「んで、次はそこをこうして、こうやって……ってちがーう!何回言えば分かるのよルーク!」
「だって俺不器用なんだから仕方ねえだろー!」
「言い訳は見苦しい、です。頑張るです」
「大丈夫ですよルーク、落ち着いてやればきっと出来ますから」
「そうだよルーク頑張って!ところで僕お腹すいたよ、お昼まだー?」
「こっち、飲み物も足りないんだけど。この家の主はサービスがなってないんじゃないの?」


「……何故こうなった」


アッシュは目の前の光景に途方にくれていた。ここはアッシュの部屋である。それなのに部屋の中を占領しているのはアッシュではなかった。一人暮らし用の少し小さめのコタツは、アッシュの同級生で埋め尽くされていたのだった。
まずは、ルークである。普段からアッシュのものであるはずのコタツはおろか部屋でさえも一度泊まってから遠慮なく占領するようになった第一人者だ。そんな張本人は、手元で何かに夢中になっている。それをどうやら教えているらしいのが、脇にいるアニスとアリエッタだった。何の因果か、二人も同じ高校へと進学し、今だに交流はあるのだった。あるのだが、こうして家に上げるまで付き合いがあった記憶がない。それにルークに教える様子もなくただコタツに座っている緑三兄弟は何なのか。

先程のルークの言い分はこうだ。まずルークは、アニスに何か教えてもらおうと相談したらしい。すると一緒にアリエッタも手伝ってやると言い、そこにたまたま通りかかったフローリアンが自分も一緒に行きたいと言い、居合わせたイオンがでは皆で集まりましょうと提案し、集まるなら部屋が広めのアッシュの家でいいんじゃないのとシンクがトドメをさした、と。
つまりのこの事態の真犯人は、一番図々しい態度で飲み物を要求している。軽くキレそうになった自分をアッシュは押さえつけた。

何より、アッシュがいらだっている一番の理由が他にある。この集会のそもそもの「理由」を、アッシュは知らされていないのだ。ずばり教えてもらいながらも頑張ってるっぽいルークの手元の、何かである。


「おい、お前ら……」
「あ!アッシュ駄目だって、こっち来んな!」


さり気なく寄ろうとしても目ざとく気付くルークにしっしと追い返されてしまう。理不尽だった。それならわざわざアッシュの家に来なくても良かったではないか。恨みを込めて睨みつけてやれば、怯みながらもルークは絶対に引かない。


「ご、ごめんって、出来上がったら絶対アッシュに教えるから、な?」
「アッシュ、我慢するです」
「そーそー男は我慢我慢!あ、アニスちゃんもお腹空いたなーアッシュ♪」
「お腹空いた空いたー!ご飯ー!」
「てめえらいい加減にしろ屑がー!」
「すみませんアッシュ、お昼は是非、これを」


騒がしい面々にドカーンと不満を爆発させたアッシュに、コタツから抜け出したイオンが手渡してくるものがあった。思わず受け取ったそれは、見覚えのあるもので。


「……餅か」
「ええ、皆で食べられればと思って持って来ました」
「仕方がねえ……手伝えよ」
「ええもちろん。シンクとフローリアンも、行きますよ」
「はーい!」
「はいはい」


餅を受け取りしぶしぶ台所へ引っ込むアッシュに続いてイオンがシンクとフローリアンを連れて続く。その姿を、ちらりとルークが罰の悪そうな顔で見送った。


「俺も手伝わなくていいのかな」
「ルークは早くそれ完成させた方がいいんじゃない?じゃないとアッシュってばどんどん不機嫌になっちゃうよ」
「そ、そうだよな、よし!」


アニスに言われて、再びルークは気合を入れなおした。意識を手元に集中させる。不器用に動く指が必死に紡ぎあげる様子を見つめながら、お気に入りの手編みぬいぐるみを抱き締めたアリエッタがふいに首を傾げる。


「そういえば、ルークは何故、いきなりこれを作ろうと思ったですか?」
「え?」


純粋な質問にルークは手を止めた。何故、と言われても。


「いや、アッシュ、持ってないって言ってたし、俺も持ってないし……手作りするとお金も安く済むってイオンが」
「えーそれでわざわざルークが?アッシュにも?そんなの放っておけばいいんじゃないの?作ってやる義理もないしー」
「うっ」


アニスの言葉にルークは口を噤んだ。言われて見れば、確かにその通りだったからだ。自分の分だけならまだしも、わざわざアッシュの分まで作ってやる義理は、無いはずなのだ。
仕方がないじゃないか作りたかったんだからともごもごルークが呟いていれば、納得顔でアリエッタがアニスに囁いた。


「アニス、アリエッタ、分かった」
「えっ何が?」
「これは、愛だよ」
ズベゴシャッ!


聞こえていたルークが盛大に転げた。一方アニスはそんなルークの様子に構わずにおおっと手を打ってみせた。少々大げさな身振り手振りからすると、アニスはどうやら全力で楽しんでいるようだ。


「なるほどねー、愛なら仕方ないね」
「仕方ないね」
「なっなっ何言ってんだよそこー!」
「愛じゃない、ですか?」
「え?!いや、愛だとか愛じゃないとかそういう事じゃなくて」
「それじゃあどういう事なのよー」


アリエッタが真剣な目で、アニスが面白がっている目で見つめてくる。耳を赤く染めたルークはその視線に座ったまま後ずさりして何とか逃れようとするが、興味津々の二人からは逃れられそうに無い。弱りきりながらも何とか頭をフル回転させて考え込めば、ピンと思いついた。


「そ、そうだ、愛だ!つまりその、友情愛!」
「「友情愛?!」」
「そうそう!友情だ!友を思う気持ちが俺をここまで突き動かしてるんだ!」


言ってて自分でルークは納得した。なるほど、親友であるアッシュがあんなに冷たい手を晒している事が友として心配で、これを作っているのだ。そういう事だったのだ。思わず勢いで立ち上がっていたルークを、アリエッタとアニスが胡散臭げに見上げている。


「ふーん、友情ねえ」
「友情……」
「な、何だよ、何で二人とも納得いかない顔してんだよ、俺の愛は友だろうが家族だろうが何だろうが熱々なんだよ!」
「……何を力説している」


拳を振り上げて語っていれば、どこか呆れた声が聞こえてルークはハッとなった。視線を巡らせば、台所から顔を覗かせたアッシュがこちらを見つめていた。何故かものすごく恥ずかしくなって、ルークは耳から顔全体にまで朱に染めた。


「こ、こここっち見んな!何だよ何か用かよ!」
「餅は何が良いか聞きに来ただけだ、そこでお前が一人で盛り上がってたんだろうが」
「あ、私しょうゆ!」
「アリエッタもしょうゆ、です」


ルークが怯んでいる隙に横からアニスとアリエッタが名乗りを上げる。さっきまでルークの事を弄んでいたくせに、切り替えが早い。慌ててルークも続けようとしたが、その間にアッシュは背を向けてしまっていた。


「あ、俺は」
「よし分かった」
「って待てよ!俺は無視かよ!ひでーぞアッシュ!」


すかさず抗議の言葉を上げれば、アッシュの呆れた目が見つめてくる。


「きなこだろ」
「え?な、何で知って……」
「お前の好みは大体把握してんだよ、長い付き合いだからな」


呆けるルークを残してアッシュは台所に引っ込んでしまった。しかし台所からのシンクとアッシュの会話は筒抜けであった。


「ふーん、長い付き合いねえ……僕もそれなりに長いけど好みまったく覚えてもらってないんだけど?」
「くっ屑が!関係無い事ほざいてないでさっさと餅を焼けー!」
「あははははアッシュ照れ屋さんだー」
「そこに直れフローリアンー!」


一気に騒がしくなった台所の騒動の音が、固まるルークの耳を素通りしていく。横では、顔を付き合わせたアニスとアリエッタがルークを見つめながらにやにや笑っている。


「友情、ねえ」
「友情、ですか」
「な……何だよ、文句あるかー!」


髪の色と同じぐらい顔を赤らめたルーク、それとアッシュをからかう事はこんなに楽しいのだと、友人達は声をそろえて笑った。






   お餅

09/01/18