お茶の時間というものはいい。特に勉強の合間にやってくるこの時間が俺は好きだった。もちろん勉強から逃げ出す事が出来るからだ。それに美味しいお茶に美味しいお菓子まで待っている。毎日が退屈の二文字で埋め尽くされていたかつての俺も、お茶の時間は大好きだった。そしてそれは俺のオリジナル様も同じらしい。目の前でどこか機嫌が良さそうに優雅にお茶を飲んでいる。まあそれは9歳という年齢がさせるものかもしれないけど。大きくなってもこれぐらい可愛げがあってもいいのに。想像は出来ないけど。
しかしその仕草、さすが貴族の坊ちゃんだ。いや俺もそうやって育てられた訳だし、やろうと思えばちゃんとマナーを守って食事するけどさ。自分が1番楽な食べ方で食べろと言われたら、それを見た母上が卒倒するんじゃないかと思うほどのものだ。つまりまあ、そんな食べ方が俺は好きだった。けどこいつはきっと根っこの部分にこういう作法を身につけているんだろうな。少し羨ましい。
いやいやいや。今重要なのはテーブルマナーではない。俺だ。今の俺のこのポジションだ。


「……なあ、ルーク」
「何だ」


動かない俺にルークがクッキーを手にしたまま目を向けてくる。よし今だ。


「俺、お前の使用人だよな」
「俺が決めたんだ、当たり前だろう」
「じゃあ何で使用人の目の前にご主人様と同じティーカップとお菓子が並んでるんだよ」


ルークがちらりと俺の手元を見つめる。俺もつられて下を向いた。そこには湯気の立つティーカップと、美味しそうな出来立てクッキーが置いてある。もちろん使用人に並べられるものとしては上等すぎるものだ。そしてそれは目の前に座るルークの前に並んでいるものと、そっくり同じであった。
おかしいだろ?俺使用人なんだよな。使用人なんて初めて経験するけど、少なくともガイはいくら俺と親しくしてもこうやって同じもの並んで食べなかったぞ。俺が自分の分をガイに分けたりはしたけど。ルークは不満げな俺の顔をさらに不満そうに睨みつけてきた。


「俺が用意させたんだ、大人しく食え」
「いや、でも」
「……主人の言う事が聞けないのか?」


ルークが脅しをかけてくる。こんな幼い頃から権力を振り飾るのは悪い大人になる兆候なのでいけないと思いまーす。記憶の中のアニスが手をあげている。ああ俺もまったく同感だ。でもしがない一使用人の俺にはご主人様には逆らう事が出来ないのだ。そういう事にしておこう。最初に言ったが俺はお茶の時間が好きだ。大好きだ。このお茶とお菓子のセットを目の前にして躊躇う事ができた自分に拍手を送りたいほどだ。


「それじゃあ、遠慮なく」
「ふん、最初から素直に食べていればいいんだよ、屑が」


かしこまった姿勢からいそいそと腕を上げる俺を見てルークが鼻で笑う。おおっここにきて初めてその言葉聞くかも。かつて嫌になるほど聞かされたあいつの口癖とも言える「屑」という言葉。何か懐かしく思う俺はおかしいのか。……気にしないでおこう。
正面からルークがこっちを見つめているのが気配で分かった。見張られているような心地に陥りながらも手つきが雑にならないようにおそるおそるカップを持ち上げて、お茶を飲む。昔毎日のように飲んでいたものだ。当たり前の事だけど味はまったく変わっていない。何だか、胸が温かい。あそこは俺の本当の故郷ではないけれど、思い出すと心の中がふんわりと温かくなる。それが嬉しかった。許されているような心地がした。顔に自然と笑みが浮かんでくる。俺はご機嫌のままクッキーにも手を伸ばした。ああやっぱり焼き立てが一番だよな。
ふと強烈な視線を感じて顔を上げれば、そこにはとっさに顔を動かしたらしいルークがいた。手元のお茶もクッキーもまったく減った様子が無い。俺のものは結構減っているのに。どうしたんだ?もう腹一杯?それとも何かに見惚れていたのだろうか、あのルークが。珍しい事もあるもんだ。そういえばそっぽを向いたお陰で見えるルークの耳が何故か若干赤くなっているようにも見えるけど。


「どした?」
「……っ!何でもない、早く食え!」


そう言いながら慌てたようにルークがずずっとお茶を飲むので俺もつられてカップを手に取る。っておおい、お前今音立てて飲まなかったか?姿勢も少し崩れたみたいだし、気に留めた様子も無い。何だ、こいつもこんな飲み方するんじゃんか。何だかんだ言って、やっぱ完全同位体って奴なのかもな。


「いやーでも美味いなやっぱり。こうやって美味しいもの食べてまったりしてさ、俺お茶の時間大好き」


そうやって言ってみれば、ルークはちらと俺を見た後、すぐに目をそらしてしまった。しかしその表情は、まんざらでもなさそうなもので。


「俺は……前は、そんなに、好きでも無かった」


じゃあ今は?そんな事を聞けばこの目の前でかすかに頬を赤くしているチビッ子ツンデレ坊ちゃんはきっと照れて怒り出すだろうから言わない。言わなくても分かるしな。俺は心の中でこっそりと笑った。

分かるよ、お前の気持ち。だってかつて俺もそう思ったから。
1人で過ごすお茶の時間なんかより、誰かと一緒に飲んだ方が楽しいんだよな。





   親愛なる 4

06/07/11