ご主人様と落ち葉掃き



季節は秋。お城の周りに綺麗に植えられている木々も瑞々しい緑色から秋らしい乾いた色に変わり、地面を茶色や黄色に覆い尽くしてしまう時期だ。俺はこういう落ち葉が敷き詰められている景色というのも嫌いではないが、お城の中庭が落ち葉まみれというのはさすがにいただけない。そんな訳で今、使用人の俺は箒を片手に中庭の掃除をしている所なのだ。……まあこれ、俺の正規の仕事ではなくてメイドさんから半ば無理矢理奪い取ったようなもんなんだけど。
だってさ、最近特におかしいんだ。何がって、俺が。詳しく言うと、俺の立場が。俺は確かにルークの使用人としてこの城に雇われたはずなのに、最初の頃はそれらしい仕事も毎日してたはずなのに、最近の俺ときたらルークと一緒にお勉強したりルークの遊びにつき合わされたりルークとお出かけしたり、とにかくルークと同じ事をしている。そう、王子様のルークと同じ事を、だ。おかしいだろ、使用人が王子様と全く同じ日常過ごしているなんて!
そりゃたしかに食事も寝る場所も俺と一緒がいいと言うルークのワガママでこの日常がある訳で、主人であるルークの命令に俺が逆らえる訳がないんだけど。それならルークの親である王様やシュザンヌ様が王族としての立場を弁えろってルークに注意してくれなきゃいけないだろうに!二人とも俺とルークの事すげえ暖かい目で眺めてるだけだし!俺としてはすげえ有難いことだけど、何か違うだろ王族として!
唯一アッシュ様だけが俺を叱ったり弄繰り回して下さりやがったりしてくるんだけど、良く考えたら実弟にもあの人まったく同じ事してるし、つまり結局アッシュ様も俺をルークと同じように扱っている訳だ。使用人の俺と、王子のルークを同じ扱いって。やっぱりいけないと思う。いくら仕えている王族が皆こんなんでも、やっぱりこのままじゃいけないと思うんだ、俺は。

主人が気にしないのなら俺が気にするしかない。そういう訳で俺は時間が空いた時なんかに、隙を見計らってこうやって使用人としての仕事を探してきているという訳だ。
……俺、使用人なのに何でこんなに探さないと仕事無いんだろう。最近は他の使用人やメイドさんも主人たちの空気を察してか、俺の事を特別扱いしようとしてくるし。さっきもこの箒を貸してくれたメイドさんが「そんな、あなたにお掃除を任せるなんて恐れ多い……!」とか何とか言って恐縮してんの。いや俺君と同じ立場の人間だから、勘違いしてるから!王子のルークとちょっと顔も名前も同じだけどただの使用人だから!お城に勤めている人に俺とルークの違いを判らない人はいないはずだから、皆俺の事知ってるはずなんだけどなあ、はあ。

……あれこれ考えても仕方ない、今は手に入れることが出来たこの仕事を精一杯頑張るだけだ。箒の柄を持つ手に自然と力が籠る。俺が(無理矢理)任せてもらった区画はもうあと半分程だ、気合を入れよう。
そうやってしばらく無心で落ち葉を掃き集めていると、後ろから誰かが近づいてきた事に気付いた。ガサガサと落ち葉を踏みしめながら気だるげに近づいてくる足音。何より足音と共に感じたその慣れ親しんだ気配に、俺はそれが誰だかすぐに分かっていた。ので、振り返って話しかける。


「ルーク、もう補習は終わったのか?」
「……おう」


不満たらたらといったむっつり顔で近づいてくるのは、俺とそっくりそのまま同じ顔のご主人様ルークだった。短く切ってる俺と違って長く伸ばした髪を無造作に掻き混ぜながら、ルークは俺の目の前まで歩いてきてじとりと睨み付けてくる。


「おいルーク、何で俺が補習あってお前に補習が無いんだよ、ふびょーどーだろ!」
「いや、だってお前予習も復習もしてないし、勉強中も寝てばっかだからだろ。そりゃ怒られるって」
「くそーっ最初は俺の方が頭良かったはずなのにーっ!」
「今までほとんど勉強出来なかった俺以上になまけるお前が悪いっつーの」


俺の言葉にルークはうぐぐと黙り込む。自覚あるんならもっと頑張ればいいのに。時々ハッとさせられるような事も言うし、元々悪くないはずなんだけどな、ルークの頭も。


「だってよー、勉強なんて面倒くせえだけじゃねーか。なあルーク、明日は二人でサボろうぜ!」
「ルーク、これ以上サボると今度はジェイド先生呼ばれるぞ」
「……」


ルークは完全に沈黙した。やっぱりジェイド先生の恐怖の授業は誰だって受けたくないもんな。頑張れ、ルーク。俺だって絶対嫌だからマジで頑張れ。
ルークとの会話に一区切りついたので、俺は止まっていた手を動かし始めた。落ち葉を掃く傍からひらひらとまた一枚落ちてくる。きりがないように思えるけど、放っておくと中庭が足の踏み場もないひどい有様になってしまうからな、地道に集めよう。
そんな俺の様子をしばらく眺めていたルークは、すぐに飽きてどこか行くかなと思っていたんだけど、意外にもまだ話しかけてきた。


「んで、お前は何やってんだ?」
「あ、俺?見て分かるだろ、掃除してんだよ掃除」
「はあ?何で」
「何でって、俺使用人だし。手が空いたら掃除の手伝いぐらいしなきゃだろ」
「ふーん」


俺の集めた落ち葉もそろそろ山のようになってきた。なるべく隅に寄せているけど結構な存在感だ。ある程度集めたらさっさと燃やしてしまった方がいいかもなあ。もちろん許可を貰ってだけど。
俺の仕事ぶりを一通り眺めたルークは、こんもり溜められた落ち葉をしばらく見つめて、ぽつりと言った。


「……焼き芋食いてえな」
「ああー」


ルークの呟きに俺も納得の声を上げて頷く。確かにこの風景、焼き芋を食べたくなるな。燃やした落ち葉の中に芋を入れて焼き上げる、秋の風物詩とも呼べる焼き芋は正直めちゃくちゃ美味い。昔町の片隅でみすぼらしく生きていた頃、バイトの駄賃で貰った芋を暖を取るついでに焚き木の中に入れて焼いた事を思い出す。久しぶりにあったかいものが食えて、あの時は幸せを感じたもんだ。
俺がしみじみとひもじかった頃の昔を思い出している間に、ルークもルークで何か考え込んでいた。何だろう、何か嫌な予感がする。俺が見守る中、何かを思いついたように顔を上げたルークは、笑顔で踵を返しかけて、


「おっし!おーいラムダス……」
「ストーップ!」
「んがっ?!」


いつものようにラムダスさんを呼び出そうとした所をとっさに抑え込む。急に口を押えられて目を白黒させたルークは、しばらくして俺が力を緩めた途端に食いかかってきた。


「っあにすんだよっ!いきなり抑えてきやがって!」
「だってお前今、ラムダスさん呼ぼうとしただろ」
「当たり前だろ、だって焼き芋食いたくなったんだし」
「駄目だって!ラムダスさん呼んでそんな事言ったら、あっという間に他のメイドさんとか呼んで中庭じゅうの落ち葉集めて大量の焼き芋作り始めちゃうだろ!あの人めちゃくちゃ有能なんだから!」
「はあ?!そのために呼ぶんだろーが、何がダメなんだよ!」


訳が分からなそうなルークに、俺はこれ見よがしに自分を指さしてみせた。


「俺!俺がいるだろ!」
「……は?もしかして、ルークが焼き芋作んのか?」
「もしかしても何も、それこそ俺の仕事だろ!俺が誰の使用人だたか思い出せっつーの!」
「えー?」


せっかく俺が焼き芋作ってやるって名乗りをあげているのに、何故だかルークは不満顔だ。
訳分かんねえ!何が不服だ!


「別にそんなのどーだっていいじゃん、焼くのは他の奴に任せといて、ルークは俺と一緒に焼き芋食ってりゃいーんだよ」
「お前なあ……」


ああ、肝心の俺のご主人様もこんな事言ってるし。この王族本当におかしい色々。
とにかく俺は焼き芋づくりを他に譲る気はない。その意志の元に箒を力強く持ち直し、とにかく早く落ち葉を集めきってしまう事にした。もたもたしていたらマジでルークが待ちくたびれて他の人呼んじゃうもんな。


「いいから待ってろよ、すぐにこの辺り掃ききって焼き芋作ってやるからさ。何ならお前も落ち葉集めするか?」
「はあ?何で俺が!」
「ルークさ、いちいち俺にもお前と一緒の事させるだろ?つまり俺だってお前に自分と一緒の事させる権利はあるはずだ!そうだろ!」
「何っ?!」
「な、嫌だろ?分かったら大人しく部屋で待ってな、今日は冷えるし。すぐに俺が焼き芋持っていってやるからさ」
「む……」


ルークはむくれたまま押し黙った。ふう、これで少しは俺に自分と同じ事させるのに疑問を持ってくれたらいいんだけど。ルークは命令されたり押し付けられたりする事を滅茶苦茶嫌うから、今日の所はこれで帰ってくれるはずだ。俺は自分の仕事に集中しよう。俺だって早く焼き芋食いたいし。
俺が落ち葉の山をさらに大きくする作業に没頭していると、予想通り近くにいた気配が遠ざかっていく足音を耳に拾う。後でぶつぶつ文句言われるかもなあ、慣れてるからいいけど。しばらく俺の周りには落ち葉の乾いた音だけが響く時間が過ぎ去っていった。
……何だか急に寒くなってきた気がする。確かに気候は少し前の日々と比べると一気に冬めいて来てるけど。不思議だな、ルークが来る前もルークが来ていた時も今も、気温はそう変わらないはずなのに。今が一番寒く感じるなんて。
そうして幾何かも経たない頃、俺の耳は再び足音を拾い上げた。他の使用人か誰かかなって思ったけど、あれ、この足音、この気配はまさか……。急いで振り返れば、すぐ目の前に箒の先が突きつけられていた。


「うわっ?!る、ルーク?」
「おいルーク、どこからどこまで掃きゃいいんだよ、早く教えろ!んで、さっさと終わらせて焼き芋食うぞ!」
「え……。ほ、本当にやる気なのか?」
「ああ?!お前がやれっつっただろ!」


ぎろりと睨まれて、慌てて中庭の一角を教えれば、ルークは不機嫌そうな顔のままそれでもぎこちない手つきで箒を動かし始めた。俺は思わずあっけにとられる。いやだって、マジで驚いたんだ。今ルークがいなくなったのは帰ったんじゃなくて、わざわざ箒を探してきたからなんだ。俺と一緒に落ち葉を掃くために。……何でだ?俺のさっきの発言の何かが、ルークの負けん気に火をつけてしまったのか?ルークはすげえ面倒くさがりだけど、それ以上に負けず嫌いだから。
俺がしばらく動きを止めてルークを見ていると、視線に気づいて顔を向けてきた。目が合ったとたん、ただでさえ不機嫌そうだった表情が露骨にムッとしかめられる。


「何笑ってんだよ!」
「え、俺?」
「他に誰がいるんだよっ!」


自分の頬を触ってみると、確かに口がにまにまと吊り上がっている。無意識に笑顔になっていたみたいだ。ま、そりゃそうか。今俺、なんだか嬉しい気分なんだ。
ルークとは対照的に上機嫌な俺の箒捌きは、今までよりも心持ちキレが良い。箒を握る事さえ慣れていない、もしかしたら初めてなルークと比べればその動きは雲泥の差だ。それがまたルークの神経を逆なでしている様子で、俺はおかしくて仕方がない。くすくす笑っていると、ルークはひどく乱暴に箒を振り回してヤケクソ気味に落ち葉を散らし始めた。おーおー、イラついてるイラついてる。
……それでもルークは、頑なに帰ろうとはしない。どんなに俺が笑っても、どんなにムカついても、箒を手放すことなく俺と一緒に落ち葉を掃こうとしている。こんなの、本来王子様がやる事じゃないのに。


「なあルーク、本当に何で来たんだよ。嫌なら帰って待っとけって言ったろ?」
「……。別に、」


むすりとふくれっ面で、ルークはちらりと俺を見た。


「確かにこんな仕事、面倒くせえしウゼえし寒いし何で俺がこんな事をって思うけど、でも……お前が、ルークがやるっつーなら俺もやる」
「ルーク……」
「だから一人でこんなのやんなよ。まず俺に言え。やるかやらないかは俺が決める」
「ええっ、そんな横暴な」
「うるせー!俺がするって言ったら俺もする!俺がしないって言ったらお前もしない!これでいいだろ!」
「い、良い訳あるかっ!つーか使用人の仕事はお前までしなくていいんだよ!何で何もかも一緒にする前提なんだよ!」
「俺が良いっつったら良いんだよ!それとも、俺の言う事が聞けないってのかルーク!」


腕を組んでふんぞり返るルーク。こ、こいつ……!やっぱり根本的にワガママ王子なんだよなーこういう時は!こうなったら何言っても聞かないし!俺はもうがっくりと肩を下げて項垂れる事しか出来ない。


「……んで、この落ち葉掃きはルーク様的にはアリって訳か?」
「まあ今回のこれは、お前がどうしてもやるって言うから仕方ねえな」


あ、その辺は尊重してくれるんだ。それならまあ、いいか……。いや、いいのか?
自問自答する俺は余所に、何故か機嫌を戻したルークがざかざかと適当に落ち葉を散らす。ああでも、さっきよりは様になっているかも。ルークもこの短時間で落ち葉掃きに慣れてきたようだ。王子が落ち葉掃きなんかに慣れていいのかはこの際横に置いておく。俺も動きは鈍いながら、手の動きを再開させた。落ち葉はもう少しで掃ききれる。
芋を厨房から何個貰ってこようか考えている俺の耳にその時、ルークの声が転がり込んできた。


「……俺、こうやって掃除すんの初めてなんだけど」
「ああ、ま、そりゃそうだよな」
「お前はしたことあんのか?」
「そりゃなー。この時期どこも落ち葉まみれだし、地味に稼げるんだよ、焚き火も出来るし」


昔を思い出しながら答えると、そうか、と呟いて少し黙るルーク。まるで何か言うのを少し躊躇っているような間だった。顔を上げると、こっちを見ていたらしいルークがさっと顔をそむける。疑問の声を上げる前に、向こうが先に口を開いた。


「母上が、良かったですねって」
「え?」
「この間言ったんだ、俺に。ルークがこの城に来てから、俺は色んな事経験してきたし、よく笑うようになったし、毎日すごく楽しそうだから、良かったですねってさ」
「シュザンヌ様が……」
「俺もその、俺自身がそもそもお前の事連れてきたんだけど、まあルークがいて良かったなって思うし。こんな事うぜえしお前いなきゃ絶対しなかっただろうけど、まあ、出来ねえよりは経験ある方が良いだろ。このきっかけもルークがくれたんだ、俺に」


いきなりそんな事暴露された俺は動揺して箒を取り落しそうになった。俺のいない所でルークとシュザンヌ様の話題になっていたなんて。しかもそんな事を。色んなことを経験出来たのは多分、ルークよりも俺の方が多いはずなのに。ルークに無理矢理ここに連れてこられて、一番幸せになったのは、きっと俺の方なのに。
驚きで何も言えない俺が立ち尽くしていると、ちらっと俺の方を見てきたルークが、ぱくぱくと口を開ける。何かを言おうとしているようだ。


「だから、その……あ……」
「あ?」
「……なんでもねえ!おら、もうこれでいいんじゃねーの?!早く芋焼こうぜ!腹減ってきた!寒い!」


とうとう身体ごと俺に背を向けてしまったルークは、箒を持ったままずかずかと歩き始めてしまった。結局ルークは途中で言葉を止めてしまったけど、でも俺にはその続きが、何となくわかってしまった。
だって俺も今、ルークと同じ言葉をルークに送りたいと思ったんだ。


「……おい、待てってルーク!お前箒持っていったら俺がお前に落ち葉掃きさせたのバレて怒られるだろ!」
「へっ、ルークを怒る奴は俺が怒ってやるから心配すんな!」
「いやそういう問題じゃねえし!」


焔色の背中を慌てて追いかけると、振り返った顔は満面の笑みで俺を迎えてくれる。

なあルーク、お前はきっと知らないだろうけど。最初は無理矢理連れてこられて始まったこの使用人生活が、今の俺にとってこの上ない温かな居場所になっている事。ルークが俺をルークと呼んで、俺に自分と同じことをさせようとして、俺を隣に並ばせてくれる事。
俺はその全てに、ルークが言おうとした言葉を何倍にもしてお前に送りたいって、思っているんだ。




13/12/14