それは、結構前の出来事だった。学校が冬休みに入る前の時期であった。休み時間になりアッシュの教室へ当然のように入り浸るルークと、それを当然のように受け入れるアッシュに、そのいつもの光景を呆れた顔で眺めていたシンクが気まぐれに口を開いたのだ。
「そういえば、二人とも年末には実家に帰ったりする訳?」
「「は?」」
「揃って惚けた顔しないでくれる?年末だよ、年末」
「あーそっか、年末だなあ」
冬休みがきてしばらくすれば、今年が終わる。今更気付いたかのようにルークが頷いた。今一人暮らしをしているから、年末ぐらいには実家の方へ帰るのかとシンクは聞いているのだった。ちなみにシンクたち緑っこ三兄弟は実家から学校へと通っているらしいので、実家に帰る帰らないという問題とは関係が無い。
アッシュは少しだけ考え込んだ。ルークと比べれば微々たる距離ではあるが、アッシュも今は親の援助を貰いながら一人暮らしをしている。正月ぐらいは帰らなければならないだろう。そしてそれはルークも同じなはずだ。
しかし。
「そういや、帰って来いって言われてたんだった」
「そりゃそうでしょ。で、いつ帰るの?」
「んー」
ルークが眉を寄せて悩みながら、アッシュを見てきた。どうしてそこでこちらを見る。無言で問いかければ、観念したように何かを乞うような目を向けてきた。
「アッシュはいつ帰るんだ?」
「何故俺に聞く」
「アッシュは知らないのか?年末と言ったら、大晦日だぞ、年越しソバだぞ!それにそれが過ぎたら元旦で、初詣なんだぞ!」
「知らないわけ無いだろうが!それがどうした!」
「アッシュと過ごしたいだろ!初めてなんだから!」
途中ヒートアップして、握りこぶしを作りながら大声で宣言するルークの頭を、アッシュは思わずド突き倒していた。机に突っ伏したルークが鼻を押さえながら顔を上げてきた所を見ると、正面からぶつけてしまったらしい。ちょっと涙目になっている。
「いきなり何すんだよっ!」
「それはこっちの台詞だ!いきなりんな事を叫ぶな!」
「だってアッシュと過ごしたいんだもん!」
「だもんじゃねえー!」
実はアッシュも同じ事を密かに考えていたので、嬉しいは嬉しいのだ。しかし時と場所をもう少し考えてから発言して欲しい。ここは教室の中で、周りに他の生徒は山ほどいるのだ。
と、そこでアッシュは一際生ぬるい視線を感じた。視線を巡らせば、そこには半笑いのシンクがいた。一部始終を間近で見つめていた目撃者だった。シンクは微妙に視線を外して、ひらひらと手を振ってみせる。
「ああ、僕の事は構わずにガンガンやっちゃっていいから」
「おいシンク、何故目を逸らす」
「何でも。二人だけの計画の話し合いを邪魔したくないだけだからお構いなく」
明らかに馬鹿にした口調。慣れてるアッシュでもこめかみがひくりと動いた。馬鹿にされていると気付かないルークは笑顔でシンクに頷いている。
「ありがとなシンク!なあアッシュ、それで、大晦日はどっちの部屋でソバを食べる?」
「勝手に話を進めてるんじゃねえ屑がー!」
それでもアッシュの頭の中では、大晦日と元旦をこちらで過ごす事をどのように両親に伝えようか、すでに考えていたりするのだった。
こんな経緯があって今に至ったのだ、とアッシュはソバを啜りながら頭の中で思い返していた。あの時は恥ずかしさから怒鳴っていたが、自分から「大晦日は共にソバを啜ろう」なんて誘えないから今は密かにルークに感謝していたりする。その当の本人は、コタツを挟み幸せそうな顔で同じようにソバにかじりついている所だ。
「美味い!マジ美味い!アッシュソバ作りの才能あるんじゃねえの?」
「そんな才能いらん。ソバ屋になる訳じゃあるまいし」
「もったいねえなあ。じゃあ俺専属のソバ職人になってくれよ」
「……。断る」
年越しソバは、アッシュが作った。何故ならここはアッシュの部屋だからだ。結局あの後、自分の部屋は散らかっているからアッシュの部屋がいいと駄々をこねたルークに押し切られてしまったのだった。今度どのぐらい散らかっているのかチェックしにいかなければならない、と妙な使命感を感じたアッシュは、大晦日当日本当に家に押しかけてきたルークに、せっせとソバを作ってやったという訳だ。
「あー美味かった!ご馳走様でした!」
「お粗末様」
パンと手を合わせるルークは本当に嬉しそうに笑っていたので、アッシュはばれないようにホッと息をついた。やはり作ったからには、満足してもらいたいものなのだ。
ソバのお椀を片付けた後は、二人でコタツに沈みながらまったりと過ごした。アッシュは本を開き、ルークはとりあえずつけているテレビをぼんやりと眺める。宿題をしろとコタツの中で足を蹴ってみても、んーとか何とか呟くだけで動こうとしなかった。そもそも持ってきていない可能性が高い。
「アッシュー」
「何だ」
「俺が寝そうになったら起こしてー……」
「すでに寝そうになっている奴が何を言う」
ふわふわと頼りない声になり始めているルークを再び足で蹴る。きっと年越しまでには起きていたいのだろうが、この調子では難しそうだ。すでに夢心地の赤い頭を、ちょうどいい時間になった頃に起こしてやろうとアッシュはため息をついた。この、朝は普通に寝ぼすけのくせに夜になったら普通に眠くなるお子様体質の友人が、アッシュは結構好きだったりするのだった。
「おい」
「んー……あと3分……いや、5分だけ……」
「寝ぼけるんじゃねえ屑!起きろ、ルーク!」
「あだっ」
ゴンと頭を叩かれて、ルークはようやく目を覚ました。一瞬ここがどこだか分からなくなったらしく、キョロキョロと辺りを見回してからようやくアッシュを見上げる。
「アッシュ?……おはよう」
「おそよう。言っとくがてめえが起こせって言ったんだからな」
「へ?あ……ああ!そうだ年越し!アッシュ年越し!」
「分かったから、あれを見ろ」
指し示されたものは時計だった。ぼんやりする視界に目を擦ってから確認すれば、長針と短針が真上で交わろうとしている所だった。テレビの中からは、カウントダウンの声が響いてくる。その声によれば今日が、今年が終わるまで実に30秒前であった。
「アッシュお前っいくらなんでもギリギリすぎじゃねえの!」
「なかなか起きないお前のせいだろうが!」
実は気持ち良さそうに眠るルークを何となく起こせなくて時間がかかったのだが、それはアッシュだけの秘密だ。慌てて起き上がり正座をするルークと向かい合ってアッシュも座る。そうしている間に、カウントはどんどんと過ぎていく。
10秒前。9秒、8秒、7、6、5……。
カウントを耳にしながら、まるで睨めっこをしているかのように二人で顔を付き合わせる。見慣れた顔だ。そしてきっと、これからも。
4、3、2、1!
「あけましておめでとう、アッシュ!」
「あけましておめでとう、ルーク」
笑顔で挨拶を交わす二人の姿は、きっと来年の今頃もここにあるのだろう。そんな思いを込めて、ルークとアッシュは笑い合った。
今年も、よろしく!
大晦日
08/12/31
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