究極の選択!命がけのハロウィン



朝起きたら、城の中がものすごい事になっていた。もう見渡す限りのかぼちゃ畑。実際に畑がある訳じゃないが、あっちの窓にもこっちの壁にもオレンジ色の装 飾がなされていたのだった。作り物、だよな?それとも本物のかぼちゃ使ったりしてるのか?いや、十分ありえるな……何たって、お城だからな、ここ。
明らかにいつもと雰囲気の違う城内を少々ビクビクしながら歩いていれば、元気な声が俺を呼び止めてきた。その声があまりにもいつもと同じ声だったので、少しホッとしてしまったのはここだけの秘密だ。


「おーいたいたルーク、今日は大事な日だっつーのにどこほっつき歩いてんだよ!」
「ああ、おはようルーク。今日が大事な日って……えっ?!」


俺 と同じ名前のご主人様ルークは、後ろからやってきて俺に勢いよくぶつかってきた。それを受け止めながら振り返った俺は、その姿を見て驚きに固まってしまっ た。ルークの格好はいつも王族とは思えないぐらいラフな格好だけど、今日はそれどころじゃなかった。というかそれはまさに、仮装としか呼べないものだっ た。どこに獣の耳と尻尾をつけて我が城を練り歩く王子がいるんだよ!


「がおーっ狼男だぜ!つーわけでお前も俺とお揃いだからな、早くこっち来い!」
「何が?!一体何がーっ!?」


混 乱しながらの抵抗なんて無に等しく、俺はズルズルとルークに引っ張られてしまった。そして連れて行かれた部屋でメイドさんたちに囲まれ、あっという間に ルークとお揃いの格好にされた。つまり、俺の頭に獣耳が、俺の尻に獣尻尾が生えてるのか……鏡見る前に泣きそうだよ、とほほ。


「おっし、準備完了だな、それじゃー始めようぜ!」
「これからこんな格好で一体何を始めるって言うんだよ……」


俺の情けない姿が完成するのを今か今かと待っていたルークが、出来上がった途端に満面の笑みで俺の目の前に両手を差し出してきた。


「トリックオアトリート!」
「……あ、ああー!そっそうか、今日はハロウィンか!」
「おいおい何だよ、こんな大事なイベントを忘れてたのかよ!」


ルー クは呆れた顔で驚く俺を見ている。仕方が無いだろ、今日が何の日かなんて考えられないほど毎日がいっぱいいっぱいなんだから。でもそうか、よく考えてみれ ば城の中の装飾も言われてみればハロウィン一色だ。一日だけのハロウィンなのに、やけに力入れてんだな。俺が考え込んでいれば、待ちきれないといった様子 でルークが俺の腕を引っ張ってきた。


「おいルーク、トリックオアトリート!」
「え?あ、そうだったな、はい」


俺 は慌てて、ちょっと前に厨房で貰った飴玉をルークに渡した。厨房にいつもいるコックさんは、俺の前の境遇を聞いてからというもの色んな食べ物をちょくちょ くくれるとても良い人だ。もしかしたら今日がハロウィンだと知っててくれたのかもしれないな。飴を渡されたルークは明らかに不服そうな顔をしながらもそれ を受け取った。


「お前、トリックしかける気満々だったのかよ!」
「だって覚えてなかったんだろ、待ってる間に色々考えてたのに!まあいいか、本番はこれからだ。行くぞルーク!」
「お、俺も行くのか?!」


ルー クはどうやらお菓子かイタズラを仕掛けるためにこれから城内を駆け回るらしい。いや、王子のルークはいいだろうけど、使用人の俺が一緒に行っていいの か?!しかしそんなことルークはまったくお構いなしだと今までの経験から分かっていることなので、俺はご主人様命令で仕方なく後をついていくしかないの だった。
……使用人風情が無礼だとかで解雇されなきゃいいけど。

ルークに手を引かれながらかぼちゃまみれの廊下を歩いていけば、 目の前にガイの背中が見えた。その格好はいつもの服と違って、何故か包帯まみれになっている。街の中で見た事がある、多分アレはミイラ男の仮装だ。今日は 皆ハロウィンのために仮装しているって事か。と思った瞬間、ルークがダッシュで近づきガイへと飛び掛っていった。その勢いは俺の時の比ではない。


「ガーイー!トリックオアトリーック!」
「一択?!」
「今年も来たか、ルーク!そうはいくか!」


ガイはルークを軽くかわし、その手に持っていたパイ(おそらくパンプキンパイ)をその口へと押し込めていた。目を丸くしたルークは思わずそのパイを噛み締め、もぐもぐと全部食べ終わってからガックリと項垂れた。


「ちくしょー!今年も負けたっ!」
「はっはっは、まだまだ甘いなルーク、毎年同じ手で襲ってきてたら引っかかるものも引っかからなくなるぞ」
「毎年こんな事してるのかよ!」


この城のハロウィン怖っ!ビビる俺だったが、ガイにはいヒヨの分と渡されたパンプキンパイの甘さに少しだけ落ち着くことが出来た。美味いな、パンプキンパイ。おそらくこのために用意していたのだろう、ガイはもっととねだるルークに残りのパンプキンパイを全て分け与えた。


「それにしても今年はアッシュがいなくて寂しいだろう、ルーク」
「えっ、アッシュ様いないのか?」
「ああ、急に城を出なくちゃならない用事が出来たらしいんだ。毎年ルークと一緒に熱いハロウィンバトルを繰り広げていたんだがな」


いらない、ハロウィンにそんな熱いバトルはいらない。パイを口に頬張りながら、確かにどこか寂しそうだったがルークはぷいっと憎まれ口を叩きながら顔をそらしてしまう。


「へん、兄上なんてトリックオアダイとか真顔で言うから嫌だっつーの」
「た、確かにそれは熱いバトルが繰り広げられそうだな……」
「それにいーんだ、今年からはルークがいるからな!」


今 年はルークと一緒に遊び倒すんだ!と、口の中のものを全て飲み込んでから肩を組んでくるルーク。少し恥ずかしいけど、今までこんなイベントに参加した事が 無かったから、俺もルークに便乗してちょっとぐらい楽しんでみようかな。それなら頑張って来いと笑顔で見送るガイに片手を上げて返事して、ルークはまた俺 の手を引いて歩き出した。


「さあ行くぞルーク、今日中にたっぷりお菓子を手に入れてイタズラ仕掛けまくってやんなきゃいけねえからな!」
「お、おうっ!」


そ れから俺とルークは、城中の人間に声を掛けまくっていった。フランケンな王様や魔女な奥方様、様々な衣装に身を包んだ使用人やメイド全ての人が俺たち、っ つーかルークが来るのを待ち構えていて、甘くて美味しいお菓子を渡してきたりこちらが仕掛けてくるイタズラを甘んじで受け入れてくれたりした。なるほど、 城全体でルークのハロウィンに付き合っている感じなのか。それも毎年。
……ルークの事甘やかしすぎだろこの国。俺も楽しいからいいけどさ。


「いやー今年も大漁大漁!これでしばらくは菓子に困らないな!」


途中で貰ったカゴいっぱいにお菓子を詰め込んで、ルークは上機嫌だった。とか言う俺もかなり気分が良いんだけどな。ああ、お菓子……ここに来て初めて食べたあの甘さ、これからしばらくは毎日味わえるんだな。
俺たちがニコニコ顔で部屋に戻ろうとしていると、目の前に見た事の無い背中が見えた。と言っても、この城の中にいる者ほとんどがハロウィンの仮装をしているので、だから見覚えが無いだけかもしれない。あのマントを羽織った後姿から見て、あれは多分吸血鬼あたりだな。
ルークは俺を見てニヤリと笑った。仕掛ける気満々だ。背後から音を立てないようにそっと近づき、ルークはその人物へ勢いよく声をかけた。


「トリックオアトリート!菓子をくれるかイタズラされるかさっさと決めな!」
「……おや、誰かと思えば、あなたでしたか」


大して驚いた様子も見せずに振り返った顔は、やっぱり俺の知らない人物だった。その眼鏡の奥の赤い目が印象的な男の人だ……と考えていたら、ルークが何故か動きを止めてしまった。ルークの知っている人だったのか?しかも何故か、その身体が震えているような。


「な……な、なななっ!何でお前がここにいんだよっ!」
「嫌ですねえまるで悪魔が目の前に現れたような反応、かつては先生と生徒という関係だった相手にひどいと思いませんか?」
「ひどくねえ!まさにその通りじゃねえかっ!」
「え、ルークの、先生?」


どうやらルークは思いっきりビビッているらしい。な、何だよ、どういう事だ、先生って?疑問符を浮かべている俺に気付いた男の人は、にこりと微笑みかけてきた。背筋が寒くなった気がしたのは何故だろうか。


「あなたが噂のルークに瓜二つな新人ですか。私はジェイドと言います、昔ルークの家庭教師をやらせて頂いてました。どうぞよろしく」
「あ、ああそうだったんですか、初めまして」


なるほど、家庭教師だから先生と生徒か。だとしたらルークは先生だから嫌がっているのかな。それにしては、怖がり方が尋常ではないけど。気がつけばルークはジェイド先生から離れて俺の後ろに下がっていた。何という早さだ。


「おいルーク、さっさとそんな奴からは離れろ!危ないぞ!」
「え?!あ、危ないって?」
「そんな奴とはひどいですねえ、話しかけてきたのはそちらの方でしょう」


ルークの様子がいつもと違うので、何となく俺も怖くなってジェイド先生の傍から離れようとした。が、その前にガシッと頭を掴まれて身動きが取れなくなってしまう。
えっ?


「てってめえジェイド!ルークを離せ!」
「おや、あなたが真っ先に逃げ出さないとは。そんなにこの子がお気に入りですか、そうですか」


そ の時俺は見てしまった。ジェイド先生がルークを見て、ニヤリと笑うのを。その笑顔は今の服装と似合いすぎていて、今俺の目の前にいるのは本物の吸血鬼なのではないかと思わせるのに十分な恐ろしさがあった。今更、ルークが何故あんなに怯えていたのか、少しだけ分かった気がする。俺逃げられないけど。
しかし、この時俺が感じた恐ろしさは、この人がその内に隠し持つものの中の極一部であったのだ。


「そういえばルーク、あなたは最近授業をサボってばかりだそうですね。そんないけない子には……お仕置きが必要ですね」
「あ……あ、あ……」

「dead or alive ?」


俺が、ジェイド先生は近国であるマルクト帝国の軍人をやっていてその指導は鬼のように厳しく、あのアッシュ様さえ避けて通るほどの人物であると知ったのは、今日という日が過ぎ去った後の事だった。

ハロウィンの悪夢はまだ、始まったばかりだ……。




09/10/31