猫ルークがお散歩から帰ってきたら、机の上に美味しそうなお団子が乗っかっていたのでびっくりした。これはおやつだろうか。しかしおやつの時間はすでに過ぎているし、アッシュからは以前からつまみ食いはするなと言い聞かせられていた。猫ルークは恐る恐るお団子に近づいてみる。どう見たってお団子以外の何ものでもない。お皿に乗っけられている何の変哲も無いお団子だ。そしてそれ故にとても美味しそう。
猫ルークは辺りを見回した。誰もいない。お団子に手をつけた猫ルークを叱る人間は誰もいない。猫ルークはしめしめと笑った。大体、こんな所に無防備にお団子なんかを置いているほうが悪いのだ。さあ食べてくださいと言わんばかりではないか。猫ルークは舌なめずりしながら、そろそろとお団子に手を伸ばす。
「何をやっている」
「ふぎゃーっ!」
次の瞬間、背後からの声に猫ルークは飛び上がった。驚いたのもあるが、声を掛けられたと同時に尻尾も踏みつけられたのだからたまったものではない。すぐに自由になった自分の朱色の尻尾を握りながら、猫ルークは涙目で振り返った。
「何しやがんだ!尻尾がぺしゃんこになっちまうだろ!」
「つまみ食いしようとしやがった当然の報いだろうが」
喚く猫ルークを仁王立ちで見下ろすのはアッシュだった。その冷えた目に猫ルークも思わず後ずさる。
「つまみ食いするなと、俺は以前から何度も言い聞かせていたはずだがな」
「うっ……」
赤色のエプロンを身に纏っているもののアッシュの威圧感は少しも取れなかった。端っこに可愛くプリントされているニワトリのマスコットもアッシュの怒りの前には敵わない。ちなみにこのエプロンは弟のルークと色違いで、あちらは黄色のヒヨコがプリントされていたりする。そんな事今は関係ない。猫ルークは勇気を振り絞って声を上げた。
「んだよ!こんな所に美味そうなものがあるのが悪いんだ!俺は悪くぬぇー!」
「屑がっ!」
「ぎゃああーっ!」
ガコンと音が鳴り響くような拳骨が振り下ろされた。猫ルークは頭を抑えながら床を転げまわる。その姿を冷徹な目で見下ろしながらアッシュはふんと息を吐いた。
「この団子はてめえだけのもんじゃねーんだよ!少しは周りの事を考えて我慢という物を覚えやがれ!それにその調子でひょいひょい拾い食いでもしてみろ、腹痛でのた打ち回るのはお前なんだぞ!最悪死に至る可能性だってあるんだ分かっているのか、食中毒を舐めるな!」
「話ずれてきてんじゃねーか……」
オカンだ、オカンがここにいる。ガミガミ口やかましく説教してくるアッシュを見上げながら猫ルークは涙ながらに思った。こんな年でオカン気質が出てきているとは気の毒だ、と本人が聞いたら再び怒りの鉄槌が降ろされるような事も思う。
エプロンという事は、この団子は手作りらしい。わざわざ団子を作るなんて今日は何かあるのだろうか。猫ルークはなおも叱りつけてくるアッシュの様子を見ながらじりじりと移動して、そして隙を見計らって俊敏に飛び出した。目の前にあるのは出口、玄関だ。
「聞いてられるかー!あばよオカン!」
「なっ貴様待て!ってオカンとは何だオカンとは!」
アッシュが慌てて追いかけてくるが、猫の素早さに敵う訳がない。猫ルークは瞬く間に近所の路地裏へと消えていったのだった。
その後、猫ルークは適当にその辺をウロウロして、頃合を見計らって再び戻ってきた。怒りを根に持つアッシュがどうか少しでも気持ちを静めていますようにと心の中で祈りながら、そっとドアを開ける。アッシュの姿は見えなかった。その代わりに片割れのヒヨコ頭がこちらに背を向けて座っているのが見えた。どこかに出かけていたルークが帰って来たのだ。これでアッシュの怒りも少しは収まるだろうと猫ルークはほっとして、しかし音を立てないように中へと入った。ルークはどうやら気がついていないようだ。前方を熱心に見つめている様子のルークに、猫ルークは首をかしげた。
「何やってんだ?」
「はう!」
猫ルークが声をかけるとルークは大げさなほどに驚いてみせた。恐る恐る、どこか怯えた瞳で振り返ってくる。ルークの利き手は何故か前へと伸ばされていて、その行き先には、先ほど猫ルークがアッシュに起こられる原因となった問題のお団子の姿が。猫ルークは状況を察して、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべてみせた。
「みーちゃったーみーちゃったー」
「あ、いや、これはその、決してつまみ食いしようとしていた訳ではなくて、えっと」
「アッシュー!今こいつが団子を」
「わーっアッシュだけには言わないでー!」
猫ルークがわざと大声を上げればルークがしがみついてきた。怒ったアッシュの恐ろしさを誰よりも分かっているからだろう。しばらく必死なルークをからかいながら遊んでいた猫ルークは、背後に人の立つ気配を感じてはっと振り返った。
「あ、アッシュ」
「帰ってやがったのか」
ルークも気付いて声を上げればアッシュが片眉を上げながら答えた。今の言葉はルークと、猫ルークにも向けられたものなのだろう。内心猫ルークがヒヤリとしていると、アッシュが2人をじろりと見回した。
「で、てめえら一体何やってたんだ」
「ちっ違うんだアッシュ!俺つまみ食いしようとしてた訳じゃないんだ本当!」
あ、墓穴掘った。猫ルークは哀れみの目でルークを見つめる。嘘の絶対つけないその姿が可哀想だ(猫ルークも人の事は言えないが)。アッシュは深く深くため息をついてから、ルークの頭に拳を振り下ろした。
「てめえも!何度言えば分かるんだ!」
「いでっ!」
「やーい怒られてやんのー」
「人の事言えたもんじゃねえだろうが!」
「あいだ!」
猫ルークは余計な一言で本日二回目の拳骨を頂いた。2人で震える姿を見てようやくアッシュが満足そうに笑ってみせた。くそっむかつく、猫ルークはぐわんぐわんと揺れる頭を押さえながら悔しがる。そこで猫ルークは、ルークの手に何か持たれている事に気がついた。草のようだったが、先のほうがふさふさしていて気持ちの良さそうな植物だ。
「何だそれ?」
「いてて……あ、これ?ススキだよ」
ルークが頭を撫でながらそのススキを掲げてみせた。団子に、ススキ。今日が何の日かいよいよ気になり始めた猫ルークが首を傾げていると、ルークが笑いながら窓を開け放った。暗くなり始めた空の、地平線に近いその向こうに、星よりもひときわ眩しいそれが浮かんでいる。
「今日は十五夜だろ?だから団子にススキ!」
「じゅうごや?」
「中秋の名月といって、団子やススキを供えていわゆる月見をする日だ」
ちゅうしゅうのめいげつなんて言われても猫ルークには理解できなかったが、今日がススキを飾って団子を食べながら月を見る日だという事だけはわかった。へえと頷いて猫ルークは改めて月を見てみる。黄色くて丸いお月様がこの目に綺麗に映る。これからどんどんと空に昇っていって、夜中には頭上で美しく輝くのだろう。確かに眺めるには今日のお月様は綺麗だった。
だがしかし、猫ルークの視線は自然と背後に移る。
「でも俺は月見るより団子食いたい」
その正直な言葉に、ルークとアッシュは顔を見合わせて、同時に笑った。
猫ルークなら絶対にこう言うだろうと思って、団子をわざわざ作ってやったのだ。本望という奴だろう。お月様には悪いが、今日のファブレ家での主役は空の上より皿の上、のようだった。
猫と双子と月より団子
06/10/06
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