赤毛一家現る
俺はルーク。特に何の特徴も無いしがない一平民だった男だ。過去形なのが非常に悲しい。誰もがうらやむような贅沢な暮らしはいいから、その日の食べ物に困
らない小さな幸せを噛み締めて毎日を生きれるような普通の暮らしを望んでいたというのに、今の俺はそんなささやかな未来からどんどんと離れているような気
がする。
今俺は、生まれて初めて国境を越えて他国に立っていた。しかも首都だぞ首都。一生足を踏み入れる事は無いだろうと思っていた都会だぞ?ま
だ信じられない。俺の目の前には祭りかと思うほどひしめき合う人々、綺麗な町並み、そして見上げるほどの大きな家が広がっている。生まれて初めてこんな
でっかい家見た。むしろ城?城だよな、だって俺の後ろにいるのは正真正銘本物の王子様なんだから。
ちなみにその王子様こと俺と容姿も名前も瓜二つのルーク様は、思わずキレた俺が馬車内で散々どつき倒したせいかこっちをじと目で睨みつけている。元はと言えばお前が悪いんだろ!と返したかったけどこれ以上何かしたら王子様権限で処刑されそうだから黙っておく。
「ここがお前の国の首都なのか、すげーなー。俺あんなでっかい家初めて見た」
「へっ、ありゃ城だっつーの、貧乏人」
し、知ってるっつーの!
なるべく場の雰囲気を和ませようとする気持ちが半分、本気で感動していた気持ちが半分の感嘆の声だったが、今までの腹いせのようにルークが鼻で笑ってくる。悪かったな貧乏人で!そりゃいくらでかくてもお前の家なんだから見慣れてるんだろうけどさあ。
「おら、さっさと帰っぞー」
「え、あ、ちょっと待って、俺まだ心の準備が」
「んなのいるかっつーの!」
も
たもたしていたらルークが俺を引き摺って歩き始めた。今まで乗ってきた馬車は町の外に止めてわざわざ徒歩での帰還だ。おいおい皆見てる見てるこっち見て
るって。すんごい物珍しそうに見てるじゃないかいいのかこれ。こういうのも慣れているのか王子様。見られているのは俺の方が多い気がするけど……や、やっ
ぱりそっくりさんだから?
俺がかつて無い視線の数にびくびくしている間にでっかい家、もとい城へと辿り着いていた。俺入ってもいいのか?俺の心配もお構い無しに見張りの兵に見守られる中ルークは中へと足を踏み入れる。広い、入口からして広すぎる!
「ルーク坊ちゃま!また外を歩かれて帰ってこられたのですか!あれほど旦那様が注意なされたというのに」
「うっせーよ俺の勝手だろ!」
「そういう訳には参りませ……おや?」
入った途端どこかで待ち伏せしていたとしか思えないタイミングで誰かがやってきた。どこからどう見ても執事っぽい人だ。多分執事な人なんだろう。執事な人はルークから俺へと視線を移して、動きを止めた。驚愕の表情でルークに引き摺られる形のまま固まる俺を見ている。
「……ルーク坊ちゃまが、二人?」
「あ、こいつ俺の新しい使用人だから。これはラムダスっつって使用人たちのボスみたいなもんだから、覚えとけよ」
「へえー。……あ、俺ただの同姓同名のルークです、よろしくお願いします」
執
事な人の名前はラムダスというらしい。なるほどそれなりに偉い人だったのか、確かにベテラン執事っぽい。という事は俺の上司に当たる人になる訳なので、と
りあえず頭を下げておいた。ルーク坊ちゃんなんて呼ばれている手前、ルークなんて名乗りにくいけど仕方ないよな。ラムダスさんはまだ呆けた様子で俺とルー
クを見比べている。
「ぼ、坊ちゃま……この瓜二つの方はどこで……?」
「あー?そこら辺で拾ったんだよ」
「こ、こら!人を無機物みたいな言い方するなよな!」
俺があんまりな物言いに抗議すると、ルークはうるさそうに顔をしかめて耳を塞いでみせた。むがーっむかつくーっ!詰め寄ろうとした所で、大きな声に阻まれルークと一緒に飛び上がることとなった。声の発生源は、さっきから挙動不審だったラムダスさんだ。
「な、何という事だ……!」
「いっきなり何だよラムダス……」
「旦那様のご落胤か!」
「はっ?!」
ええ?!もしかして俺の事か?!冗談じゃねーよご落胤なんて!
ラムダスさんはとんでもない誤解をしながらすっ飛んで行ってしまった。訂正をする暇も無かった。何か、とんでもない事になってしまった……。俺は八つ当たりのようにキッとルークを睨みつけた。
「何でお前も止めないんだよ!大変な事になっただろ!」
「なあ、ゴラクインって何だ?」
「こっの馬鹿王子ー!」
意味分かってなかっただけかよ!あーもうどうしようどうしよう、下手すれば落胤と偽った罪で俺が処刑されるんじゃないか?俺名乗ってもいないのに!
「騒々しい、一体何事だ」
その時、妙に落ち着いた声が響いた。ルークがあからさまにゲッといった表情になる。何だ?声の聞こえた方、傍にあった階段の上を見上げると、そこに見事な真紅の色が翻る。次に俺を見据えたのは、鋭い視線。
「屑が、ようやく帰って来たのか。どうせまた面倒事でも持ち帰ってきたんだろうが」
「ちっげーよ、ラムダスの奴が勝手に騒いだだけだっての!」
恐ろしいほどの威圧感を感じながらも声の主を観察すると、どことなくルークと似ている(つまり俺にも似ているのか?)。でも髪の色はあちらの方が濃いくて、歳も明らかに上だ。隣に立つルークが心なしかビビッているのは気のせいか。
この人、もしかしなくても……ルークのお兄様か何か?つまり王族?!
「今度は一体何を持ち込んで……」
兄と思しき人は俺をはっきりと見てやっぱり固まった。さっきのすごい驚いていたラムダスさんとは違ってしかめっ面のままだったけど。しばらくじっくりと俺を階段の上から見下ろしていた兄と思しき人は、階段を落ち着いた様子で降りてきてから、ルークに言った。
「おい屑、俺への断りも無く一体どこで分裂してきやがった」
「何で兄上にいちいち断り入れなきゃならねえんだよ」
「いやっつっこむ所はそこじゃないだろ!」
(あ
あやっぱり兄だったんだ)ルークの兄へのずれたつっこみに俺は思わず口を出していた。だって、冗談とか言いそうも無いクソ真面目な顔で分裂とか言われたら
つっこまずには入られないだろ!ううっでも王子であるルークの兄上ってやっぱり王子様だよな、しかもルークより位が高い。……俺、かなりやばい。
「じゃあ何なんだこれは」
「これは俺の新しい使用人だっての。たまたま拾ったんだよ」
「こんなにお前に生き写しの人間がそこら辺に落ちているわけねえだろ!」
「落ちてたんだから仕方がねえだろ!」
さっ
きから物扱いしかされてない事に不満が無い訳では無いんだけど怖くてつっこめない。二人してなんで王族の癖にこんなに口が悪いんだよ。とうとう口喧嘩にま
で発展してしまった王子たちに何も出来ないまま俺がオロオロしていれば、ドタドタとうるさい足音が近づいてきた。何だ何だと思っていれば、さっきラムダス
さんが消えていった入口からこれまた赤い髪をした男性が非常に慌てた様子で姿を現した。ものすごく嫌な予感。
「どっどこだ、私の落胤だと申す者は!言っておくが見に覚えがある訳ではないぞ!ただ万が一のために確認に来ただけだ!決してシュザンヌの耳には入れるな!」
「旦那様落ち着いて下さい!先ほど使いの者をやってしまったのですでに手遅れです!」
ひどく取り乱した様子の男性の後ろからラムダスさんが飛び出してくる。えーと旦那様という事はえーと……この人もしかして王様か?そ、そんなまさか。
「あ、父上」
兄との口喧嘩を止めたルークが俺をどん底に突き落とす正解を口にする。王子様の父親は王様だよなそうだよなあ。あははは。
誰か助けてくれ……。
07/07/20
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