俺と王子様の出会い



俺はルーク。特に何の特徴も無いしがない一平民だ。この赤い髪と緑の目が少しばかり珍しいってぐらい。親無し家無しの貧乏人だけど、今更珍しくないしな。使い走りで生活費を稼ぎながら日々を生きるのに精一杯な、どこにでもいる普通の男だ。

と ころで今町中が騒がしい事になっている。何でも、隣の国の王子様とやらがこの町に来ているという事だ。城下町でもなく、こんな平凡な町を訪れるなんて変 わっているなあと思っていたら、どうやらその王子様自体が変わった人なんだそうだ。なるほど。どっちにしたって、王族なんて俺には縁の無い世界の住人だ。
と りとめの無いことを考えながら、俺は路地裏を走っていた。近くの店のおっちゃんに頼まれた届け物を無事に手渡してきた帰り道だった。だから別に急がなきゃ いけない事はないんだけど、早く移動した方が、多く仕事もらえるだろ?いっぱい稼いでいっぱい貯金して雨漏りだらけの手作り掘っ立て小屋からオサラバする んだ!それが俺のささやかな夢だった。

狭い路地から大通りへと出る。目的地は大通りの向こう側にあったのだけれど、何故だかいつもより騒がしい。もしかしたら、噂の王子様とやらがいるのか?参ったなあ、係わり合いになりたいとは思わないんだけど。いいや、さっさと通り抜けてしまおう。
路地から飛び出した俺は、しかしやむなく足を止めていた。目の前に誰かの体が落ちてきたからだ。慌てて俺が避けた場所に、無残にも受身も取れずに倒れ付す誰か。ていうか本当に誰だ。見た事が無い。
倒れた誰かは急いで起き上がろうとするが、その上から残酷な言葉が浴びせられる。俺と同じぐらいの歳の少年の声。いや、何故か俺の声にもそっくりな気が……。


「はっ、お前みたいな能無しはクビだクビ!俺の使用人クビ!」
「そ、そんなっルーク様!」


ルーク、様?
俺はゆっくりと顔を上げた。とたんに目に飛び込んでくる、鮮やかな赤。

噂では聞いていたんだ。隣の国の王族は美しい焔色の髪と、輝くような翡翠の瞳を持つ一族なのだと。そしてその中の一人が、偶然にも俺と同じ名前だという事を。
ルーク・フォン・ファブレ。それが俺の目の前にいる王子様の名前だ。
俺 たちは互いに互いの顔を見比べてポカンと突っ立った。俺たちどころか、その場にいる誰もがあっけにとられていたように思う。だって、同じような髪と目の色 で同じ名前だとは聞いていたけど、実際顔は見た事無かったんだ。こんなに……こんなに俺に似ている奴だなんて、思わなかった。
見詰め合ってからどのぐらいの時間が経っただろう。やがて鏡のように見合わせていた目の前の顔がゆっくりと動いた。怪訝そうな顔で、じっと俺のことを見つめてくる。悪い事はしていないのに何だか居心地が悪い。


「お前、誰?」


少し躊躇ったけど、隠せば余計に怪しまれてしまうに違いないので俺は正直に答えた。


「おっ俺は、ルークだ」
「は?冗談言うなよ、俺がルークに決まってんだろ」
「ち、違くて!あんたがルーク王子様なのは知っているけど、俺は別のルーク!同姓同名の赤の他人!」


誤解を与える前に慌てて訂正しておく。じゃないと俺が王族を偽った罪で捕まっちまう。それだけはごめんだ、俺は生まれてからずっと無印のルークで通してきてるんだから。やましい事なんて一切無いのに、捕まってたまるか。
目 の前の俺じゃないルークは、まだ疑い深い目で俺を睨みつけている。それにしても、綺麗な長い赤髪だ。これだけは俺とは大違いだ。長いとうっとおしいから適 当に自分で切っている俺の短い髪は、バラバラにあちこち飛び跳ねまくっている。今更だけどこんな出で立ちで王子の前に立ってていいのかな俺。


「マジか?マジのマジでお前ルークなの?」
「マジのマジに決まってるだろ!俺だって、お前の顔見て驚いてるんだからな!」


俺 が怒鳴り返すと、びっくりした表情で見返してくる。何なんだ一体。脇の方ではさっき何かクビ宣言されてた人が怯えた目で見てきているし、周りにいつの間に か集まっていた町の人たちは心配そうな目で見守っている。ひたすら居心地が悪い。ただ一人、俺の前に立つルーク王子様が驚いた顔を興味津々といったものに 変えて上から下まで俺を眺めてきた。


「ふーん。お前この町に住んでんの?」
「え、まあ……見ての通りお前と違って小汚い貧乏人だけどなっ」


つ い僻みが出て顔を背けてしまう。だって仕方が無いではないか。今まで自分の境遇を恨んだ事は無かったが、やはり金持ちは羨ましいものなのだ。お金は犯罪に 手を染めたりわざわざ幸せを手放してまで欲しいとは思わないが、やっぱり無いよりあった方がいい。自分と同じ顔の人間がかなりの金持ちともなるとひがみた くなるというものだ。
すると、どこか意地の悪そうな笑いが聞こえてきたので、背けていた顔を元に戻してみる。そこには声と同じように意地の悪そうな何かを企んでいる笑顔で俺を見つめてきている俺の顔。いや違う、俺と死ぬほど似た顔。な、何だ何だ何なんだ!


「へーっ、面白そうじゃん」
「な、何が?」
「決めた。お前、今日から俺の使用人な」


は?
俺は文字通り目が点になった。傍らにいた元使用人が悲鳴を上げているが、ルーク王子はまったく無視してにやにや笑いながら俺を見ている。


「ちょうど俺の使用人がいなくなった所だから、ちょうどよかったぜ!」
「いや、ちょっと待ってくれよ、俺やるとは一言も」
「ルーク様ーっそんな殺生なあっ!私はどうなるのですかーっ」
「えーいうるせえ!俺はもう決めたんだ!ルークの使用人はルークってな!」


高らかに宣言すると、ルーク王子は俺の手をガシッと鷲づかんでくる。俺が混乱している間に、縋り付いてくる元使用人を蹴倒したルーク王子が引き摺るように引っ張ってそこにあった馬車に乗せる。押し込められた後に我に返った俺の馬鹿!


「よーしいい収穫もあったし帰るぞ!全速前進だー!」
「へい!」
「え?は?へ?」


ふ かふかの座席に座らせられた俺は、慌てて窓にとり付いた。こちらをあっけに取られた顔で見つめてくる馴染みの町の人々が次々と遠ざかっていく。それどころ か、ひもじい思いをして確かに辛かったけれど俺にとって故郷とも言える町並みまでもが遠ざかっていく。早い、早すぎるぞ馬車。初めて乗るけどこんなに早い ものだったのか!


「諦めろって。大人しく俺の使用人をやるこったな」


背後で王子様の高笑いが聞こえてく る。呆然と外を眺めていた俺は、心の中の何かが音を立てて千切れたのを感じた。そうしてゆっくりと振り返り、未だに笑い転げる赤髪を睨みつけてやる。さす がに不穏な空気を感じたのか、ルーク王子が固まって俺を見つめてきた。今更そんな顔しても、許してやらねえ。


「ってめー!いきなり拉致しやがって人攫いー!せめて心の準備というものをさせろ我侭王子ー!」
「ぎゃあっ!なっななな何しやがるんだ!お前は俺の使用人だぞ!ご主人様を殴りつけるのか!」
「うるせえっ!10発ぐらいは殴らせろー!」


狭 い馬車内を俺の拳が飛び回る。ルーク王子は……(いいやもうこいつを王子なんて呼んでやらねー!)ルークはさっきの高圧的な態度とは裏腹に今は本気で怯え て逃げ回っている様子だし、馬車を操っている人がハラハラしながらこちらの様子を伺っているのも分かっていたけど、俺の怒りは簡単には静まらないんだから な!


王族に、というかルークにこんなに砕けた態度と砕けた言葉で接した奴も、こんな風に殴りかかった奴も、今までいなかったのだという事実に俺が気付いて顔色を変えるのは、俺の怒りが冷めてからもう少し後の事であった。


顔も知らない父さん母さん、俺は、とんでもない事をしでかしてしまったようです。




07/06/24