早く雪が降らないかとルークが楽しみに待っていたが、真っ白な雪より先に真っ黄色な雪が降り積もっていた。思わずアッシュが脳内でとっさに雪を連想させてしまうほど、山吹色のイチョウの葉は地面を覆い覆いつくしていた。場所は下校途中にある小さな公園だった。周りに何本かイチョウの木が植えてあるせいで、落葉の季節になるとこの公園は一面黄色で覆いつくされてしまうらしい。だからなのか、寒いからなのか、辺りに子どもたちの姿は無い。静かな冷たい空気に包まれた黄色い公園を、アッシュは思わず立ち止まって眺めていた。
「………」
この公園を見たルークが、一体何と言うか、と。
「うわーっすげえ!本当に黄色だ!一面黄色!」
次の日、大体予想通りの反応を示したルークは、大喜びの様子で公園の中へと突撃していった。制服がイチョウの葉まみれになる事も構わないその無邪気な様子に、声をかけてみてよかったなあなどと密かに思いながらアッシュも公園へ足を踏み入れる。足元で乾いた葉を踏みつける音が引っ切り無しに鳴り響いた。
「こんなにイチョウの葉っぱが積もってるの、俺初めて見た!」
「ああ、俺も昨日初めて見た」
「マジで雪みたいだな!」
両手一杯にイチョウの葉を抱き締めたルークがそれを中に放てば、粉雪のようにイチョウの葉が宙を舞い踊る。一足早い山吹色の雪に、ルークは非常に喜んでいるようだ。それを見たアッシュも、冬本番を間近に控えた冷たい空気の中、胸の中に春のような暖かさを感じた。思えばルークは、激しい暑さを伴う夏の日々でもこのような心地よい暖かさをくれたのだ……。
と、そんな事をしみじみと思っていれば、ルークが自分の鞄の中をごそごそと探り始めた。イチョウまみれの中、一体何を取り出すのだろうかと思っていれば、アッシュを振り返ってニヤリと笑ってくる。その手に持っていたのは。
「イチョウがたっくさんある所連れてってやるってメールが来た瞬間、持っていこうって思いついたんだー」
「……食い意地のはった奴だ」
呆れたアッシュの視線の先には、紫色の芋があった。そう、芋。ルークが得意げに差し出しているのは大きめの二本の芋だった。わざわざ二人分用意してきたらしい。
「やっぱり落ち葉といったら、焼き芋だろ?」
「まったく……今からやるのか」
「当たり前だろっ!」
言いながらさっそくルークは葉をかき集め始めている。それにため息をつきながらも、アッシュは近くにあった水場へと歩き始めていた。もちろん焼き芋に付き合うためだ。きっと火をつけるものも用意してきているのだろうから、水の用意もしてやらねばならない。
その予想通り、ある程度葉っぱを集めてきたルークは意気揚々と鞄の中からマッチと、芋を包むためのアルミホイルを取り出してきた。きっと今日のルークの鞄の中には、勉強道具の類のものはあまり入っていなかったに違いない。それは今日だけに限った事ではないが。
「アッシュアッシュ!水貸してくれ!」
「もう水か?」
「何かさ、濡らした新聞紙で芋を包んだら美味く出来るんだってさ」
今日のために調べてきたんだ、とルークはさらに鞄の中から新聞紙を取り出してくる。準備万端だ。そのやる気を授業中でも発揮すればいいのに、とは懸命にもアッシュは口にしなかった。今のこの和やかな空気を壊すような事はしたくない。
「それじゃあ火、つけるぞ」
「火傷するなよ」
「分かってるっつーの」
落ち葉の下に芋をセットし、残りの新聞紙にマッチで火をつけ積みあがったイチョウの葉へ放り込む。人気の無い公園の角で細い煙が上がった。静かに燃える炎を、ルークとアッシュは並んで見つめた。
「暖かいなー」
「そうだな」
いくら元気にはしゃいでも寒いものは寒い。じっとしているともっと寒い。その中で炎の暖かさはとてもありがたかった。しかしそれでも寒かったのか、少し震えたルークが急にアッシュに引っ付いてきた。もちろん驚いたアッシュはしかし少しでも炎から遠ざかりたくなくて、その場で踏ん張る。
「おい!」
「いやだって寒いんだもん」
「だもんじゃねえよ。寒いのは分かってたんだ、芋の用意だけじゃなく何か防寒具を持ってくれば良かっただろうが」
「探してみたんだけど無くってさあ、アッシュで暖とらせてくれよお」
ふざけるな、と振り払うのは簡単だった。しかしアッシュはそれをしなかった。ルークにはああ言ったが、アッシュ自身も何も用意をしてはこなかったのだ。寒いのは一緒だった。人の体温というものは結構温かなもので、一度包まれると離したくなくなってしまうのだった。
「アッシュだって寒かったんじゃねーかよー」
「うるせえ」
人の肩に顎を乗せてニヤニヤ笑うルークを、しかしなおもアッシュはどかせられない。それを分かっているからさらにルークは笑う。笑うと同時に震える喉の感触が、くすぐったかった。
「焼き芋、出来上がったらあったかいだろうな」
「そうだろうな」
「早く出来ればいいな」
楽しそうに弾むその声に、しかしアッシュは頷かなかった。ほくほくの焼き芋は、しかしこの寄り添うぬくもりよりも暖かなものなのだろうか。
色鮮やかな炎に包まれた黄色いイチョウの山を、まるで睨みつけるかのように見つめる。焼き芋が出来上がるには、まだしばらくはかかるだろう。それまではこの隣の暖かさは消えることはないだろうと、密かにホッとしている自分をアッシュは見ないようにした。見てはいけないような気がしたのだ。
山吹色の公園の中、二人はしばらく、炎の前に佇んでいた。
甘く暖かい焼き芋が出来上がるのを待ちながら。
焚き木と焼き芋
08/12/08
→
←
□