俺の新たな人生の幕開け
俺はルーク。ちょっと貧乏で善良な一般市民から処刑寸前の使用人(仮)にまで一気に成り下がった男だ。俺は、俺は何もしていないはずなのに、どうしてこんな目に……。
正
座をしながら背中を丸めて震える俺の目の前には聖母のような笑顔があった。ただしその目は笑っていない。幸いにもその凍るような視線は俺を見ているのでは
なく、俺の隣で同じように正座をしている人物に向けられていた。ちなみに目の前の豪華そうな椅子に座りこちらを見下ろしている女性は、この国の女王様。俺
の隣で打ちひしがれているのはこの国の王様だ。
……すごい光景だ。
「それでは、あなたはこの子が自分の子ではないと、はっきりと仰るのですね?」
「もちろんだとも!そんなやましい事を私がするはずがないだろう!」
「どう思います?アッシュ」
「残念ながら信用出来かねます」
「おお我が息子よ何と言う薄情な……!」
隣で控えているルークのお兄様はすごく冷たい目で自分の父親を見下ろしている。国王の癖に信用無いのかこの人は。俺の反対側に暇そうに突っ立っているルークもフォローに回ろうとはしない。何か、可哀想になってきたな……そんな身分じゃないんだけど。
というかこのままじゃ俺もやばいんじゃないか?仕方なく口を挟ませて頂く事にする。
「も、申し訳ありません、俺も王様の息子だなんて覚えはありませんし、この国から離れた場所でずっと暮らして来たんです。ご落胤とかそういうのでは無い、んじゃないかなあと思うんですけど……」
「あら、でもあなたはご両親を覚えていないのよね?物心付く前にどの国にいたのかも」
「うっ……」
奥方様の言葉に俺は口を噤む事しか出来なかった。だって赤ん坊の頃の事なんて覚えてるわけがねえもん。そしてその赤ん坊の頃にここで生まれて俺が育った場所に何らかの形で移動した、可能性もあるって訳だ。
……いや、それは無いな。それだけは無い。それなら俺はマジで王様の息子なんて事になってしまう。それだけは無いと俺の心が告げてるし。しかも決定しちゃうと隣で震えてる国王の命が無いような気がする。やばいな、どうしよう。
「別にどっちでもいいじゃん?父上は違うって言い張るし、今こいつは俺の使用人なんだし」
その時呑気にあくびをしながらルークがそんな事を言った。そういえば俺はまだ使用人になるとはっきり宣言した覚えはないんだけどな……ご落胤認定されるよりは使用人にされる方がマシだろう。するとルークのお兄様……アッシュ様?が不機嫌そうに眉をぴくりと動かした。怖い。
「その使用人というのは、一体誰が決めたんだ」
「俺に決まってんだろ」
「今までの使用人はどうした」
「あんなブチブチ文句ばっかり言うやついらぬぇーよ。置いてきてやったぜ」
「お、置いてきたあ?!あのままか!」
俺は思わず声を上げていた。情けない声を上げていたあの人がその元使用人という奴だったんだろう。追い出されていたと思ったら、あのまま本当に置いてきたのかよ!
「それはあまりにも可哀想だろ!あんな自国でもない所に1人で!」
「な、何だよ、また文句つけんのかよ!」
「お前は本っ当どうしようもない王子様だな、どうやったらそんな心無い事出来るんだよこの我侭王子!」
「んだと?!使用人のくせに生意気だぞ!」
「まだ返事した覚えはぬぇーよっ!」
立
ち上がって、ルークと正面からにらみ合う。さすがに今度はいきなり殴りかかる事はしなかった。殴ってなくてよかった……俺きっと、一瞬のうちに首をはねら
れてたな。というかいきなりタメ口で怒鳴る今でさえも切り捨てられてもおかしくないぐらいの無礼な事だ。頭に血が上っていた俺は気付けなかったけど。
そんな俺の頭を覚ましたのは、くすくすという楽しそうな笑い声だった。
「母上?」
ルークが怪訝な顔で顔を逸らす。ハッとなって俺もそちらへ振り返った。そこには口元を押さえて肩を震わせるこの国の女王様の姿。自分の顔からさっと血の気が引いたのを感じた。俺、今、この国の王子様にすごく偉そうな口きいた!
「ルークは今回とても楽しいお友達を拾ってきたのですね」
「母上、使用人だっつーの」
「あああああの、すっすすすみません、俺今、あの、その」
「あらいいのですよ。ルークがあんなに元気良く声を上げている所、久しぶりに見たわ」
ね?と微笑まれたルークは罰が悪そうに視線を逸らす。俺は固まって声も出ない。そんな俺の目の前までしずしずと歩いてきた奥方様は、わざわざ俺の手をとって、顔を覗き込んできた。赤い髪の女の人は初めて見るけど、とても綺麗だった。
「私からもお願いします。どうかルークの使用人となってくれないかしら」
「……へ?」
「もちろんルークが置いてきた元使用人は拾いにいかせます。あなたにもちゃんと住む場所とお給料をあげましょう。どうですか、『ルーク』」
同じ色、同じ名前を持っているなんて、きっと運命なのでしょうね。とのほほんと笑う目の前の顔。それだけでいいのか?一国の王子の使用人への資格って。
「でも俺、使用人なんて今までやったこともないんですけど……」
「大丈夫、ちゃんと教えます。任せましたよラムダス」
「はっ」
ずっと身動きせずに直立不動だったラムダスさんがきっちりお辞儀をする。あんな執事の鑑になんて俺は一生なれそうにないんだけど。それでも、いいのかな?
俺
が見ると、ルークは俺が頷くのを当然と思っている顔で見てきた。何かムカつく。ムカつくけど、俺の事を必要としてくれてるって事だよな?例え今だけの好奇
心だとしても、今は俺を使用人にしてもいいって、思ってくれてるんだよな?町の中でばったり鉢合わせただけの俺を。姿や名前が同じってだけの、薄汚れたた
だの貧乏人の俺を。
金がもらえる。住む所ももらえる。そして必要とされている。それだけ揃っていれば、俺が頷くのに十分足るというものだ。
「……俺で、いいんですか?」
「あら、先にそれを望んだのはこちらの方ですよ」
「だーっもうウダウダうるせえんだよ!お前は黙って俺の使用人になれ!分かったな!」
ノーとは言わせぬ勢いで肩を掴んでくるルーク。その勢いに俺はうっかり頷いていた。途端に怒り顔だった表情が、ニヤリと笑う。現金だ、現金すぎるぞルーク。ここで呆れ返らなければならないはずの俺の表情は、何故か目の前の顔と同じものになっている気がする。
何だこれ。無理矢理連れてこられて半ば無理矢理使用人にさせられたってのに……何で俺、こんなに嬉しいんだろ。
こうして俺は、赤毛王族の使用人となってしまったのだった。
……放置されたこの国のトップの背中がちょっと寂しそうだったけど。
08/09/13
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