その日は良く晴れていた。空の譜石も音符帯もこの目にはっきりと見える気持ちのいい青空を見上げて、俺は何故だかはっきりと確信した。


今日が、最後の日だ。




「ルーク、今日は一緒に寝ようぜ」


そうやって俺が言うとルークは目を驚愕に見開いて「こいつ何言ってるんだ」という顔をした。頬が赤い。もうじき10歳になるまだ子どもなんだから、そんなに照れる事ないのになあといつも思う。ベッドの中に入りかけていたルークが慌てて逃げようとするので、俺は首根っこを引っつかんで無理矢理ベッドの中に押し込んだ。ついでに俺も潜り込ませてもらう。


「な、なななな、なっ」
「ほらこのベッドでっかいから、2人でも十分寝れるだろ?」
「そういう問題じゃないっ!」


もがくルークの体を押さえつけていると、やがて力尽きたように動かなくなった。ようやく諦めてくれたようだ。俺が手をどけても、もうルークは逃げ出そうとしない。ただ俺をじろりと睨みつけてくるだけだ。


「一体、いきなり何なんだ……」


不機嫌そうに呟くルークの耳は若干赤いままだ。俺はそれに笑いそうになる顔を何とか引き締めて、自然な笑顔で答えた。


「急にな、ルークが恋しくなって」
「毎日会ってるだろ」
「それでもあるだろ、人肌恋しい夜っつーの?そういうのがさー」
「……寂しかったのか?」


その言葉は別にからかった様子ではなく、俺を本気で心配しているような声だったので、俺はとうとう吹き出してしまった。くつくつと震える肩を見てルークが再び抜け出そうとする前に、その体をぎゅっと抱きしめてやる。


「おいっ!」
「あーもーお前サイコー。ルーク大好きー」
「っ!離せ!」


しばらくそうやって怒ったり笑ったりしながらベッドの中でゴロゴロしていると、だんだんとルークの動きが鈍くなってきた。当たり前だ、いつもは寝る時間だし、ルークはまだ10歳手前なのだ。俺の我侭につき合わせてしまって申し訳が無かったので、うとうとしているルークの頭をそっと撫でてやった。


「ルーク」
「……何だ」


ルークは眠り被りながらも律儀に返事を返してきた。半分夢の中に違いない。それでもいい。俺はルークに触れながらそっと口を開いた。


「もし、もしだぞ、これからルークじゃないもう1人のルークに会うことがあったらさ」


ルークのとろんとした目が俺を見る。俺は微笑みかけた。


「そいつをルークから「ルーク」を奪った奴とは考えないで、お前の半身だって、思って欲しいんだ」
「……半……身?」
「そう。世界にたった1人の、お前の半身だ」


ルークは目をこすって懸命に俺の話を聞いてくれる。それだけでよかった。起きた時覚えていなくても、今ルークがこうやって俺の話を聞いてくれるだけでよかった。たとえ、今は理解が出来ない話でも。


「そいつがいれば、もうお前は1人じゃないから」


俺がそう言えば、ルークは布団の中から俺を見上げてきた。その目はほとんど眠りかけていたけど、どこか輝いていた。綺麗だと思った。


「俺はもう、1人じゃないのか?」


俺はそれにそうだよと深く頷いた。ルークはそうか、と夢うつつに呟いて、やがて目を瞑ってしまった。薄く開いた口から規則的な寝息が聞こえる。俺はしばらくその様子を見つめて、起こさないように小さな体を抱きしめた。暖かい。生きている証拠だった。この体が大きくなって、いつか冷たくなってしまうのだろうかと考えるだけでゾッとしたけど、俺はもう傍にいてやれない。もともと会うはずも無かったのだ。それは仕方の無い事だった。
自分の手を見てみれば、いつか見た時と同じように薄くなっていた。これはあの時の続きなのかな。俺はこのまま乖離してしまうのか。この時代で乖離したら俺はどこにいくのだろう。とりとめもなくそんな事を考えている間に、淡い光が俺の全身を包んでいた。ルークは眠っている。俺はそれに幸せを感じながら、起こしてしまわないようにそっと、額に口付けた。
次にルークが目を覚ましたとき、そこには俺はいない。これから消えてしまう俺は結局こいつに何も残してやれなかったけど、このぬくもりだけは与えてやりたい。ここから離れてルークがいつか1人になったときも、今ここにあるわずかなぬくもりがルークを包んでくれていたらいいと思う。

約束したもんな。ルークが痛くて苦しくて嫌なものを、俺が少しとってやるって。


ああ、俺が消える。その瞬間前に、俺は誰にも聞こえない声で呟いた。



   どうか 幸せに





親愛なる 我が半身へ












ルークはその日、妙にすっきりと目を覚ます事ができた。何故かベッドの端に寄った体を持ち上げて、大きく伸びをする。しばらくぼんやりとしてから、無意識に隣へと手を伸ばした。一晩中空いていたはずのそこから何故だかぬくもりを感じて、ルークは怪訝に辺りを見回した。もちろん誰もいない。何故ならここはルークの部屋だからだ。気のせいか、と肩をすくめて見せたルークはベッドから降りて、窓際に寄った。朝日を受けながら窓を思いっきり開ける。気持ちの良い空気が部屋の中へと入ってきた。その心地よさにルークが目を細めながら空を見上げると、空は良く晴れていた。空の譜石も音符帯もこの目にはっきりと見える気持ちのいい青空を見上げて、ルークは自分でも気付かぬ内にほろりと一粒涙を零しながら、心の中で知らない誰かに呟いていた。



     ありがとう


     さようなら











06/08/30



 我が子たちへ