「えーっルーク猫飼ったんだー」
黒い左右のおさげを揺らしながらアニスが目を丸くしてそう言った。自然とペットの話題になった時にぽつりと、この前猫を拾った事を話したのだった。しかしこの驚き方は少しばかり大げさじゃないか?とルークが思っていると、アニスがその問いに答えるように再び口を開いた。
「よくアッシュが許してくれたね」
「そうですわね、前に子犬を拾ったときは頑なに拒んでいたような気がしますわ」
頬に手を当ててナタリアも驚いているようだった。何せその子犬を拾ったとき、ルークと一緒に持って帰ったのはこの幼馴染の少女だったからだ。しかし2人してアッシュに怒られて、泣く泣く元の場所に戻しにいったのである。その後せめて拾われるまで見守っておく、と言ってきかなかったルークにため息をつきながら一緒に付き合ったアッシュは思えば昔から双子の弟に甘かった。まあそれはさておき。
「ねえルーク、その拾った猫って、どんな猫なの?」
ティアのいつもの落ち着いた声、が少し上ずっていたような気がする。本人は必死に隠しているが、ニブチンと称されるルークだって気付いている。一見クールに見えるこの少女は、可愛いものが大好きなのだ。もちろん猫だって大好きなので気になるのだろう。ルークは少しばかり考え込んだ。
「んー赤い猫だな」
「赤?!それってちょー珍しくない?実はプレミアついた猫なんじゃないのー?」
「アニス、顔がにやついていてよ」
瞳を輝かせたアニスの顔には「売っぱらって大もうけ」と書かれていたが、すぐにナタリアに注意された。その間にルークは真剣にこちらを見つめるティアのためにもう少しだけ考える。
「……あ、アッシュが言ってた。俺に似てるって」
「あなたに?」
思いがけない言葉に一瞬あっけに取られるティアであったが、ルークの顔を凝視した後、ぐわしとその手を掴んできた。ぎょっとするルークにティアが頬を紅潮させながらずずいと詰め寄った。
「ルークお願い、その猫、見に行ってもいいかしら」
「へ?」
「是非見に行きたいの、一目でいいから。ああルークに似た猫って、どんなに可愛いのかしら……」
半分トリップしたティアは恍惚な表情で何事かを呟いている。何せあのルーク馬鹿のアッシュが「ルークに似ている」と評したのだ。一体どんな猫なのだろう。すかさず興味津々のアニスとナタリアもティアに続く。
「あっ私も見てみたい!その金目の……じゃなかった珍しい猫!」
「ええ、私も是非見てみたいですわ」
「そうか?別にいいけど」
「よっしゃー!じゃっ今日の放課後さっそくルークんちに集合ね!」
アニスがそう宣言すると同時に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。約束よ、それじゃまた、と言葉を交わしながら席に戻る女性陣を自分の席についたまま見送るルーク。の後姿を眺めていた同級生の1人は、そっとこう呟いたという。
「ルークのやつ、何で普通に女子の中に溶け込んでるんだよ」
「ルークだからだろ」
それに返ってきた答えは十分に納得出来るものではなかったが、授業の担当の先生が入ってきたために文句が出てくることはなかった。
「ただいまー」
ルークがそうやって声を上げれば、家の奥からはどたどたと足音が聞こえてきた。いつもは済ました顔で寝転がっているが、やはり家で1人は寂しいのだろう、こうやって帰ってきた時は満面の笑みで駆けつけてきてくれる。
「おう、おかえり!……って」
ひょこっと出てきた猫ルークは、ルークの後ろにいる見知らぬ人たちに毛を逆立てながらびくりと動きを止めた。驚いたのは猫ルークだけではない。その姿を見た3人とも全員がびっくりして固まっていた。ただ1人ルークだけがマイペースに靴を脱いで家に上がる。
「ああ、こいつら俺の友達。お前の話したら一度見てみたいっていうから連れてきたんだ」
「と、友達?」
「そう。みんな、こいつがさっき話した猫の「ルーク」だ」
そうやって紹介されてアニスの口元がひくりと引きつった。似てる、どころじゃない。あの長い髪を切ったらそのまんまルークじゃないか。しかも名前まで「ルーク」なのかよ。
いやそうじゃない。これが「猫」?人間に猫の耳としっぽを生やしただけのこの人間もどきが猫?
「まあ、本当にルークにそっくりですわね」
最初に硬直が解けたらしいナタリアがまじまじと猫ルークを見つめた。天然の入っているこの人は多分ルークに似ている事に純粋に驚いているだけに違いない。「これのどこが猫なんだ」という思考はない。きっとない。
その時、最後まで硬直していたティアが、ふらりと一歩前に進み出た。
「ど、どうしたんだ?」
その尋常でない様子に猫ルークは耳をぴくりと動かしてみせた。そろりと警戒するように、しかし心配そうにその顔を覗き込む。ティアはしばらく何かに耐えるようにふるふると震えていたが、その手がそっと猫ルークに伸ばされた。そして指先が先に行くにつれて金色を帯びる優しい朱色の髪に触れると、感極まった様子でガシッと猫ルークの頭を掴んでいた。
「ぎゃっ!」
「かっっっっわいいっ!可愛い可愛い可愛い!」
癖のある赤い頭をわしわしわしと恐ろしい勢いで撫でまくる。耳とか顔とかをぺたぺたと触った後は、とうとうその(影でメロンと称される豊満な)胸に驚きと恐怖で硬直する可哀想な赤い猫?をぎゅうっと押し付けて抱きしめていた。
「あーららら。ティアってば普段抑えこんでる欲求に耐えられなかったみたいだねえ」
あっけに取られる一同の中でアニスがそっと肩をすくめてみせる。ティアの手が時々、ルークのあのヒヨコのような後ろ髪に無意識に伸びている事をアニスは知っているのだ。そのたびにはっと気がついてダメダメと自分を戒めていたティアだったが、猫耳猫しっぽでこられた今日はさすがに抑えられなかったらしい。
赤い髪に頬ずりしているティアと、気を取り直して家に上がりながら面白そうな目で青い顔を見るアニスとナタリアを見て。ルークは心の中で猫ルークに合掌していた。ご愁傷様。
「……こいつはどうしたんだ」
遅れて帰って来たアッシュは、部屋の隅っこで膝を抱えて塞ぎこむ猫ルークを見つけて怪訝に眉をひそめた。耳はぺたりと下がり、しっぽは自分の身を守るように体に張り付かせている。夕飯時はいつもあんなに騒がしいのに今日は様子がおかしい。どこか具合が悪いのだろうかと心配し始めたアッシュの後ろから、ルークがどこか顔を引きつらせながら答えた。
「いや……今日ティアたちを連れてきてさ」
「……あの女共か」
「ルークの話したら見たいって言ったんだ。で、見せたんだけど……」
これ以上は可哀想すぎて口に出来ません、とルークは首を振る。しかし説明はなくともその情景が目に浮かぶようだった。散々弄ばれた後なのだろう、気の毒なその背中に、アッシュは同情の視線を向ける。
「……今日の夕飯はあいつの好きなものにしてやれ」
「言われなくても、今日はチキンだよ」
それでもその後しばらく落ち込んだ様子だった猫ルークに、2人は気を使いながら生活したという。
頼むから、ガイみたいにはなりませんように。
猫と双子とお姉さんズ
06/07/29
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