鬼は沢山、福は無し!仁義なき豆まき合戦
俺がこの城に召使いとしてやってきてから、色んな事を学んできた訳だが。今日も俺は新たな事を覚えた。
基本的にお祭りごとが大好きな俺のご主人様ルークにも、知らない行事があると言う事だ。
「はあ?セツブン?マメマキ?何だそれ」
「本当に知らないのか?俺が住んでた町では皆やってたんだけどなあ」
もうすぐ節分の日なので、俺はルークに豆まきの事を何となく話したのだけど、やっぱりルークは節分を一切知らないようで首をひねっている。今までルークが知っていて俺が知らない事ばかりだったから少し嬉しい。
一方ルークの方は俺に教えて貰う立場になって逆に面白くない、かと思えば、興味津々といった瞳で俺に迫ってきた。
「マジで!なあそのセツブンって何するんだ?教えろよ!」
「もしかして、豆まきがしたいのか?」
「ルークはやってたんだろ?なら俺が知らないのは不公平だろ!」
一体何が不公平なのかは分からないけど、ルークと豆まきが出来るのは正直嬉しい事だ。偉そうな態度ながらもきちんと説明を聞く体勢になったルークに、俺は嬉々として話した。
「簡単に言うとな、その名の通り豆をまくんだ、鬼に向かって」
「鬼?!何だ鬼って、どういう意味だ?」
「誰か鬼役を決めるんだよ。鬼を災厄に見立てて、鬼は外―って豆を投げて追い出すんだ。もっと細かいルールとか謂われとかあると思うんだけど、俺も詳しい事は知らないんだよな」
「はーん」
さすがに、俺は豆を投げる側ではなくてひたすら拾って数日分の食糧ゲットに勤しんでいたなんて言えない。あの頃は節約のために、色んな家の豆まきに紛れ込んで豆を拾ったもんだ。ルークに言うとまた変な同情をされて変な慰め方をされたりするからな、黙っておかないと。
ルークは簡単な俺の説明に、うんうんと頷いて納得したようだった。
「つまり鬼に豆を投げればいいんだろ?楽勝じゃねーか!んで、投げるのは豆だけなのか?」
「うん?そうだな……家庭によっては子どもが喜ぶように一緒にお菓子を投げたり、小銭を混ぜたりしている所もあったな」
「何だ、意外と自由なんだなその辺」
言えない、小銭が混ざっている豆まきに俺は当時命を掛けてたなんて、口が裂けても言えない。昔を思い出して遠い目をした俺には気付かず、ルークはよしっと何やら張り切って歩き始めた。慌てて俺は後を追う。
「ちょっルーク、どこ行くんだよ!」
「豆を用意させておくんだよ、ついでに菓子とか色々。せっかくの初豆まきなんだから、どーんと派手にやんないとな!」
「いや、派手にやるような行事じゃないから!ルーク、聞いてんのか?!」
俺の声を聞かずにルークはずんずんと廊下を歩いて行ってしまった。あーあ、あの張り切りよう、なんかとんでもない節分になってしまいそうな気がする。何せこの城の住人、主従関係なく全員ルークに甘いんだもんなあ。ああ、お願いだからルーク、やりすぎないでくれよ……?
「おーガイ!ちょうどいい所に!豆用意してくれよ豆!」
「何だルーク、また何か変ないたずらでも思いついたのか?」
「そんなんじゃねーよ、ルークから聞いた豆まきをするんだ!」
「ヒヨに?なるほど、ヒヨの故郷でやってた行事か。豆まきねえ……一体何をするんだ?」
「鬼に豆をまくんだってさ。後豆以外にも菓子やらお金やら色々投げまくるんだとよ。どうせだから色々準備してくれよ」
「おいおい、色々って一言で言ってもなあ。何でもいいのか?」
「おう、何でも何でも!その方が面白そうだろ?後鬼役も適当に決めておいてくれよ、兄上とか兄上とか兄上とか」
「ははは、まあ確かに鬼と言えばアッシュが一番合っているかもな。見かけたらそれとなく伝えておいてやるよ」
「お、俺が推薦したとか言うなよ!」
「はいはい、分かってるよ」
「ああ、いたかアッシュ、今ちょっといいか?」
「……ガイか、何だ」
「今度ルークとヒヨが豆まきをやるそうなんだが、お前も参加しないかと思ってな」
「豆まきだと?何だそれは」
「さあなあ、ルークが言うには、豆やお菓子やお金やその他色々何でもまく行事らしい。アッシュにはその中の鬼役をやってもらいたいんだが」
「鬼……ふん、大方あの屑弟が俺を抜擢しやがったんだろう。上等だ」
「今からやる気満々だなアッシュ。ああそれと、他にも参加出来そうな奴がいたら声をかけてくれよ、こういうのは大勢の方が楽しいだろう」
「仕方ねえな……」
「後、豆と一緒に投げるもの、何か良さそうなものがあれば持ってきてくれると助かる」
「……おい、その何かとは、何でもいいんだな?」
「ああ。……ただし、命を脅かさないもので頼むな」
「当たり前だ屑が!」
「まあアッシュ、ごきげんよう」
「ナタリアか、久しぶりだな」
「ええ、今までずっと外国を回っていましたの。昨日帰ってきたばかりですわ」
「そうか。……しばらくこっちにいる訳か」
「そうなりますわね。まあ、何ですのアッシュ、何か企んでいるような顔をしていますわ。何かありますの?」
「別に何も企んでねえよ。屑弟と屑ヒヨがやる豆まきに、お前も参加しないか」
「豆まき?何か分かりませんが楽しそうですわね、是非参加させて下さいな!」
「ならば他に誘えそうな奴がいれば連れてこい。後豆と一緒にまけそうな物も」
「豆以外にも何かまくのですか?」
「ガイから聞いた所によると、菓子やお金やその他色々だという事だったが」
「まあ、お金もまくのですか?景気の良い行事ですわね。ではお金はわたくしにお任せなさいな。ちょうど溜まった小遣いを何に使おうか悩んでいる所でしたの」
「助かる。さて……後は鬼の投げる物、と……」
「鬼?」
「今回の豆まき、俺が鬼役だそうだ。愚弟直々のご指名だからな、精々張り切らせてもらおうか、くくく……」
「楽しそうですわねアッシュ、鬼役とはそんなに良いものなのですか?」
「さあな、詳しくは知らねえが鬼役と言うからには、他の奴らをコテンパンに伸してやりゃあいいんだろ。今回は豆以外にも投げる物を用意出来るそうだしな」
「それならわたくしも是非鬼役をやらせて下さい!ああ、豆まき、楽しみですわねえ!」
「ティア、ちょうど良い所へ!あなたも豆をまきましょう!」
「い、いきなりどうしたのナタリア?豆をまくって……?」
「ルークとヒヨルークが豆まきというものを行うそうなんですわ。わたくしもアッシュと共に鬼役で参加する予定ですから、ティアもいかが?」
「ルークとヒヨコ君が?それなら参加しないわけには行かないわね……。ところで鬼役というのはどういうものなの?」
「わたくしも詳しい事は分からないのですが、おそらく鬼役以外の人々に襲いかかれば良いのだと思いますわ、アッシュも張り切っていましたし。ティアも何か、武器になりそうな投げるものがあれば持ってきて下さいな」
「つまりルークとヒヨコ君が相手という事よね……それなら大丈夫、ちょうど二人のためにうさぎ耳を完成させた所だったの。鬼役として二人に必ず投げつけてあげるわ」
「頼もしいですわね、ではわたくしもお金の用意をしなければ」
「もしかして……お金もまくの?」
「ええ、他にも色々まくそうですわよ」
「そう……豆まきって、色々と不思議なのね……」
「あら大佐、大佐もこちらに来ていたんですね」
「おやティアですか、久しぶりですね。ルークに会いに来たんですか?」
「いえ、今日は他の用事で。ルークとは今度改めて……ああ、そうだ。大佐も今度豆まきに参加しませんか?私もナタリアから誘われたんですけど、ルークとヒヨコ君が行うみたいで」
「豆まき、ですか。確かこの国には節分の風習は無かったと思いますが、使用人のルークの発案ですか?」
「大佐は豆まきをご存じなんですか?」
「ええまあ、職業柄色んな国を回っていますからねえ。多少は知っていますよ」
「不思議な行事、ですよね豆まき。私たちはアッシュと一緒に鬼役をやる予定なんです。武器として、うさぎ耳だけじゃなくてしっぽも持ってくるべきかしら」
「……武器?」
「鬼が投げるものです、豆まきって、豆以外にも色んなものをまくんですよね?ナタリアは大量の札束を用意してましたし、さっきアッシュがニンジンやイケテナイビーフなんかを用意しているのを見ました」
「投げるんですか?」
「ええ、もちろん」
「……これはこれは、とても楽しそうな豆まきになりそうですねえ。そういう事なら私も参加させて頂きましょう、もちろん鬼役で」
「大佐も何か用意されるんですか?」
「ええ、知り合いに実家が商人の子がいるので、色々と頼んでみる事にしますよ。いやあ本当、楽しみですねえ豆まき」
ルークに豆まきの事を説明してから数日経った。今日はとうとう節分の日である。何かルークの話によると、豆まきの話は色んな所に飛び火して、色んな人たちがはるばるやってくるらしい。そんなに大きな事になるとは思っていなかったので俺は今ビビっている。ルークと後城の人たちでわーわー豆まきするもんだとばかり思っていたのに……どうしてこうなった。
朝からそわそわしている俺は今、ガイが調達した大量の豆の番をしている所だった。今のところまだ誰も来ていないけど、時間の問題だろう。具体的に誰が来るのかはまだ分からないが、何故だか俺は今朝から嫌な予感みたいなものがしていた。これが予感だけで終わればいいんだけど。
「あれえ?ルーク?ルークじゃん!」
とそこへ、唐突に声を掛けられた。とっさに俺じゃない方のルークかと思ったけど、この場には俺しかいないしその声にどこか聞き覚えがあった。振り返るとやっぱり知った顔が驚いた表情で俺の方を見ている。
「あっお前アニス!何でこんな所に?」
「それはこっちの台詞だよー!しばらく町で姿を見掛けないと思ったら見知らぬ馬車に拉致されたとか噂聞いて、心配してたんだからね!」
「あ、ああー……そういやそんな事もあったな」
この使用人生活も、ルークに半ば無理矢理馬車に乗せられたのが始まりだったんだよなあ、懐かしい。
いいや懐かしがっている場合じゃない、今はアニスだ。俺の目の前で頬を膨らませているこの黒髪お下げの少女はアニス。両親が商人をやっていて、アニス自身も昔から各国を練り歩いてバリバリ働いていた。その途中で俺も知り合ってたまに話したりしていたんだけど、少し前にどっかのお偉いさんの付き人になるとか言ってしばらく会ってなかったんだよな。
アニスはどうやらこの城の中に大きな荷物を運び入れている最中だったようだ。という事は……商人の仕事?
「色々あってここで使用人として働いてるんだよ。それよりアニスこそ付き人の仕事、首になったのか?」
「そんな訳無いでしょ、今日は顔なじみの大佐に頼まれてたものを持ってきたの、言わばボランティアって奴!まったく大佐ってば相変わらず人使い荒いんだからー」
「大佐って……お前随分偉い人と知り合いなんだな……」
「アニスちゃんの人脈侮らないでよねっ。それで、ルークは使用人だっけ?ここで何してたの?」
アニスに尋ねられて俺は本来の任務を思い出していた。楽しみではあるけど、不安要素が多すぎて気が重い。
「実はこれからここで豆まきをするんだ。人数が集まるまで俺はこの豆の番をしている所なんだけど」
「ああそっか、今日は節分だもんね。でも、豆まきって……じゃあこの荷物、その豆まきに使うものなの?」
「さあ、俺は知らないけど……その可能性は高いかな」
俺が肯定すると、アニスは露骨に顔をしかめてみせた。な、何だよその表情は、まるで信じられないものを見るかのような目で自分が運び入れた荷物の方を見ているし……アニスは豆まきの事を知っているはずだろ?
「な、なあアニス、その荷物の中身、何なんだよ……」
「ええーっ言っても良いの?多分言ったら豆まきから今すぐ逃げ出したくなると思うけど」
「い、一体何が入ってるんだよ?!」
「おーいルーク待たせたな!って何だよ、まだ誰も来てねえのかよ」
顔を青ざめさせる俺の背後から呑気にルークがやってきた。俺とルークを見比べてアニスが驚いているようだが、今の俺はそれに気にかけてやる余裕が無い。慌ててルークに掴みかかった。
「おっおいルーク!お前豆まきの話どこまで誰に広げたんだよ!正しく伝わってるんだろうな?!」
「な、何だよいきなり。参加者は俺も知らない間に増えてったから良く知らねえぞ。準備とかその他もろもろもガイに任せたし」
「うわー使えねえ!」
「何だと?!ご主人様に向かって使えねえとは何だ!」
思わずルークと下らない言い争いに発展する一歩前で、それは止められた。図ったかのように揃って俺達に近づいてくる人々によって。
「やあルーク、ヒヨ、待たせたな。豆まきの準備中にちょうど皆と合流してな、今すぐにでも始められるぞー」
まずはガイ。大量のお菓子を持ってこちらへと向かってくる。豆よりも多いその量に少し驚いたが、まあそれはいい。ルークも豆よりお菓子の方を喜ぶだろうから。問題はそのガイの後だ。
「よお、愚弟に屑ヒヨ。お前ら揃って覚悟は出来ているんだろうな?」
何故かやる気満々な様子のアッシュ様がその手に俺とルークが大嫌いなニンジンを持って迫ってくる。他にも好き嫌いの多いルークの苦手なものがこれでもかとつまっている様子の袋を意気揚々と持っていらっしゃる。そういやルークが鬼役は兄上しかいねえ!って言ってたからアッシュ様は参加されるだろうとは思っていたけど、何このオーラ。大人しく豆をぶつけられる様子じゃまったくないんですけど。むしろこっちに襲いかかってきそうなんですけど!
「とうとうこの日がやってきましたわね!わたくし、今から胸がドキドキしていますわ!」
その隣にはこれまた張り切った様子のナタリア様が鞄を片手に歩いてくる。いや、ちょっと待てよ。あの鞄良く見たら札束が見え隠れしているような気がする。何で?豆まきに何であんな金が必要なんだ?まさか、まく気か?あれを?一体どうして?!
「私もよ。ルークとヒヨコ君に何を着せてあげようか考えていたら、いつの間にか夜が明けてしまっていたぐらいよ」
そのまた隣には大量のファンシーな何かを背負ったティアさんが恍惚とした表情を浮かべている。あっあの顔はやばい。しかも何か不吉な事を言っている。何でただの豆まきにあんな可愛らしい衣装やアクセサリーが必要なんだ?この人たちは豆まきを何か勘違いしているんじゃないか?
「アニス、ご苦労様でした。私の頼んでいたものを時間通り届けてもらったようですね。さあこれでより一層豆まきが盛り上がりますよー」
最後はジェイド先生。ってアニスにあの荷物頼んだのあの人かよ!ていうことは大佐ってジェイド先生の事か?そんな偉い人だったなんて……いや、ここにはさらに偉い王子やお姫様がごろごろいるんだけどさ。ジェイド先生が頼んだ荷物……あ、あの中身を見るのが、さらに怖くなってきた。
どこかおどろおどろしい雰囲気を纏った人たちがこちらへ近づいてくる。俺は思わず後ずさって、固まるルークへ問いかけていた。
「ルーク……さっきと同じ質問するけど、お前、誰にどうやって豆まきの事伝えたんだよ……」
「お、俺が知りたいぐらいだっつーの……!」
とっさに俺たちはそばにあった豆を手に取った。しかしそれを見た鬼達は嬉々として自分たちの獲物を手に取る。俺とルークの背筋が同時に凍った音を聞いた気がした。
駄目だ、この鬼、豆なんかじゃ絶対追い返せねえよ!
「なーんかやばい雰囲気だしー、私はそろそろ帰ろーっと」
「あっアニス薄情者!」
「よっ余所見すんなルーク、来るぞ!」
そそくさと退散するアニスを追おうとした俺だったが、ルークに引っ張られた。視線を正面に戻すと、にやりと笑う複数の恐ろしい瞳と目が合う。俺とルークは抱き合って、応戦する事も忘れて悲鳴を上げるしかなかった。
「「覚悟しろ!」」
「「ひいいいい!!」」
その後の事は、よく覚えていない。ただ我武者羅に豆を投げた事と、その倍以上の仕返しをされた事をおぼろげに思い出せるかもしれないレベルだ。豆とニンジンと札束と耳としっぽとその他いろいろな何かにまみれて地面に倒れた状態で、俺とルークの節分は終わった。
……豆まきって、こんなのだったっけ……?
12/02/04
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