2人の主人が数日前から浮き足立っている様子を、猫ルークは疑問に思いながら眺めていた。ルークの方はあからさまにうきうきしていて、壁にかけられたカレンダーにせっせと丸とばつをつけていた。カレンダーの見方がいまいち分からない猫ルークにも、一日過ぎると1個ばつが増えていくのだけは分かった。一見普段どおりのアッシュも、何やらそわそわしているのでそれが妙におかしい。しかし2人とも何も言わないので、猫ルークは聞くに聞けない状況だった。
「それは何かの記念日ではないでしょうか」
外の散歩の途中、偶然出会った猫仲間のイオンに聞いてみたら、ふわりと優しい笑みでそうやって答えた。イオンの優しい緑色の耳もしっぽも、その笑顔を体現したようなふわふわとした気持ち良さそうな毛並みである。自分の長くて赤い髪をいじくりながら、猫ルークは首をかしげた。
「きねんび?」
「特別な日という事ですよ。きっとお2人にとって、丸のついている日はとても大事な日なのでしょう」
「けど何なんだ?アッシュの奴なんて時々キモイぐらいだぜ」
「きっとお誕生日だよー!」
いきなり現れた元気な声に猫ルークは思わず毛を逆立てていた。イオンは笑顔を崩す事も無く、声の主を見る。
「誕生日、ですか?フローリアン」
「そうだよ、誕生日ってうきうきわくわくしてすごく楽しみだもん」
イオンの兄弟のフローリアンは、イオンと同じ歳とは思えない無邪気な笑顔でえへんと胸を張った。たんじょうび、猫ルークは口の中でそっと呟く。
そういえば、以前ルークに誕生日はいつかと尋ねられた事がある。生まれた場所も知らない自分が誕生日なんて知っているわけも無くて、思わずつっけんどんに「俺に誕生日なんてねーよ」と吐き捨てていた。途端にショックを受けたような顔になったルークに、居合わせたアッシュが反射的に怒鳴ろうとしたのだが、猫ルークの顔を見た瞬間、飲み込むようにそれを止めた。よほどひどい顔をしていたんだろうなあ、と後で思って、激しく後悔した。
そういうわけで、猫ルークは「誕生日」の言葉にあまり良い思いはしなかった。
「それにアニスが言ってたもん、ルークの誕生日がもうすぐだプレゼント何にしようーって」
「ああ、シンクも言ってました。アッシュの誕生日がもうすぐだ心底面倒だって」
二人の話している内容に、猫ルークは首をかしげた。
「じゃあ結局、どっちが誕生日なんだ?」
猫ルークの言葉に、イオンとフローリアンはそっくりな顔を見合わせた後、おかしそうに声を揃えた。
「ルークだよ」
「アッシュですよ」
「へ?」
「2人とも一緒の誕生日なんですよ」
「一緒?兄弟なのに何でだ?」
戸惑いにしっぽをゆらゆら揺らすと、イオンとフローリアンは「双子ですから」「双子だもん」とやはり声を揃えて答える。ああそういえばそんな事を言っていた気もする。思えば顔はそっくりだ。
同じ顔。イオンとフローリアンも確か一緒に生まれたんだった。
「じゃあお前達も一緒の誕生日なのか」
そうやって尋ねれば、お揃いの明るい緑のしっぽをふわふわさせながら、どちらも嬉しそうに頷いた。フローリアンは輝くような満面の笑みで、イオンは花の綻ぶような優しい笑顔で。笑い方は似てないな、猫ルークはぼんやりと思う。それは顔はそっくりなはずのルークとアッシュにも言える事だった。
お前、俺にそっくりだよなあ。
脳裏に自分とそっくりな声がよぎる。拾われた日、雨に濡れた長い髪を拭きながら、しみじみと呟いたルークの言葉だった。猫ルークはこっそりと、同じ顔なら自然と誕生日が同じになるような世界だったらよかったのに、と心の中で愚痴っていた。
そうすれば自分にとっても、あの丸のついている日が素晴らしい日になるのだろうに。
とうとうその日はやってきた。ちょうど運よくその日は「ガッコウ」というものが休みだという事を昨日うとうとしながら聞いていた。しかし朝からずっと耐える事のない人の気配に、猫ルークは自分が思ったより安心してしまっていたらしい。眠い目をこすり起き上がった時間は、いつもより随分と遅かった。
「……やばっ」
起きて朝一番に言おうと思ってたのに。猫ルークは僅かに焦る。イオンに教えてもらったのだ。誕生日には「おめでとう」という言葉を言うものだと。そうすれば相手はとても嬉しくなって「ありがとう」と言ってくれるらしい。いつも世話を焼いてくれるルークにそんな顔をされたら、誕生日のない自分だって同じような気分を味わえるに違いない。ついでだからアッシュにも言ってやろう。そうやって思ってたのに。
飛び起きた猫ルークは、2人の声が隣の部屋から聞こえる事にほっとしながらドアを開けた。はっとこちらを見たルークと目が合う。アッシュもちらりとこちらを見た。ルークが何故か笑顔になる。
「やっと起きたのか!いつもこんなに寝てんのかよー」
「きょ、今日だけだっ!」
「あはは、分かってるって。それより今日が何の日か、知ってるか?」
尋ねられて、猫ルークは頷いた。そのために今起きてきたのだ。さて、と口を開いたところで、しかし猫ルークは言葉を発する事ができなかった。いきなり目の前に立ったルークが笑顔で飛びついてきたのだ。
「誕生日おめでとう!」
至近距離で言われたその言葉に頭が真っ白になる。
あれ、俺が言うはずだったのに俺が言われてるぞ?
「ん?どうした?」
「な、んでだっつーの!今日はお前らの誕生日なんだろ!」
「そうそう、そうなんだ。それで、さ、俺ちょっと考えてさ」
体を離したルークは、にっこりと笑った。限りなく優しい笑顔は、それでも優しいイオンの笑顔とは違った。もちろんアッシュのものとも違う。その笑顔はルークだけが持っている、全てを包み込むような笑顔なのだった。
「お前の誕生日も、今日にしちゃえよ」
「……は?」
「ほら、俺たちそっくり……らしいじゃん。ちょうどいいだろ?一緒に祝えて」
猫ルークが固まる。それに気付いたルークがおーいと声をかけながら目の前で手を振ってみても反応が無い。困った顔をアッシュに向ければ、先ほどから傍観していた彼はため息をつきながら傍により、猫ルークの頭を軽く叩いた。
「いで!てっめえ何すん……」
「遠慮すんな。貰っておけ」
それだけ言うとアッシュは元の場所に戻った。その後姿を、猫ルークがポカンとして見つめる。ルークが心配そうに目を合わせてきた。
「も、もしかして嫌だったか?誕生日が無いって、悲しいだろ?だから勝手に考えちゃったんだけど……」
猫ルークは勢いよく首を横に振った。違う、違うんだ。嫌なんかじゃないんだ。
こっそり願っていたものがこんなに簡単に手に入ってしまったから、驚いて、戸惑っているだけなんだ。
何も言葉が出てこないぐらい、すごくすごく嬉しかったんだ。
「おれ」
「ん?」
「たんじょうび、はじめてだ」
俯いてぐすっと鼻を鳴らす猫ルークの頭を、優しい手が撫ぜる。ルークは改めて言った。
「誕生日、おめでとう」
猫ルークは目に自然と溜まる雫を乱暴に拭った。イオン、お前の言ってた事は本当だ。誕生日に「おめでとう」なんて言われると、とても嬉しくなって言わずにはいられないのだ。
「ありがとう」
負けじと、大きな声で2人に言ってやった。
「誕生日おめでとう!」
そうすると、顔のそっくりな双子はそれぞれ異なる笑みで(そう、あのアッシュも!)笑った。
「ありがとう」
今日貰った人生初の誕生日は、ひどく暖かくて、そして嬉しい日だった。
猫ルークは今日に丸がつけてあるカレンダーを見ながら、途方にくれた。
こんなに幸せな誕生日プレゼントを、どうやって返せばいいのだろうか。
猫と双子の誕生日
06/08/03
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