サンタクロースは実在した!
「あー、そういや今年のサンタはどんなプレゼントを持ってきてくれるんだろうなー」
「……え?」
頭が痛くなる勉強の時間の後、伸びをしながらそうやって何気なく言ったルークに、俺は数秒後思わず動きを止めていた。固まるまで時間が掛かったのは、ルークの言葉を頭の中で噛み砕く時間があったからだった。まさかという思いが渦巻く中、俺はぎこちなくルークへと尋ねていた。
「さ……サンタ?」
「おお、もうすぐクリスマスだろ?お前まさかサンタの事知らない訳ないよな」
「えっと、サンタクロースの事だよな?」
「サンタと言えばそれしかねーだろ!」
知らないかと思ったと笑うルークに、とっさに何も言えずに俺は口を開け閉めするだけだった。サンタクロースは知ってる。知ってるけど……多分ルークのサンタクロースと、俺のサンタクロースの知識は、微妙に違っていると思う。
自分がどう発言するのがベストなのか俺が必死に考えている間も、ルークは呑気に笑いながらお菓子を食べている。ああ、晩飯前なんだからお菓子の食い過ぎは駄目だと止めないといけないのに、俺の頭の中は今それどころじゃない。
「毎年サンタの野郎の顔を拝もうと夜更かし頑張るんだけど、いつの間にか眠ってるんだよなー。兄上やガイも見た事無いって言ってるし、サンタって結構出来る奴だよな」
「あー、えっとー」
「本当に真っ白髭と赤い服来たじいさんなのかな。大人になって持ってきて貰えなくなる前に一度くらい見ておきたいよな!」
俺の顔を楽しそうにのぞきこんでくるルーク。冷や汗をかきまくった俺は、しばしの沈黙の後、何とか声を絞り出す事に成功した。
「……あ、ああ!そうだな!サンタが来るの、楽しみだな!」
「おお!今年こそこの目でサンタの奴を見てやるぜ!」
ルークは俺の様子に気づいていない。上手く嘘がつけない俺の渾身の演技は、どうやら成功したようだった。ああ、よかった。
ルークはどうやらサンタクロースを信じているらしい。とても夢のある話だけど、いくらなんでもずっと信じ続けるのは無理があると思う、さすがに。大きくなったら夜ふとその正体を見てしまったり、周りから正体について聞いてしまったりする確率が上がると思うんだけど。それなのに今までの長い年月どうしてルークはサンタクロースを信じ続ける事が出来たのだろうか。
そんな俺の疑問はすぐに解消された。ルークとサンタについて会話した後、すぐに呼び出されたからだ。
謎の会議に。
「ふむ、皆揃ったな。それでは今年の会議を始める」
「あのすみません、その前にちょっと良いですか」
「何だねヒヨ君」
俺が恐る恐る手を上げると、どうやら進行役であるらしい王様がこちらに振り向いてきた。ちなみに普段立ち入らないような奥まった部屋で行われているこの謎の会議に参加しているのは、王様、奥方様、アッシュ様、ガイ、そして俺である。ここにガイがいてくれなかったら多分俺は恐れ多すぎて震えて言葉も出なかったに違いない。
会議の進行を邪魔したせいでアッシュ様が俺を睨んでいる。怒られる前に俺は急いで声を上げた。
「えっと、これ何の会議なんですか。俺何も知らずにただ呼ばれただけなんですけど」
「ああ、すまない説明していなかったな。これは毎年クリスマス前に行われる極秘の会議なんだよ」
「ごっ極秘?」
ガイが説明してくれたが、極秘と言う言葉が何だか怖い。俺が縮こまっていると、そうだ、と王様が力強く頷いた。
「この会議は極秘でなければならない。何故なら……」
「な、何故なら?」
「ルークへのサンタクロース大作戦の会議だからだ!故にこの会議は他者に、特にルークにだけは知られてはならない極秘会議なのだ」
「……ああ、なるほど……」
俺の疑問が解消された瞬間だった。つまりは、ここにいるメンバーの毎年の頑張りによってルークのサンタクロースへの純粋な信頼が築かれているという訳か。
ルーク……愛されているなあ。
俺が納得した所で、会議は再開した。今までにこにこと俺たちの様子を見ていたシュザンヌ様が、まずはアッシュ様を見て言った。
「それでは、実際にプレゼントを届ける役は今年もアッシュで良いかしら」
「うむ、異論は無いな。今年もよろしく頼むぞ、アッシュ」
「任せて下さい」
王様にも期待の眼差しを向けられ、アッシュ様は堂々とお辞儀をしてみせた。まるでこの仕事が天職だと言わんばかりの自信にあふれた態度だった。いや、ただ寝ているルークの枕元にプレゼントを届ける役なんだけどな。
いや、考えてみればそれは一番重要な役なのかもしれない。つまりはサンタクロース役という訳だ。絶対に姿を見られてはいけないポジションだから、それだけ注意を払わなければならない難しい仕事だよな。それを当たり前のように任されるアッシュ様は、やっぱりすごいんだろう。隠密活動とか。
「さて、肝心のプレゼントだが……ガイ、今年はルークは何が欲しいと言っていたか」
「それがですね、ルーク様は今年は昨年までと比べてなかなか欲しいものを言っていないんですよ」
「ほう?珍しいな、この時期になればいつもなら欲しいものを羅列して上げていたはずだが」
ガイの報告に王様が目を丸くする。そういや確かに、さっき会話した中でもサンタに会いたいとは言っていたけど、欲しいものを具体的に話してはいなかったな。
「きっとルークは、今年はいつもと違って満たされているのですよ。今まで欲しかった一番のものを手に入れたからでしょうね」
口元に手を当てて軽く驚いていたシュザンヌ様が、柔らかく微笑みながらそう言った。今まで欲しかった、一番のもの?そんな大切なものをルークは今年手に入れていたのか。それって一体何だろう。
俺にはまったく見当がつかなかったが、俺以外の人達には分かったらしい。なるほどと頷き合った後、揃ってそっと俺の方を見てきた。……何で俺を見るんだ?!
「しかしそれでは困ったな。プレゼントが何もないというのは避けなければならないのだが……」
「屑ヒヨ、あいつの傍にいて、何か欲しがっていたものは無いか」
「えっあっはいっ?!」
アッシュ様にいきなり話しかけられてとっさに声が裏返る。アッシュ様と会話する時はとにかく緊張する……いつ弄られるか分かったもんじゃないからな。
あっそうか、俺がここに呼ばれたのはこのためか。確かに今ルークの傍に一番居るのは間違いなく、あいつの使用人である俺だ。何せ一緒の部屋で寝ているんだから、ルークと一緒にいる時間だけは誰にも負けないだろう。ああこんな事になると分かっていたら、あのサンタの会話の時それとなくルークに聞いていたのに。
一斉に集まる視線を一身に受けながら、俺は一生懸命考えた。ルークが欲しがっていたもの、ルークが欲しがっていたもの……!
「えーっとえーっと……も、もうすぐ日記帳を使い切るとは言ってましたけど」
「おおなるほど、日記帳か……」
「あの子は昔から日記だけは欠かさないですからね」
「それなら今町の方に来ている商人が良いものを持っていたはずです、さっそく使いを出しましょうか」
「頼めるかガイ、ついでに役立ちそうな文房具もあればセットで渡したい所だな」
俺の発言で会議が上手い方向に進んだようだ。よ、よかったー。これで俺がこの会議に呼ばれた意味もあったって事だな。
自分の役目を果たして俺がホッと息をついていると、ちらりとアッシュ様が俺の方を見てきた。そのどことなく意味ありげな視線が気になる。別に俺に目配せをした訳でも、気を抜く俺を咎めた訳でもなさそうだった。あえて言うならそう、様子を窺っていると言うか。
俺が訳を聞こうと口を開く、前にアッシュ様が先に言った。
「屑ヒヨ、お前が日記帳買ってこい」
「へっ?!」
いきなり指名されて驚いていると、アッシュ様の発言に同じく驚いていた周りの人たちも、アッシュ様が視線を向ければ何か納得したように頷き、次々と同意してくる。
「そうだな、貴重な意見も貰った事だしヒヨ、行ってきてくれないかい?」
「あなたならルークが好きそうな装丁を選べるでしょう。お願いね」
「頼んだぞ」
「は、はい、行ってきます」
何か違和感があるが、この面子に頼まれて拒否出来るような身分では無い。慌てて席を立ってさっそく出かけようとするが、再びアッシュ様に声を掛けられて足を止める。
「待て。その前に一つだけ答えていけ」
「え、なっ何ですか?」
「……もしお前だったら、サンタに何を頼むんだ」
「ああ、同年代のヒヨが欲しいプレゼントか!それならルークのプレゼントの参考にもなるからな」
「うむ、参考までに聞いておこうか、参考までにな」
「ええそうですね、参考にね」
またもや口々に問い詰められる。い、一体何なんだ?やっぱり何か皆の様子が変だ。おかしく思いながら、俺は答えを言うべく考えた。と言っても、いきなり欲しいものなんて言われてもな……。
「お、俺クリスマスプレゼントなんて今まで貰った事無いですし、ここで使用人として働かせて貰っている今が十分幸せなんで、すぐには思いつかないんですけど……」
「「………」」
「えっなっ何で皆で黙るんですか!」
妙な沈黙に包まれて俺がいたたまれなくなる。何、俺何か悪い事言ったのか?!この気まずそうな空気を何とか払うべく、俺は何とか欲しいものを頭の中から絞り出した。
「えーっと、えーっと……ま、前にルークと一緒に食べた外国のお菓子が美味しくて、もう一度食べたいなあ、とか思ってはいますけど……」
「外国の菓子……ガイ、心当たりはあるか」
「ええあります、前にティアが土産で持ってきてくれた菓子の事でしょう」
「よかった、それなら安心ですね」
「あの、何が安心なんですか?」
俺が尋ねたら、全員にそっと目線を外された。何なんだよ?!困惑している間にアッシュ様からしっしっと手を払われてしまった。さっさと行って来いという事だ。
「参考になった。早く使いに行って来い」
「わ、分かりました。それでは失礼します」
「ルーク、ありがとう」
最後に奥方様に微笑まれて、俺は会議室から外に出た。扉を閉める直前、中からの声が微かに届いてきた気もするが、俺は正確に聞き取る事は出来なかった。
「それではその菓子をすぐに……」
「今すぐ手配して……」
「次の日の説明は……」
うーん、まだ何か会議する内容でもあるのかな。まあ俺の今の使命は日記帳を買ってくる事だ。早くしなければ。
それにしても、クリスマス、か……。今までの俺なら、町が少しだけ明るいただの寒い日ってだけだったけど、今年から違うんだ。ルークや他のお城の人たちと一緒に、温かなクリスマスを迎える事が、出来るんだ。
俺、こんなにクリスマスという日が楽しみだった事って、今までにないかもしれないな。
そうしてやってきたクリスマス・イブは、予想以上に楽しいものになった。城中がクリスマスカラーに染まり、飾り付けされたでっかいモミの木が中庭に立ち、チキンやケーキや豪華な料理がずらりと並び、それらを俺はルークと一緒に全力で楽しんだ。いや、使用人である俺がご主人様と一緒に楽しむって言うのはどうかと思うけど、ルークが俺を引っ張り回すからいけないんだ。そう言いながらいつもいつも便乗させて貰っている俺もいけないんだけどさ。
そうやって楽しんだ後、俺たちはすぐに部屋に帰り眠った。一緒の部屋で寝ている俺はルークが寝るなら一緒に寝なければならない。まあ、夜の大切な使命はアッシュ様が担ってくれるんだから、俺は安心して寝ていられるけどな。
「今年こそサンタを捕まえてやる」とか息まいていたくせにあっさりと眠っているルークの寝顔を見ながら、俺もうとうとと眠りの世界へ落ちていく。サンタクロースの話をするルークはまったく疑っていない純粋な笑顔を浮かべていた。俺には物心がつく前からサンタなんていなかったけど、ルークの心の中にはずっと、赤い服を着た白いひげのサンタクロースが住んでいるのだ。
それが少しだけ、羨ましく思った。
しかしそんな思いは、翌日の朝全部吹き飛んだ。
俺の枕元にあった物が原因だった。
「おいルーク起きろよ!サンタからプレゼントが届いてるぜ!二人分!」
「ふあー……そうかよかったなー……って、二人分?」
珍しく早起きしたルークに起こされた俺は、しばらくまどろんでから飛び起きた。辺りを見回せば、部屋の中にはルークの枕元、そして俺の枕元と合計二つの小包が確かにある。さっそくバリバリと包装を破いて新しい日記帳だーと歓声を上げるルークの手にあるものは、この間俺が買ってきた……ものではない。あれっ?
「今使っているのがそろそろ無くなるんだよなーって思ってた所なんだよ、やっぱサンタってすげーな!ルークのは何だ?」
「え?あ、でも、何で俺の所に?」
「はあ?サンタなんだから子ども全部に配ってるに決まってんじゃん。それより早くお前も開けろって!」
痺れを切らしたルークが俺の所にあった包みもバリバリ剥がして中からプレゼントを取り出す。それは、俺がこの間極秘会議の時に話したお菓子だった。いやそれだけではない他のお菓子もゴロゴロと出てくる。ここにきて初めて食べさせてもらったクッキーとか、ルークとこっそりつまみ食いした事があるチョコとか、シュザンヌ様に頂いた事のある飴とか、今まで見た事のないようなお菓子の数々とかが沢山詰まっていた。
こ、これは一体、どうなってるんだ?
「おはようルーク、ヒヨ。どうやら今年もちゃんとサンタクロースが来たようだな」
「おおっガイ!ちゃんと来たぞ!また姿見れなかったけどな」
ひょっこり顔を覗かせてきたガイにどうだ良いだろーとプレゼントを見せつけるルーク。いくら見ても、ルークが持っている日記帳は俺が買ってきたものとは違う。おまけにインクと羽根ペンもついているようだ。もちろん俺は買ってない。
兄上に自慢してくると部屋を飛び出していったルークを見送って近寄ってきたガイに、俺は詰め寄っていた。
「ガイ、変だぞ!ルークが持ってた日記帳は俺の買ったものじゃないし、何でか俺にもプレゼントが届いてるんだ!」
「ヒヨ……実はお前に黙っていた事があるんだ」
「へ?」
ガイは真剣な表情で俺の肩をつかみ、意を決してこう言った。
「お前が前に住んでいた国にはいなかったのかもしれないが……この国には、サンタクロースが本当にいるんだ」
「え、ええっ?!」
「お前がそれを知らないようだったんで、驚かせてやろうと思ってこの間偽の会議を行ったんだ」
「そ、それじゃあアッシュ様がプレゼントを届ける役とか話していたのは?」
「あれも嘘だ。サンタクロースはきちんとお前の事もお見通しでプレゼントを持ってきてくれていたようだな。よかったよ」
にっこりと笑うガイに俺は何も言う事が出来ない。さ、サンタクロースが本当にいた?そんな、まさか。
俺が驚いて言葉も出ないでいると、部屋の外にルークとアッシュ様がやってきた。日記帳を自慢するルークを軽くあしらうアッシュ様に、俺は慌てて駆け寄る。
「あっあのっアッシュ様!このプレゼント……!」
「ああ何だ、サンタの奴はお前の事も忘れて無かったようだな」
「こ、これ、アッシュ様が置いたんじゃ……」
「この間の嘘も見抜けねえのか屑ヒヨ。俺が部屋に忍び込んでプレゼントを置いて去るなんて芸当する訳ねえだろうが」
アッシュ様に言われてちょっと納得する。確かに一国の王子が弟のためとはいえ部屋にそっと忍び込むなんて、あんまりしないよな?しかも使用人のプレゼントまで持ってくるなんて。
え、じゃあ、これは本当に、本物のサンタクロースが持ってきたプレゼントって事か?
「まあルーク、二人ともサンタクロースからプレゼントを貰えたのね。よかったわ」
「ヒヨ君も驚いているようだな、我々が騙した甲斐があったというものだ」
「おっ王様、奥様!」
ルークの様子を見に来たのか、王様とシュザンヌ様がにこにこと笑っている。そんな、俺、皆から騙されていたのか?サンタクロースがいない振りをして、俺を驚かせるために……。
な、何か頭こんがらがってきたぞ。
「んだよルーク、まさかサンタがいないなんて思ってたのか?俺があれだけいるって言ってただろー!」
「今まで貰っていなかった分、成人するまでせいぜいサンタクロースからプレゼントをせしめるんだな」
ルークやアッシュ様にばしばしと肩を叩かれて、俺は慌ててこくこくと頷く。
そうか……この国には、本当にサンタクロースがいたんだ……それが当たり前だったんだ……。ルークの事馬鹿にして悪かったな、だって俺本当に知らなかったんだ。サンタクロースが本当にいるなんて、プレゼントを貰った事が無いから思いもしなかったんだ。
でも今年からは違う。俺を驚かせて、喜ばせようとしてくれた人たちと一緒に、いつも自分と一緒に俺の事を楽しませようとしてくれるルークと一緒にクリスマスを楽しんで、そしてサンタクロースがちゃんと俺にプレゼントを持ってきてくれる日になるんだ。
ああ……俺は、俺は何て幸せな奴なんだろう。
何故か目配せしながらガッツポーズを取っているアッシュ様達に囲まれて、俺はルークと笑い合った。お菓子もとてもうれしいけど、俺には今のこの時間が、何よりの幸福なプレゼントに感じた。
ありがとう、サンタクロース!
10/12/25
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