息を吐き出せば、真っ青の空に白く輝きすぐに消えた。晴れた日の朝というものは、どうしてこうも寒いのだろうかとアッシュは己の頭上は理不尽と分かっていながら睨みつけた。前にもこうやって空を睨みつけた事があるような気がする。八つ当たりだろうが何だろうが、今は寒くて仕方がないのだ、何かを睨みつけてやらねば気がすまない気分だった。
「遅い……」
恨みがましい低い声が零れ落ちる。よりによってこんな寒い日に、待ち合わせ相手は到着が遅れていた。空から目を離したアッシュは学生鞄から携帯を取り出して、時間を確認する。まだ学校を遅刻する時間帯では無いがそろそろ危ない。再び携帯を鞄に放り込んで、アッシュは相手が来るはずの道の向こう側へと首を巡らせた。待っている相手、ルークのあの陽だまりのような赤い頭はまだ見えない。
あと1分経ったら家まで迎えにいってやろうかと思う。ルークは前に一度だけ、目覚ましが壊れて大寝坊をした事があったのだ。アッシュが乗り込んで叩き起こさなければ遅刻どころではすまなかっただろう。今回ももしかしたらそういう事態かもしれない。
「アーッシュー!」
そんな事を思っていたら、声が聞こえた。アッシュは本人が見えない間にホッと安堵の息を吐いておく。白く染まった息が冷たい空気に溶けて消えたと同時に、こちらへ全力で駆けて来る人影が見えた。今し方頭に思い描いていた人物、ルークだった。
「よ、よかった、もう行っちまったかと、思った」
「遅い!……これ以上待たせていたら本当に置いていく所だったと思え」
「マジ、ごめんって!」
アッシュの目の前までようやく駆けてきたルークは肩で息をしながら片手を上げて謝ってくる。むしろ家まで押しかける気だった事はおくびにも出さずに、アッシュは不機嫌そうにそっぽを向いただけだった。しかしその横顔から何かを読み取ったのか、ルークは機嫌を悪くする事無く嬉しそうに笑った。
「へへ、待っててくれてありがとな、アッシュ」
「……いつもの事だろうが、行くぞ」
「おうっ!」
ルークの息が落ち着くのをこっそり待ってから、並んで歩き始めた。走ってきた時の熱も冷めてきたのか、ルークが隣で手をこすり合わせる。
「うーっ寒い……!なあ、今日は特に寒くねえか?」
「そうだな、もうじき雪も降るようだからな」
「そうなのか、雪は楽しみだけど、寒いのだけは勘弁して欲しいなあ」
情けない声を上げるルークをアッシュはちらりと横目で眺めた。その瞳には言葉の通り、雪への期待と寒さの不安が渦巻いているように見える。
「寒いのは苦手か」
「あー、そうかも。今日も寒くて寒くて、なかなか布団から出られなくってさ」
どこか申し訳なさそうな笑顔にため息がこぼれる。今日の遅刻の原因は、ただの寒さだったらしい。今からこれでは先が思いやられそうだ。普段から待ち合わせに早く来たり遅く来たりと不安定なルークだったが、冬の間は遅れることが多くなる事を覚悟しておかねばならないだろう。
「アッシュは寒いの平気なのか?」
「平気とまではいかないが……人並みだ」
「ふーん、まあ苦手じゃなけりゃいいや、寒いの駄目だったら、雪で遊べないからな!」
笑うルークにアッシュが横目で睨みつけた。どこか呆れた視線だ。
「お前は、高校生にもなって雪の中ではしゃぎまわるつもりか」
「もっちろん!だってアッシュと雪の中で遊ぶのは、初めてだもんな」
ルークとアッシュが今まで遊ぶ事が出来たのは、夏休みだけだった。必然的にそれ以外の季節には会う事さえままならなかったのだ。その分今年の冬は遊び倒すのだと、ルークは楽しそうに言う。その笑顔に、アッシュも呆れるより前に自然と楽しみになってきた。
「仕方がねえ、少しぐらいは付き合ってやる」
「えーっ、少しと言わずにもっと沢山付き合えよー!」
「……気が向いたらな」
「絶対気が向くって、何てったってアッシュだしな!」
根拠の無い事を自信満々に語るルークだったが、おそらく言う通りになるのだろうとアッシュは半ば確信していた。昔からずっと、二人はこうやって触れ合ってきたのだから。
「あーっ、早く雪降らねえかなあ」
真っ白な息を吐き出しながら空を見上げるルーク。つられてアッシュも今は真っ青な空を見つめた。この空に重い雲が立ち込めたら、いよいよこの息と同じような真っ白な雪が降り積もるのだろう。二人で初めて見る雪が。
その日はきっと、もう目前に迫っている。
白む吐息
08/12/01
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