「あんたが新しい使用人の「シロ」か。同じ使用人同士、よろしく」


そうやって爽やかに声をかけてきた金髪の少年に俺は思わず固まった。
俺(一応)17歳。目の前のこいつ13歳。
うわーっどうしよう!俺よりガイが年下だ!


「それにしてもルーク様直々の世話係ご指名とは、すごいな。あんた一体何者なんだ?」


内心大騒ぎの俺に気付くはずも無くガイはからかう様に笑いかけてきた。そう、どこからやってきたのか分からない得体の知れない俺を勝手に使用人呼ばわりしやがったあのルーク・フォン・ファブレ様は、何故か俺を自分の世話係にするように父上に直接申し出てしまったのだ。俺が横槍を入れる隙もなかった。
……あ、少なくともこの世界で俺が「父上」とか呼ぶのはおかしいのか。ええと使用人だから……「旦那様」?うわ、慣れねえ。


「まあ手間の掛からない坊ちゃんだから、頑張れよ」


態度はでかいけどな、と笑ってみせるガイ。その笑顔を見て俺は思い出していた。確かこの時期、俺がまだ生まれていない頃だからガイは多分……まだ復讐を、諦めていない時のはずだ。ガイから直接聞いたのだから、きっと間違いない。
目の前にいるのは、ただの少年だった。この少年が胸の奥では幼い頃受けた傷からまだ血を垂れ流し、ただ仇を取る、それだけのためにここに存在しているのだ。復讐を遂げたその先に、失ったものは帰ってこないことを知りながら。今は笑っているけどその心の中ではきっと笑っていない。暗い影を落としながら、ひたすら機会をうかがっているのだろう、そんな素振りを微塵も見せずに。真実を知っている俺でさえ本当にそうなのかと疑いたくなるような笑顔だった。


「おい、シロ」


その時、本当にまるで犬でも呼んでいるかのような声が俺の背後から掛かった。その声は嫌でも毎日聞いているそのままの声だったから(だって若干高くてもほとんど俺の声と同じだ)、誰だか間違うはずもない。振り返ればそこにはいつも通り眉間に皺を寄せた幼いご主人様が仁王立ちで俺を見上げていた。


「何だ?」
「書庫へ本を取りに行く。手伝え」


ルークは毎日勉強をしている。俺がしていたような基礎的なものとは違って、政治に関わる事や深い歴史の書物など、かなり本格的なものだ。しかもこの勉強は自主的に行われている。信じられない。俺なら本を開いて一分で眠れる自信があるのに。


「本の一冊ぐらい、1人で持てるだろ?……まさか何冊も持っていくんじゃ」
「ほんの四、五冊だ。少し分厚いがな」
「おいおい一気にそんなに読めるのかよ。頭使いすぎると禿げるぞ」
「うるさい早く来い」


俺の言葉はさらりと流された。今は髪の毛にそんなに危機感が無いから当たり前だろうけど。将来のお前ならきっと顔色変えて怒鳴ってる所だぞ。俺は禿げねえ!とか何とか。
顔色変えてといえば、隣にいたガイが少し顔色を青くしてこっちを見ている。お前は何てことを、といった感じの表情だ。そこで気がついた。そういえば俺、一応使用人の癖に自分のご主人様に普通にタメ口きいてたぞ。や、やっべ!駄目だろ俺!何でルークも注意してこないんだよ!いやルークのせいって訳じゃないけど!
まいった。どうもあの未来のオカメインコしか思い浮かばないから自然と馴れ馴れしくなってしまうな。これからは極力気をつけよう。


「おい、早く来いと言ってるだろう」
「あ、はい!すみませんルーク様」


なるべく自然になるように気をつけながらそう言うと、ルークは変な顔になった。憤慨する一歩手前って感じだ。


「……何だそれは」
「はい?」
「その、言葉遣いだ」


ギロリと睨みつけられて背中に汗をかく心地がした。何でこいつこんなに怒ってるの?俺の言葉遣いがやっぱりなってなかった?タメ口じゃそんなに怒らなかったくせに!
その怒った顔は子どもと言えどやっぱり怖い。俺は正直に口を開いた。


「俺は一応使用人ですから、言葉を改めなければ、と思ったんですけど……」


恐る恐る言ってみれば、ルークはしばらく何かを考え込むように黙った後、心底仕方が無いといったような搾り出すような声を上げた。


「……やめろ」
「へ?」
「お前の敬語、気持ち悪い」


一言言い捨てると、ルークは足早に先へと歩いていってしまった。……き、気持ち悪いって!気持ち悪いって何だよ!そりゃ最初は慣れなくてぎこちなくて見苦しかったさ、でも旅の途中それなりに頑張って敬語だって大分マシになったんだからな!最初と比べれば、だけど。
しかしこれは……「タメ口で良い」って事だよな。そうだよな。いやむしろ「敬語禁止」の方が合ってる、か?非常に屈辱的だけど、やっぱり俺だって敬語は使いにくいし……ご主人様から直々のお許しを貰ったんだから、少なくともあいつに対しては今まで通りでいこう。
その後慌ててルークの後を追った俺の耳には、残されたガイの言葉は生憎届いてはいなかった。


「……『あの』ルークがいきなり他人にタメ口を許すなんて、初めてじゃないか?」





   親愛なる 3

06/07/06