付けるために部屋へと目を向けたルークは、そこに再び何かを見つけた。今度は紙なんかじゃなかった。枕元にポンと置いてある、真っ赤な何か。確かあそこ辺りには、毛糸と編み道具が置いてあったはずだ。寝る前にてぶくろを編もうとそこに置いているのだが、すぐに寝入ってしまうのでほとんど放置気味だったものだ。アッシュの分を編んでしまったのでやる気が低下しているのかもしれない。


「何だ?俺、寝ぼけながら毛糸を引っ張っちゃったとか?」


毛糸玉が変化した何か。それを確かめるために持ち上げたルークは、言葉を失った。その塊は、いくら寝ぼけてもありえない形をしていたのだ。ルークなりの精一杯丁寧に編み上げたものよりもいくらか綺麗な編み上がりのそれは、とても長かった。首にでも巻きつければとても温かそうな、それ。
それは紛れも無い、手編みのマフラーだった。


「な、何で……?俺が寝ている間に妖精さんが作ってくれたのか……?!」


確かに首元が寒いのでマフラーがほしいとは思っていた。てぶくろが出来上がった暁にはマフラーでも作ってみようかと思っていた所なのだ。そんなピンポイントな贈り物に呆然としていたルークは、しばらくしてからハッと気がついた。妖精さんの正体だ。犯行はルークが眠っている間に行われたもので、そしてその間ルークの傍にいたのはたった一人だ。
ルークは慌ててアッシュに電話をかけた。


「おいもしもし妖精さん!?」
『ちっ違う!お前が寝ている間暇で仕方が無くてたまたまそこに毛糸があったから少し編んでみただけだ!昔ナタリアに散々付き合わされた事があるから偶然マフラーぐらいなら編めただけで、うっかり熱中して二つほど作ってしまったからいらない片方を残しただけだ、勘違いはするな!そこにあった毛糸を全部消費してしまったのは悪かったと思っているが……』
「あ、アッシュ、俺まだ何も言ってないから少し落ち着けよ!」


電話が来た時点で一体何の話題だか予想していたのだろうか、怒涛のようなアッシュの言い訳みたいなものをルークは慌てて遮った。言い訳なんて必要ないのに、こういうことをアッシュは非常に恥ずかしがるのだった。


「なあ、やっぱりこのマフラー、アッシュが編んだやつなんだな!すっげえ!」
『あ、ああ……それより体調はどうなんだ、ルーク』
「んーもう大丈夫、スッキリしまくり!アッシュのおかげだよ、ありがとう」
『ふん、何とかは風邪を引かないというのも嘘だったな』
「何だとー?!」


アッシュのその憎まれ口は元気そうなルークに安心してくれた証なのだと分かるから、ルークはすぐに笑ってみせる。向こうのアッシュもきっと笑ってくれているだろう。確かめる事は出来ないが、ルークは確信できた。


「へへへ、でもアッシュ、編めるなら編めるって言ってくれよ、俺より上手いじゃんかこれ」
『お前が勝手に編み出したんだろうが』
「そりゃそうなんだけどさー。……って、そういえば」


そこで思い出した。先ほどのアッシュの言葉の中に、気になるものがあったのだ。


「さっきこのマフラー、二つ作ったって言ったよな?」
『………。言っていない』
「嘘!言った!絶対言っただろ!もうひとつあるんだろ!」
『くっ……余計な事ばかり覚えてやがる』


悔しそうなアッシュの言葉に、ルークは自分の手の中にあるマフラーを見つめて目を輝かせた。この部屋にある毛糸たちは枕元に置いてあった同じ色のものしかない。つまりこれと同じ赤いマフラーしか出来上がらないはずである。そう、これと同じものだ。


「それじゃあアッシュ!俺のこのマフラーと、アッシュが持ってるマフラーってさ!」
『な、何だ』
「お揃いだな!」
『……っっ!!わざわざ、口に出すんじゃねえよ屑がっ!』


アッシュが怒鳴る前に向こう側からゴンとか何とか痛そうな音が聞こえてきたので、もしかしたらどこかに打ち付けたのかもしれない。ちょっと痛そうなアッシュの声を無視してあげて、ルークは腕の中のマフラーをぎゅっと抱き締めた。色のせいだろうか、そうするとどこか暖かかった。きっとこれを巻けば、雪の中でも平気で走り回れるだろう。


「あ!これ巻けば」
『外に出るとか言うんじゃねえだろうな』
「だ、駄目?せっかく雪が積もってるし、マフラーだってあるのに……」
『……今日は、部屋で大人しくてぶくろ作っておけ』
「えっ?」


唐突にてぶくろの話題が出てルークは戸惑った。しかし次のアッシュの言葉に目を見開く。


『それでてぶくろとマフラーと厚着して、体調が元に戻ったら、相手をしてやる』
「アッシュ……!」
『だから今日は休め、いいな』
「分かった!休む!揃いのマフラーとてぶくろのために!」
『っ?!!』


今度こそ向こう側から派手にこけた音が響いてきて、ルークは声を上げて笑った。その心の中にはもう外へ出たいという流行る気持ちはまったく無かった。たとえ雪が逃げてしまったとしても、お揃いのマフラーとてぶくろでルークに構ってくれるアッシュだけは、決して逃げやしないのだ。





   揃いのマフラー

09/02/01