ルークの様子が何だかおかしい。今日朝出会った瞬間、アッシュはそう感じていた。ルークの言動が挙動不審になる時は、大体何かを隠している時だ。ルークはアッシュが可哀想に思うぐらい嘘をつくのが下手なのだ。もちろん隠し事も出来ない。だから、何かを隠しているときは態度で丸分かりだった。しかし肝心の何を隠しているかは、さすがに分からない。
「おい」
「な?!ななな何だよアッシュ!」
「………」
話しかけるだけでビクンと飛び上がるルークを見ていたら、問い詰める事も出来ない。アッシュは仕方なく本人から何か言い出すのを待つことにした。それほど辛抱強い方ではないが、ルークのためならば待つことも出来る。
と、思っていたのだが。ルークは思ったよりも粘っていた。ギクシャクとした学校生活が終わり下校の時間になっても、ルークは口を割ろうとしない。アッシュは決めた。帰り道、それぞれの家へと別れるまでにルークが何も言わなければ、無理矢理にでも問い詰める、と。
「ほら、帰るぞルーク」
「……う、うん」
声をかければ、何かを躊躇う様子ながらも頷く。そんな様子にため息をつきながら靴箱へと向かおうとした所で、声が掛けられた。
「おや、これはこれは学年一仲が良いと噂の赤毛さん達ではありませんか」
「ぎゃあ!あ、ああっジェイド先生!いいいきなり後ろから声かけんな!」
いつの間に立っていたのか、ルークのすぐ後ろからこちらへ笑いかけているのは生徒の間からは鬼畜眼鏡と呼ばれ恐れられている教師ジェイドであった。その胡散臭い笑みがアッシュは苦手で、思わず一歩後ずさってしまう。
「いつからいやがった、神出鬼没野郎が」
「いけませんねえ先生に向かってそんな口を聞くなんて」
「全うな教師には俺はきちんと礼儀を弁えている」
「あ、アッシュ、あんまり挑発すると夜中こっそり実験台にされちまうぞ」
まるで威嚇するように睨み付けるアッシュと、本気でビビッている様子のルーク。二人ともそれぞれジェイドと色々あったようだ。その様子を余裕の表情で面白おかしく眺めていたジェイドは、ふとルークへ声をかけた。
「ところでルーク、アレは完成したんですか?」
「え?!い、いや、それが……」
ルークの反応で、アッシュはすぐに分かった。ジェイドが言っている「アレ」とは、ルークが今日一日アッシュにひた隠しにしているものの事だと。アッシュの眉間に一気に不機嫌な皺が寄る。アッシュが知らないことを、何故ジェイドが知っているのか。
そんな視線に気付いたのだろう、どこまでも(アッシュにとって)ムカつく笑顔で、ジェイドが答えた。
「いえ、ルークが今作成している「あるもの」の材料を買っている所に偶然出くわせましてね」
「っつーか何であんな所にいたんだよ、ジェイド」
「ルーク、せ・ん・せ・い・はどうしました?」
「じぇ、ジェイドせ・ん・せ・い!」
「知り合いのお使いに来ていただけですよ、私は縫い物なんてしませんからね」
縫い物?ジェイドの口から飛び出した予想外の言葉にアッシュは思わずルークを見る。ルークは一瞬固まった後、朗らかに笑うジェイドに顔を赤らめて突進していった。
「こ、ここここらー!何で言うんだよジェイドォォォ!誰にも言わないって約束しただろ?!」
「すみませんついうっかり☆」
「ついうっかり、じゃねえよー!」
叫ぶルークの頭を押さえつけ、その顔を覗き込みながらジェイドは残酷な笑みを浮かべた。あれは、獲物を追い詰めるときの笑顔だ。傍から見ていたアッシュはそう直感した。
「先程からの様子を見ると、アレはもう出来上がっているのではないですか?」
「う……?!」
「後はアッシュに見せるだけでしょう、一体何を躊躇っているんですか」
「や、それが、まっまだ一組しか、完成してなくて……」
「一組出来ているなら上出来ですね、編み物のあの字も知らない状態から作り上げたのなら」
「えっ」
どこか優しい言葉をかけてルークから離れたジェイドは、振り返りながらその背中をアッシュの方へと押してみせた。
「という訳でアッシュ、ルークがあなたに見せたいものがあるようですよ」
「わーっ!わーっ!」
「見せたい、もの?」
「ちょうどいい、この天気ですから、二人で仲良く分け合って帰ってはどうですか?」
ルークの背中を押して散々発破をかけたジェイドは、そのまま愉快そうに立ち去ってしまった。煽るだけ煽ってそのまま放置されてしまったルークは、あーとかうーとか言いながら固まっている。しばらくポカンと呆けていたアッシュは、ルークの様子を見て気を持ち直したのか重くため息をついて手を差し出した。
「見せろ」
「あっうっ」
「何が出てきても馬鹿にしたりなんて、しねえよ」
先程のジェイドの言葉からアッシュはあるものを連想していた。おそらく予想は間違ってはいないだろう。だがしかしそれでもまさかという思いが消えない。それほど、意外なものだったからだ。だからこそ、早く「アレ」の正体が、知りたい。
ルークがアッシュに見せるためにつくった「アレ」とやらを、早く。
「……これだよ」
観念したルークが鞄の中から取り出した、「アレ」。それは軽い感触でアッシュの手のひらに乗った。その鮮やかな赤色を見て、アッシュは予想をしていたくせに目を丸くした。そう、予想は当たっていた。
「てぶくろ、か」
しかも手作り。手編みのてぶくろなのだ。言われなくても見ただけで分かる。それは、店頭に置けるような綺麗な形をしていなかった。どこかイビツで、しかし見ているだけで限りなく暖かさを感じさせてくれる、ルークが作ったてぶくろだ。問いかけるように視線をやれば、ルークは目を逸らしながら早口で捲くし立てた。
「ほらアッシュてぶくろ持ってないって言ってただろ、それでイオンが手編みだったら金掛からないからお得だって教えてくれてさ俺そんな編んだ事なんて無いけど挑戦する事は悪い事じゃないだろ?でもやっぱ俺不器用だからすごくイビツな形になっちまったけど無いよりはマシだからさせっかくだからアッシュにやる!返品は受け付けてない、けどどうしてもいらないって言うんであれば別に」
「お前のは」
「は?」
「お前もてぶくろ持っていなかっただろう、自分の分はどうした」
どこまでも続きそうだった言葉を遮って、アッシュはルークを見た。ぱちぱちと瞬きして見せたルークは、照れくさそうに頭をかく。
「いや、作るつもりだけどまだ出来上がってないんだ、昨日ちょうどそれが完成したばかりで」
「これはお前の分じゃないのか」
「……一応、アッシュの分、最初からな」
自分の分より先にアッシュの分を作ってくれたらしい。どうやら、完成したはいいけどいざアッシュに渡すとなったら急に恥ずかしくなってなかなか言い出せなくなってしまったようだ。男が編み物とか女々しいじゃないかと今更ブツブツ言い出すルークに、アッシュは深い深いため息を吐いた。言葉に、ならない。
ルークはてぶくろを渡されたアッシュがどんな反応をすると思っていたのだろう。女々しいと馬鹿にするか、いらないとつき返されるか、そんな事をされると思っていたのだろうか。それならば頭の上から怒鳴りつけて怒らねばならない。
アッシュの冷たい手を思って編んでくれたこの手作りのてぶくろを前に、喜ばない訳がないではないか。
「つけるぞ」
「あ、ああっ」
「ふん、サイズがぴったりだな」
「……だって俺の手モデルにしたんだもん」
アッシュとルークの手の大きさはほぼ同じだ。納得したアッシュは、左手にだけてぶくろをはめ、片方をルークへ差し出した。いきなりてぶくろの半分を手渡されたルークは意図が分からず首を傾げる。痺れを切らしたアッシュは、ルークの右手を取って強引にてぶくろをつけてやった。こうして見ると、真っ赤なてぶくろは真っ赤な髪にとても似合っていた。これがどうしてルーク用ではなくアッシュ用なのか不思議でたまらないアッシュは、自分の髪の色を忘れている。
「何で片方ずつなんだ?」
「一組しかないんだから仕方ないだろう」
「でもこれじゃ、片方ずつしか暖かくねえじゃん、やっぱ俺はい……うおっ!」
てぶくろを外そうとしたルークだったが、左腕をアッシュに引っ張られた事によりかなわなかった。そのまま廊下を歩き始めてしまったアッシュを追いかけて、何とか横に並ぶ。
「アッシュ!」
「こうすればどちらの手も寒くないだろう」
「……へ?」
アッシュの言葉に両手を見れば、てぶくろに包まれた右手と、冷たくて暖かい不思議な温度のアッシュの右手に包まれた左手がある。思わず凝視してしまったルークを他所に、靴箱へと辿り着いたアッシュが、白い息を吐き出しながら空を見上げた。
「せっかくのてぶくろを有効活用しなければ、もったいないだろう。こんな天気、だしな」
「え?あ」
去り際のジェイドの言葉が蘇る。つられて空を見上げれば、ルークも納得した。
「雪か……」
さっきまで降っていなかったはずなのに、白く冷たい結晶がはらはらと降り始めていた。確かにこれでは寒い。手だって生身であれば耐え難いほど冷たくなってしまうだろう。しかし今のルークの手は、雪にも負けないぐらいポカポカしているのだ。
「さあ、帰るぞ」
「う、うん!」
繋がれたままの右手。どうやらアッシュは手を繋ぐという行為に慣れすぎて今の二人の光景に違和感を覚えないようだ。少しでも羞恥を覚えたらこんな事出来るはずがない。慣らしたのは多分俺だけどな、とルークは一人でこっそり思った。
てぶくろのぬくもり、人の手のひらのぬくもり、どちらもこの手を暖かく包み込んでくれるが、ルークはもう一組てぶくろを編むのが惜しくなってしまった。それほど右手の暖かさは心地よいものだったのだ。
半分のてぶくろ
09/01/20
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