背中に視線を感じた。その視線が語っている事は直接聞かなくたって俺には分かった。ただ言いたいことが分かっても、それに答えられるかといったらそれはノーだ。大体俺には拒否権というものが無いし、どうやって説明すればいいかも分からないし。


「……なあ、シロ」


遠巻きに見ていた使用人の代表に選ばれてしまったのだろう、哀れなガイが恐る恐る俺の前に進み出てきた。あれこいついつの間にか背伸びてないか?俺を追い越すのも時間の問題かもしれない。ちくしょうガイが憎い、少しでいいからその成長期を俺に譲ってくれ。
そんな事を考えていたら返事をするのが少し遅れてしまったので、俺は慌ててガイを見た。


「何だ?」
「お前、今何をしているんだ?」
「何って、洗濯物干してるんだけど」


見て分かる事を尋ねられたので俺も至極当然な事を返した。同時に手の中にあったシャツをばさばさとはたいてから丁寧に干す。どうだ使用人らしい仕事だろう、俺だって使用人の一人なんだからこれぐらいやるさ。旅の中でさんざんやってきた事だしな。まあ……女物を洗うのは流石に抵抗があるけど、それはメイドがやってくれるし。
ガイはそれは分かっているんだといった顔で頷いてみせた。答えておいて何だけど、俺はガイが本当に聞きたかった事を知っている。ガイは色々躊躇った間を置いてから、ようやく目を合わせてきた。


「それじゃあ」
「ん?」
「それは、その……一体、何があったんだ?」


それ。ガイが指を差したのは俺の背後だった。つられて俺も振り返ると、真っ赤な美しい赤髪が目の前にあった。長いそれの下から伸びる子どもの腕は、俺の胴にしっかりと回っている。俺の視線に気付いたのか翡翠の瞳が上を向いて覗き込んできたので、何でもないよと笑ってみせてから俺はガイに向き直った。


「えーと……懐かれた?」
「だから何ていきなりそんな事になってるんだよ……!」


思わず叫びそうになったガイだが、主人が目の前にいることを思い出して慌てて声を抑えた。俺の腰にしがみついているルーク。実はこいつは朝からずっとこんな調子だった。とにかく俺から離れないというか俺を離れさせようとしない。俺も最初はびっくりしたけど最初から引き剥がそうとか考えてなかった。この体温が心地良いんだよなあ。

心当たりはもちろんある。昨日の夜のせいだ。俺にしがみつきながら泣いて、そのまま疲れて眠ってしまったルークは、朝起きたと同時に今まで色んなものを縛っていた枷が外れてしまったらしい。行くな離れるなと命令しながらひっついてくる姿が昔の俺を僅かに髣髴とさせる。やっぱり俺たちって完全同位体だよな。


「ガイうるせえ。こいつは俺の使用人なんだ、俺がどうしたって関係ないだろう」


相変わらずぴったりくっつきながらルークが心底ウザがっていそうな声を出した。ガイの顔がひくりと引きつる。あれ、ガイが復讐云々でルークの事を好いていない事は知っていたけど、こいつガイの事こんなに嫌いだったか?俺の記憶ではもうちょっと、柔らかかったような気がするんだけど。
と、友達だろ?お前ら。


「あんま気にすんなよガイ、俺も別に気にしてねえし」
「いや、少しは気にした方がいいぞ……」


俺がひらひらと手を振ってみせれば、釈然としないながらもガイはしぶしぶと引き下がっていった。ルークはふんと息を吐き出しながらも、どこか満足そうだった。ま、気にしてないっていうのは本当だし、正直言って嬉しいからこのままでもいいんだけどさ。だって普段はすまして全然ひっついてこないルークが俺にべったりなんだぜ?でもまあ、戻ったガイがメイドたちに問い詰められて情けない悲鳴を上げているのは少しだけ気の毒だけど。


「ルーク」
「何だ」
「これが終わったら一緒にお茶にしような」
「ああ」


俺に縋り付く温かな体温。それが、この世界にとって部外者でしかない俺には一生手に入れられないものだったとしても、今この時だけは、手に入れた振りをして抱き締めていたかった。





   親愛なる 10

06/08/19