特に理由は無かったんだけど、今日は早めに夕食を食べた。その後の用事も特には無い。いつも勉強やら特訓やら忙しそうなルークも今日は部屋にいてのんびりと本を読んでいる。そこで俺は閃いた。昔ガイに聞いた、仲良しな者同士がやればもっと仲良くなれるという伝説のあれを(実際ガイと俺も何度か一緒に入った)。俺はルークに言った。
「な、一緒に風呂に入ろうぜ!」
その時のルークの顔が忘れられない。
冗談誰が貴様なんかと一緒に入れるか俺は一人で十分だ離せ馬鹿とぎゃーぎゃー喚くルークを引き摺って俺は風呂場にやってきた。何でこいつこんなに嫌がるかな。もしかして風呂は好きじゃないんだろうか。それにしては顔赤くして楽しそうだけどな。まあいいや、押し込んでしまえばこっちのもんだ。
「ほらほら、さっさと脱げよ」
「ぎゃーっ何しやがる変態!」
逃げ出す前に真っ裸にしてやろうと思ったら叫ばれた。変態とは失礼な。と、そこで気付いたのだけどそういえばこいつ年頃だからな、人前で裸になるのは恥ずかしい時期なのかもしれない。元から妙に潔癖な所もあるし。俺は使用人なんだからそんな事気にせずにもっと堂々としていればいいのに。
「恥ずかしがるなって、同じ男同士だろ。それに俺使用人だし」
「そういう問題じゃない!」
ルークは何だか必死な様子だった。じゃあどういう問題なんだっつーの。俺が気にしないでいるとルークもとうとう覚悟を決めたのか、しぶしぶと服を脱ぎ始めた。脱がされるより自分で脱ぐ方を選んだのか。まったく、最初から素直に入っておけば無駄な体力使わなくてすむのにな。やっと入ってくれる気になったのでさすがにそれは言わないでおいた。
昔は何とも思わなかったけど、改めて見るとファブレ家の風呂は広い。二人どころか三人、いや四人五人余裕で入れる広さだ。ペタペタと音を立てながら俺が先に風呂場に入ればあとからルークもちゃんとついてきた。さーて、ここからが本番だなっ!
「ルーク!」
「……何だ」
俺が笑顔で振り返ればルークは嫌な予感に眉をぎゅっと寄せてこっちを見た。こいつの眉間に皺を寄せる癖は生まれつきのものなんだろうか。逆立ちしても俺には出来そうに無い。(前に頑張って真似をしてみたけど皆に笑われた。ちくしょうどーせ俺には威厳ってもんがねえよ!)
見慣れた表情をやり過ごした俺は「にこにこ」、ルークに言わせれば「にやにや」の笑顔で言った。
「背中流しっこしようぜ!」
「言うと思った!」
俺の言葉に即座にルークが叫んだ。予想されていたらしい。やっぱり一緒に風呂に入ったら背中の流しっこをするのが常識なんだな、さすがガイが教えてくれただけの事はある。俺はとっさに逃げようとするルークの腕を掴んでそこら辺に置いてあった風呂用の椅子に無理矢理座らせる事に成功した。往生際が悪いぞ。
「だから照れるなって。減るものでもないし」
「減る!俺の精神的な何かが減る!」
「ほらごーしごしごし」
「っ聞け屑が!」
ルークがいくら怒鳴ろうが喚こうが洗ったもの勝ちなんだよ。ルークもそれが分かっているのか口では何とでも言うけれどもう逃げようとはしなかった。
ルークの背中は小さくて洗い応えのない背中だった。いつも偉そうな態度ばっかりで背伸びをしているけど、こいつもまだこんなに小さいんだ。未来に何が待っていようとも、今はルークという子どもで、ちっぽけな俺でも覆い隠せるぐらい小さいのだ。どうもルーク自身にそんな自覚が無いみたいだけど。
だから俺はなるべくこいつを甘やかしてやろうと思っている。この屋敷には、ルークを子どもらしく甘やかしてやろうとしてくれる人が母上ぐらいしかいないんだから。ま、面と向かってそういう事言うと恥ずかしい事でも無いのにルークは怒るから、この決意は俺の胸の中にしまっている。
そうこうしている間に小さなルークの背中はすぐに洗い終わってしまった。
「ルーク、交代!」
「何で俺が……」
「だって流しっこだぞ、お互いに流し合わなきゃ流しっこじゃないだろ」
「ちっ」
俺が背を向けると、舌を打ちながらもルークは俺の背中を洗ってくれた。あー、気持ちいい。ちょっと憎しみ篭ったような力の入れ具合だけど、そんなの気にならないぐらい気持ちいい。俺より小さい奴にこうやって洗われたのは初めてだ。
「お前上手いなー」
「不器用なお前と一緒にするな」
俺が褒めるとルークは可愛くない事を言う。いや、確かに不器用だけどさ。もしかしてさっき俺が洗ってやったのも不器用で気持ちよくなかったのかな。力の入れすぎで痛かったとか、逆に力が入ってなくて全然洗えてなかったとか。うわー、もしそうならルークに悪い事しちゃったな。俺はこんなに気持ちいいのに。
「ごめんな、次はもっと上手く洗ってやるよ」
「お、お前が下手だったなんて言ってないだろ」
「そうか?ならいいや」
心なしか、俺の背中に押し付けられる力が増したような気がした。あれ、そういえば俺の「次」の言葉にルークが反論しなかったな。ただ気付かなかっただけかもしれないけど……また、誘ってもいいって事かな。俺がそっと後ろを振り向くと、ちらりと見えた耳が相変わらず赤かったので、俺はそれだけでご機嫌になっていた。
「っあー生き返るー」
「オヤジか……」
お湯は熱くも無くぬるくも無いちょうどいい温度だった。俺が息を吐き出すとルークが呆れた目を向けてくる。うそ、今の「オヤジ」が言う言葉だったのか?心からの言葉だったのに。俺まだジェイドみたいなおっさんにはなりたくねえよ。あんな人間にはなりたくてもなれないけどな。ルークは今にもお湯から出たそうな顔をしていたが、俺が先に止めておいた。
「お湯から出るのは五十数えてからだからな」
「今度はどこのお子様だ……」
「うるさい!いいから数えろよ。いーち、にーい、さーん」
普段は心の中で数えるけど、今日はルークにも聞こえるように声を出して数える。ブツブツ言いながらルークはちゃんと肩までお湯に使っていた。止めた俺が言うのもなんだけど、何ていうか、律儀だよな。
「はーち、きゅーう、じゅーう。いーち、にーい」
「……何でまた一から数え始めるんだ」
俺が数え続けているとルークから突っ込まれた。俺はきょとんとしてルークを見る。
「え、こうやって数えるもんじゃないのか?一から十を五回」
「一体どこの馬鹿がんな事教えたんだ」
「うっさいなー俺の癖なんだから別にいいだろー」
そういえばこれガイが教えてくれたわけじゃなかったような気がするんだよな。改めて考えてみれば確かに変、か?まあいいや。五十まで数えるのも一から十を五回数えるのも大して変わりは無いんだし。気にせず俺が数えていると、しばらくしてからルークがポツリと話しかけてきた。
「お前は風呂がそんなに好きなのか」
へ?と振り返ったら、俺の顔を指差された。顔?思わず自分の手で顔を触ってみれば、確かめなくても俺の顔は笑顔だった。俺、そんなにニヤニヤしてたかな。
「そりゃ好きだよ。でも今はいつもより楽しくてもっと好きだ」
「は?」
「ルークと一緒に入ってるからかな」
俺が本心をしみじみと語ると、ルークは茹蛸みたいに真っ赤になった。綺麗な真紅の長い髪と見分けがつかないほどだ。ルークは篭った熱を吐き出すように口をパクパクさせた後に、眩暈がしたのか額に手を当てていた。
のぼせてしまったのだろうか。
親愛なる 7
06/07/22
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