二人合わせてアルバート流剣術



カンッカンッ!と打ち鳴らされる木と木がぶつかり合うリズミカルな音に、俺は聞き惚れていた。目の前で繰り広げられているのは、木刀同士の演習だった。ど ちらも相手を打ち倒す勢いで向かっていっている。これが木刀ではなく真剣だったりしたら、俺はハラハラしすぎて見ている事も出来なかっただろう。すごい、 これが剣技なのか。その辺りの人間が独学で身に着けた荒っぽいものなんかじゃなく、一から上手な人間に教わって身に着けたような、洗練された動きだ。どっ ちが強いのかは俺にはわからないけど、とにかく見ている分にはこっちの方が綺麗だ。初めて見たそれに、俺はすっかり目を奪われていた。
どこか夢心地でその光景を眺めていれば、いつの間にか木刀の音は途切れていた。俺がボーっとしている間にどうやら終わったらしい。城の中庭の一角で行われていた剣の練習を邪魔にならないように隅っこのようで眺めていた俺に、汗を拭きながら木刀片手にガイが歩み寄ってきた。


「やあヒヨ、そこで見ていたのか」
「……あのさあ、何度も言うけどその呼び方やめてくれないか?」
「いやあ、何かもうこれで定着してしまってなあ」


悪 い悪いと謝ってくるガイの笑顔には改める気配がない。俺はガックリと肩を落とすしかなかった。アッシュ様が俺の事を屑ヒヨとか呼んだ日から俺の呼び名はヒ ヨコ関連で固定されてしまったらしい。人によって呼び方はマチマチだけど、まあ屑ヒヨよりひどいものは今のところ無い。


「よおルーク、どうだったよ、俺の剣さばき!」


ガイの後ろからひょいと顔を覗かせ笑いかけてきたルーク。今俺をそのままルークと呼んでくれるのはこの名前が同じルークと、シュザンヌ様ぐらいだ。この前王様に「ヒヨ君」と呼ばれた時は死ぬほど驚いたな……。


「ああ、すごかった!綺麗だった!」
「ふふーんそうだろそうだろ」
「俺剣とか使えないから、何がどうすごいのかさっぱりだったけどな」
「あれ、そうなのかい?剣を使えなきゃ身を守るのに大変だろう」


俺の言葉にガイが目を丸くする。確かに俺が今まで生きてきた世界は、自分の身は自分で守らなければならない場所だった。ガイが疑問に思うのは当然だろう。だけど俺には、もっともっと深刻な問題があったのだ。


「剣を買う金が無かった」
「……なるほど」
「まあ護身用にボロい短剣持ってる時もあったけどさ、この拳と足があれば十分だったし!」


後、多少痛んでても壊さない腹と、一日中駆けずり回っても平気な体力な。多分ルークだったら3日ももたないかもしれない。俺が偉そうに腕と足を叩いてみせれば、ルークが実に興味津々といった様子で覗き込んでくる。


「へえ、どんな風に守ってたんだ?」
「基本的には、逃げる!」


拳を握ってそう言えば、ガイもルークもずっこけた。逃げる事の大切さを知らないな。無駄に戦って後で問題になるととても厄介だし勝っても得する事はあんまりないし、逃げるが勝ちとか言うし。そんな事をつらつら思ってると、ビシッとルークにつっこまれた。


「それが足かよ!じゃあ拳っつーのは?」
「それじゃあ、見せてやろうか」


俺 だってやれば出来るって所を見せてやりたかった。貧乏暮らし舐めんなよ!ちょうどその辺りに剣の練習で使う人形が立っていたので、そこへ移動する。若干馬 鹿にしたような様子でついてくるルークと純粋に興味があるらしいガイがこっちを見ているのを確認して、俺は人形に向き直った。しばらくやっていなかったか ら少し不安だったけど、まあ大丈夫だろう。昔通りすがりの髭と眉毛のおっさんに習ったこの技、見せてやる。


「はあっ!烈破掌!」
ドゴォン!
「うわーすげえ!人形がぶっ飛んだぞ!」


俺の手から迸るエネルギーが、人形をあっけなくぶっ飛ばした。そこで俺は気付く。あっもしかして、あの人形ぶっ壊しちまった……?


「や、やばっ!どうしよう俺人形壊しちゃった!べべべ弁償しなきゃ……?!」
「あんな人形替えなんていくらでもあるっつーの、落ち着けよ」
「それよりすごいじゃないかヒヨ、確かにあの威力なら拳一本で大丈夫だな」


慌てふためく俺とは対照的にルークもガイもいたって冷静だった。よく考えてみれば、あれは練習に使う人形なんだから壊れて当然なものなのかな。けどこういう使い捨てみたいな事に慣れていないから、何か違和感があるな。
俺が神妙な顔で飛んでいった人形を拾ってくると、目をキラキラと輝かせたルークが近寄ってきた。この表情は、やっかいな事になる。まだ付き合いは浅い方だがそれでもルークという人間を傍で見てきた俺には、分かるのだ。


「おいルーク!今の俺にも教えろよ!」
「えっ今のを?!」
「おいおいルーク、お前はずっと剣を習って来てるだろ?いきなり拳術に転向か?」


さすがにガイもつっこんだ。しかしルークのテンションは下がる事無く、むしろ上昇していっているようだ。


「んなもん、剣を持ってない方の手でぶっ放しゃいいだろ?」
「お前なあ……」
「俺は別にいいけど……そんな事出来るのか?」
「やりゃー出来るって!そうだ、教えてもらう代わりに俺もルークに剣を教えてやるぜ!これでおあいこだろ?」


な!とすこぶる上機嫌でルークが肩をバシバシ叩いてくる。そりゃあまあ、剣を習うのも悪くは無いけど(習う相手がルークっていう所が限りなく不安だけど)本当に剣を持ちながら拳で戦う気か?
助けを求めるようにガイを見れば、やれやれと首を振るばかりだった。


「こうなったルークは言っても聞かないからなあ。教えてやってくれよ」


おい、そういう態度がルークをわがままに育てたんじゃねーのか。じと目で見るが、ガイは笑うばかりだった。まあルークの教育についてガイに文句を言っても仕方が無い。俺は改めてルークに向き直った。


「じゃ、やるって決めたんだから途中で投げ出すなよ?」
「おう!俺だってきびしーんだからな、根を上げんなよ!」


よろしくとばかりに拳を付き合わせた。ルークの指導か、ちょっと怖いな、色んな意味で。そこは俺もフォローしてやるからとガイが小声で言ってくれたのでちょっとは安心したけど。
……いやちょっと待てよ。


「なあルーク」
「何だよルーク」
「俺はお前の使用人で、お前は俺の一応ご主人様だよな?」
「一応ってのが気に入らねーけど、そうだぞ?」
「使用人がご主人様に剣を教えて貰うのって、これっていいのか?」


考えれば考えるほどおかしい気がする。隣でガイも「そういえば」って顔してやがるし。しかしルークは何か問題があるのかと言わんばかりの表情で変わらず俺を見てくる。少しは考えてくれ、その辺の事。


「別にいーんじゃねえの?なあガイ」
「あー、まあ……ルークが良いっていうなら、いいんじゃないか?」
「本当にか?本当にそれでいいのか?!」
「ったく、お前は本当にいつもいつもおーじょーぎわが悪いな!俺が良いっつってんだから良いんだよ!」


分かったな!とご主人様に念を押されてしまっては使用人として拒否するわけにもいかない。俺は疑問を頭の中で渦巻かせながらも頷くしかなかった。


「よーっし!そんじゃさっそく明日から特訓開始だからな!師匠が来たら師匠にも知らせねーと!」
「師匠?ルークの剣の師匠か?」
「ああ、めちゃくちゃ強くてかっこいー師匠だ、今度来たときに紹介してやるよ」


ルー クは本当にその師匠とやらを尊敬しているらしく、師匠の事を語る時はやたらとイキイキしていた。ルークがそんなに傾倒する師匠か、どんな人だろう。今度来 たとき、という事だから、城の人間では無いんだろう。外部の人間か、俺の事を見たらどう思うかな……元浮浪者同然でタメ口でご主人様と一緒に勉強してご主 人様に剣を教えて貰ってるこの使用人を見たら……。


「……何か俺、この先どんどん不安になってきたんだけど」
「じょぶじょぶ大丈夫!俺がついてんだろ?」


一番不安になる事を言いながらルークがいい笑顔でくっついてくる。……まあいいか、少なくとも今の俺には、こんなに温かな場所がある。ルークがくれた、新しい俺の場所が。




09/06/29