それは、猫ルークがファブレ家の双子の家に飼われる事になった日の夕方の事だった。


「お前、実は汚れてたりするな」


ふいに傍に寄ってきたルークがそんな事を言うので、猫ルークはピンとしっぽを立たせて振り返った。


「そうか?」
「そうだよ。雨にもぬれたし、このままじゃ駄目だよな」


猫ルークの長い髪を手に持ちながらしばらく何かを考えていたルークは、よし、と笑顔になった。立ち上がって、猫ルークの腕を取る。


「風呂に入ろう!」
「ふろ?!」
「俺が洗ってやるよ、どうせだから一緒に入ろう!」


笑顔のままズルズルと引っ張り出すルークに猫ルークがおろおろする。よく見れば頭の耳もへたりと下がっている。もしかしたら風呂に入るのは初めてなのかもしれないな、と一連の流れを見ていたアッシュは思った。うちの狭い風呂で同じ図体のあの2人がちゃんと入れるのだろうかと心配にはなったが、まあそれも何とかなるだろう。読んでいた本に視線を戻したアッシュは、ふと気になることがあった。耳はともかく、猫ルークのしっぽはどのように生えているのだろうか。やっぱり直に生えているのか。
思わず視線を上げたアッシュは諦めて自分で歩き出した猫ルークと目が合った。アッシュの視線に何かを感じたのか、不快そうに顔を歪める。


「覗くんじゃねーぞ!」
「なっばっ誰が覗くかっ!」
「そんじゃ先に風呂に入ってくるなー」


2人のルークを見送ったアッシュは、ため息をついて再び本を読み始めた。外の雨はまだ降り続いているのか、静かな水の音が部屋に響く。どうせ見ないので今はテレビもつけてはいない。壁に掛けられた時計のカチコチという音を妙に意識しながらアッシュが読み続けていると、やがて別な音が届いてきた。やけに賑やかな2人の声だった。同時にシャワーの音も聞こえてくる。


「ほらっずいぶん汚れてるだろ!」
「仕方ねーだろ、外で生きてきたんだから!」
「分かった分かった、ほらそこに座れよ、まずはその長い髪を洗おうな」


自然と風呂場から響いてくる会話に耳を傾けていたアッシュは、この家がこんなに賑やかなのは初めてではないだろうかとふと考えた。アッシュはこの通り無駄に話すタイプではない。沈黙が苦痛だと思ったことはないが、にぎやかなのも悪いものではないと思った。何より、ルークが楽しそうでよかった。


「グラデーションかかった髪も結構綺麗だなー。俺ももう一度伸ばそうかな」
「え、お前も長かったのか?」
「昔はな。うっとおしいから、切っちまったけど」


流すぞーというルークの声の後に、お湯の流れる音とぎゃっという猫ルークの声が聞こえる。こうやって聞くと本当に声まで同じだったので、アッシュは複雑な心境になった。まるで弟が2人に増えたようだ。


「お前のしっぽ……こうやって生えてんのか」


その時、アッシュが気になっていた話題になったので、思わず手に持っていた本を取り落とすところだった。ルークも密かに同じ事が気になっていたのかもしれない。そこはさすが双子、といった所か。


「ぎゃ!へっ変なところ触るなよ!」
「いいじゃんか減るもんでもないし。へー面白いなー」
「やーめーろー!」


猫ルークの声は本気で嫌がっているものではなく、どちらかと言えばくすぐったそうであった。何2人でじゃれ合ってるんだと思いながらもアッシュも気になる。落ち着け落ち着けと本を読もうとするがどうも内容が頭に入ってこない。うずうずとしていたアッシュは、いつの間にか本を置いて立ち上がっていた。

いや、断じて覗こうとかそんな事は思ってない。そう、あんまりうるさいものだから静かにしろと注意しに行くのだ。この時間ご近所さんのご迷惑になってしまうじゃないか。そうだ、そのために立ったのだ。あわよくばしっぽの構造を見れないかなーとか決して思ってたりはしないのだ。だから覗きとかそんなものでは無い!

アッシュは心の中で誰かに言い訳しながら風呂場に近づく。きゃあきゃあと戯れる声は相変わらず響いていた。すうはあと何故か深呼吸をして見せたアッシュが今まさに声を上げようとしたその時、風呂場の入り口がガラリと開いた。叫びそうになったアッシュの目の前にいたのは、剣呑な瞳でこちらを睨みつける猫ルークだった。野生の勘か何かが働いたのだろうか。ぎろりとアッシュをにらみつけたまま、猫ルークが言った。


「覗くなっつったろーがこのヘンタイ!デコ!死ね!」


パシンと入り口が閉じられる。どうしたんだ?というルークの問いかけに猫ルークがヘンタイが来たぞ隠れろ!と言っているのが聞こえる。衝撃に固まっていたアッシュがようやく我に返り、ブルブルと体を震わせた。


「のっ覗いたわけじゃぬぇー!」


叫びながらアッシュは雨の降る中外へと駆け出していった。入り口を閉めるとき踵を返した猫ルークのしっぽがちらりと見えて、あーこうやって生えてるんだなーと考えた自分をひたすら恥じながら。
結局、近くの公園の片隅で何事かをブツブツ呟いているずぶぬれのアッシュを風呂から上がったルークが迎えにいってやったという。


「気にすんなってアッシュ。お前も猫のルークと一緒に風呂に入りたかったんだろ」
「そういう訳じゃねーっ!」




   猫と双子と気になるお風呂

06/08/20