まさかの影武者大作戦 後編



ルークが何故あんなにパーティとかに出たがらなかったのか、今の俺はよく分かった。息苦しいし堅苦しいし愛想笑いしてなきゃいけないし、めちゃくちゃつま んねえ!おまけに隣にいるアッシュ様が始終ご機嫌っぽいのが何だかむかつくし。まあ、俺が不用意な発言をしないように常に一歩前に立って他の人の相手をし てくれるのは、とても助かっているけど。
こういう時の言葉遣いも礼儀作法もまともに習っていないんだ、誰かに話しかけられたってまともな応対が出来るはずが無い。


「あの、浮かない顔をされてどうされたのですかルーク様?」
「えっ?!」


と か思っているうちに見知らぬ女の子が近づいてきていて俺は死ぬほど驚いた。ああ遠方からきた偉い人の娘さんか、そんな心配そうに見つめられても俺は何と答 えればいいかが分からない。ただ無言でアワアワしている俺を女の子が首をかしげて見つめてきている。どっどうすればいいんだ!
俺がどうしようもなくなって、いっそこのまま逃げ出そうかとか思い悩んでいれば、不意に肩に温かな手が乗せられわずかに引き寄せられた。人のぬくもりに触れられて思わずホッとする俺の頭上から、明らかに猫被っている優しい声色で女の子に声がかけられる。


「すみません、弟はこのような場に慣れていないせいか、緊張しているようです」
「まあそうでしたの、いきなりお声をかけてしまってすみませんでした」
「いやっそのっ全然っ」


俺が何にも喋れない内に軽く女の子と会話したアッシュ様はさっさと帰してしまった。何だこの人……というか俺も混乱しすぎてるけど。混乱しすぎてアッシュ様が未だに俺の肩抱いて離さないのに気付くのにもかなり遅れてしまった。


「ルークになりきれとは言わねえ、混乱して挙動不審になるな、後のフォローは俺が全てやるから、お前はただ俺の横で立っていればいい」
「ああああアッシュ様……じゃなかったあっ兄上、それは分かったんでそろそろ離してくれませんかっ」


うわあ、兄上なんて言い慣れねえ。俺が小声で必死に訴えれば、アッシュ様は静かに身体を離してくれた。ああ、緊張した。どことなく残念そうに見えたのは多分気のせいだろう。
し かし立っておくだけって、俺がルークに変装してまでこの場にいる必要はあるんだろうか。ここに立ってパーティに参加している事が大事って、そういう事なの か?パーティ自体に興味があったのは確かだけど、今はただひたすら、さっさとこの場から消え去りたい気分だ。じゃないと俺はじきに緊張のせいで心臓が固 まって死ぬかもしれない。


「あらまあ、今日はいつにもまして随分と緊張しておりますのね。それでは肩が凝ってしまいますわよ?ルーク」


その時俺に再び声がかけられた。驚きにビクッと顔を上げれば、そこには俺を見つめながらおかしそうに微笑む金髪の綺麗な女の人が立っていた。俺の身体がさらに固まったのは言うまでもない。こっ今度は一体誰だ?!
アッシュ様は今度は女の人を遮る事もせず、普通に受け答えしてみせた。


「こいつが、昨日言っていた例の屑ヒヨだ」
「まあそうでしたの、あまりにもルークそっくりでしたから、具合が良くなって本人が出席しているのかと思いましたわ」


いきなり俺の正体をばらされて心臓がひっくり返りそうだったが、女の人は口元に軽く手を当てただけだった。昨日言ってたって、俺が本物の王子様ルークじゃないと知っていたって事か?ポカンとしていれば、女の人が自己紹介をしてくれた。


「初めましてもうひとりのルーク、わたくしはアッシュとルークの幼馴染のナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアと申します」
「あっえっと初めまして……って、キムラスカってまさか?!」


聞いたことがある単語に、挨拶もそこそこに驚きの声を上げていた。だって、だってキムラスカって、確かこの国の隣にある滅茶苦茶でかい国の事だろ?いくら勉強不足の俺だって知ってるぐらいの有名な国だ。俺が助けを求めるようにアッシュ様を見れば、アッシュ様は軽く頷いた。


「ナタリアはキムラスカ王国の姫君だ。国が隣同士なのと、歳が近いおかげで昔から交流がある」
「よろしくお願いしますわルーク。アッシュからあなたの事を聞いてからずっと会ってみたかったところでしたの、今日会えてよかったですわ」


正 真正銘のお姫様ナタリア様が、俺の手を取って握手をする。どういう事だ、これは遠い所から来たお偉い人のためのパーティじゃないのか、何故隣国のお姫様ま でこんな所に?!昔から交流があるって、つまりこういう時に自由に相手の国の行事にちゃっかり参加しちゃったりとかするって事?!
ぐるぐるとそんな事を考えている間に、俺の周りがいつの間にか変な事になっていた。ナタリア様が俺の手をガッチリ掴んで、離さないのだ。


「それにしてもアッシュ、この子は本当にルークに瓜二つですのね。……ずるいですわ」
「いきなり何だ」
「わたくしだってあなたみたいにルークを弄り倒してみたいですわ!でもルークはあなたが独占していますでしょう?それならせめてこの子をわたくしにくださいな」
「残念だがナタリア」


アッシュ様は俺の頭をぐいっと引き寄せて勝ち誇るように宣言した。


「これはルークのものらしい。という事は、ルークのものは俺のものでもあるという事だ。これは渡せない」


何だこのジャイアニズム兄貴!!


「んまあ!それではあなただけ両手に花ではありませんか!ひどすぎますわアッシュ!」
「すいません俺はどこにつっこんだらいいですか!」
「お前は黙っておけ屑ヒヨ」


勇気を出して片手を挙げたのにすぐにアッシュ様によって静められてしまった。誰かこの人を止めてくれ。この時寝込んでいたルークが言っていた「負けるな」という言葉の意味を真に理解したような気がした。
ルークが今俺の目の前にいたら、言ってやりたい。どうやって勝てばいいんだ!


「こうなったらティアにも言いつけますわよ、あなたがルークを2人も独り占めしていると!」
「……確かにアレが来たら面倒だが、それぐらいで屈する事はねえよ」
「ジェイドも呼びますわよ!」
「………」


な にやらナタリア様が挙げる名前に嫌な思い出があるのか、アッシュ様が眉をしかめて沈黙した。あのアッシュ様をあんな顔にさせるとは、一体どんな人たちなん だろう。ナタリア様は勝ったとばかりに笑顔となり、俺の手をさらに握り締めてきた。そうだ俺未だにナタリア様に手握られてたんだった。この国の王子には頭 を抱え込まれ隣国の姫君には手を握り締められ、今の俺の状態って一体何なんだ!


「それではヒヨルーク、あちらでわたくしと一緒に踊りませんか?」
「ヒヨルーク?!いや俺踊りとか生まれてから一度もしたことないんですけど」
「大丈夫、わたくしが手取り足取り教えて差し上げますわ。ささ、こちらへ」


ナタリア様が嬉々として腕を引っ張ってくる。もしかして俺、おもちゃみたいな扱い?今までの会話を聞いてると、今までこのポジションにはルークがいたっぽいし……あいつがこういう場に出たがらない最大の理由って、まさか。
いや、それよりこのままだとパーティの真ん中に立たされそうだ。冗談じゃねえよ、そんな事したら俺が緊張死してしまう!俺は今の事態に全てを忘れて、そばにいたアッシュ様にしがみついていた。


「いやいやいや無理無理俺無理ですからっ!た、助けて兄上っ!」
「!!」


腕 にしがみつかれたアッシュ様の瞳が驚きに見開くのが見えた。アッシュ様の事を兄上と呼ばなければと心の中で念じていたせいか、こんな時でも兄上と呼んでし まった。はっ恥ずかしい……!それに自分の立場も忘れて思いっきりしがみついちまったし!一瞬のうちに我に返った俺は、慌ててアッシュ様から離れる、前に ひょいっと空中に浮いていた。
俺の身体を軽い手荷物のように抱え上げたのは、当たり前だがアッシュ様だった。そのまま歩き出しながら、完全に棒読み口調でナタリア様に言う。


「どうやら弟は今日は少し具合が悪いようです早めに休ませますので我々はこれで失礼させて頂きますそれではナタリア姫ごきげんよう」
「おっお待ちなさいアッシュ!もう、都合が悪くなればそうやってルークを抱えて逃げ出すのは昔から変わりませんわね!」


後ろでナタリア様が文句を言っているが、そんなのどこ吹く風でアッシュ様は歩みを止めなかった。唐突な展開に俺が動けないままアッシュ様を見つめれば、目が合ったアッシュ様はにやりと笑ってみせた。
今のは、完全に悪い人の笑顔だった!


「あああああのアッシュ様、今からどこに行かれるんですかっ!」
「言っただろう、休憩だ。但し、俺のな」
「俺はー?!」


その後俺は休憩タイムだとかのたまうアッシュ様に散々遊び弄りからかい倒されるのだった。後で心身疲れ果てた俺にガイが「最近ルークは素直じゃないから、素直なお前を構い倒せて嬉しかったんだろうなあ」とか教えてくれたが、まったく嬉しくなかった。

それよりあのパーティ。
途中で抜け出せるんなら、やっぱり俺出なくてよかったんじゃねーのかよ!



「おっし熱もすっかり下がって俺、完全復活!んで、パーティどーだったんだルーク?」
「……もう二度と出ねえ……」




09/10/03