「っぎゃあああああ!!」
その叫び声は、たまたま散歩からちょうど帰ってきた猫ルークにもばっちり届いた。今の必死な叫び声は、確かにルークのものであった。玄関の前でその声を聞いた猫ルークは、毛を逆立てて慌ててドアを開けて中へと駆け込んだ。
「ルーク!大丈夫か、今の声は何だ?!」
「あああアッシュ、アッシュはどこ?!こんな時にどこに行ったんだよアッシュアッシュ助けてー!」
「どっどうしたんだよ、落ち着けよ!」
そこにいたのは、無駄におろおろと取り乱すルークであった。その尋常ではない様子に慌てて猫ルークが肩を揺さぶれば、ハッと猫ルークを見たルークが次の瞬間飛び掛ってきた。
「ルーク!」
「ぎゃっ!」
「ああルーク!よかった!ちょうどいい所に帰ってきた!ありがとうありがとう!」
猫ルークを力いっぱい抱き締めながら何故かお礼を呟くルーク。訳が分からぬまま抱きつかれた猫ルークは尻尾をばたばた振って混乱しながらもルークをベリッと引き剥がして、会話が出来る程度に落ち着かせる事にした。
「っだー!とにかく落ち着けって!何があったのか俺に説明しろ!」
「あ、ああ、そうだよな、そうだった」
猫ルークがじっと目を見つめれば、ルークもようやく少し落ち着いてきたらしい。パチパチと瞬きをしてから、急に思い出したかのようにキョロキョロと辺りを見回し出す。
「アレは?アレはどこいった?」
「アレ?って何だ?」
「アレはアレだよ!決まってんだろ!さっきそこの壁のところにいたんだよ!」
ルー
クが必死の形相で指差す先には、何の変哲も無いいつもの部屋の壁があった。ルークの言っている「アレ」が何の事だか分からない猫ルークは、注意深く耳を立
ててルークと同じように首をめぐらせる。すると、何かを見つけた。ルークが指差した壁、とはちょっとはなれたところ、ちょうど窓の付近に、何か黒いものが
見える。
「もしかして、アレってあれのことか?」
「え?……うぎゃあああああ!ででで出たーっ!」
猫ルークの指し示した方向を見たルークは飛び上がって部屋から飛び出していってしまった。その過剰すぎる反応に猫ルークは思わずポカンと呆けてしまう。すぐにルークは戻ってきたが、顔を覗かせるだけで決して部屋の中に入ってこようとはしなかった。
「るるるるルーク!お願い、その黒いのどっかやってくれ……!」
「はー、何だ、アレってただのゴキブ」
「アレの名前を口に出すな!名前を聞いた瞬間、俺達を認知したアレたちが一斉に飛び掛ってくるかも知れないんだぞ……!」
猫ルークの言葉を遮ったルークは、飛び掛ってくるアレを想像したのかブルブルと震え出した。ルークの怖がる様子が本気で理解出来ない猫ルークは、触角を動かすアレを見ながら呆れたため息を吐く。
「んだよ、何でこんな虫っころがそんなに怖いんだよ。噛むとか刺すとか何もしねーじゃん」
「それでも怖いんだよ!ああ姿を見るだけでも駄目だ……」
「俺は近所のでっかい凶暴なワン公のが怖いけどなー」
アレはちょうど窓の近くにいたので、窓を開けた猫ルークはしっしっと追いやってアレを外へと出してやった。アレがいなくなるのをじっと待っていたルークは、猫ルークが窓を閉めた所でようやく部屋の中へ戻ってきた。騒ぎ疲れたようで妙にぐったりしている。
「ありがとうルーク。あーあ、アレが出るような季節か……気が重くなるなあ」
「あんなのが怖いなんて、ルークもまだまだだな!」
「何だよ、雷が怖いルークに言われたくねえぞ!」
「な、なんだとー!」
気が緩み余裕が出たのか猫ルークと共に戯れ始めたルーク。そこにちょうどアッシュが帰ってきた。
「ただいま」
「あっアッシュおかえり!ったく、肝心なときにいないんだもんなー」
「ああ?いきなり何だ」
いきなりのルークの言葉にアッシュはひくりと眉を上げる。猫ルークがへらへらと笑いながらアッシュに説明した。
「聞いてくれよ、ルークの奴ゴキブ……じゃなくて、あの黒いアレに本気でビビッてんだぜ、笑えるよなー」
「……!で、出たのか、あのアレが」
びくりと肩を震わせたアッシュは、何故か声を潜めて部屋の中を用心深く見回す。猫ルークは予想外の反応にアレッと首を傾げさせた。てっきり、「軟弱者め屑が」とでも弟を罵り始めるものとばかり思っていたのだ。
「もしかして……お前もあのアレが苦手なのか?」
「に、苦手ではない!ただアレが出ると退治するために余計な体力を使うから面倒なだけだ!」
「はーん」
これだけ付き合いも長いと、アッシュの強がりな言葉も一発で見分けられるようになる。だがここで指摘してもアッシュは意地を張るだけなので、猫ルークは流してやる事にした。どうやらこの双子の兄弟は2人揃って、あのアレが苦手なようだ。
「人間って分かんねーなあ。変なものを可愛いとか好きだとか言うくせに、こんなちびっこいもんを怖いとか苦手とか言い始めるんだもんな」
「何でなんだろうな、俺も不思議で仕方がないよ……これはもう、遺伝子にアレの苦手情報がインプットされているとしか思えないな、うん」
「変な事を言ってんな屑が。それより早く夕飯の支度をする、ぞ……」
足を動かしかけたアッシュは、変な態勢で固まった。嫌な予感がしたルークがアッシュが見つめる方向を恐る恐る振り返り、同じように固まる。1人猫ルークだけが、冷静に声を上げた。
「あ、アレだ」
「っひいいいいい!まだいた!まだいたのかよー!」
「ちいっ!俺の家に堂々と侵入するとはいい度胸だなこの屑虫が……!」
悲鳴を上げるルークにしがみつかれるアッシュは威勢のいい事を言いながらも身体は固まったままだ。
今度現れたアレは、さっきのアレよりは小さなアレだった。その場から動こうとしない赤毛兄弟に、やれやれと肩をすくめた猫ルークが音を立てないようにアレに近づいていく。
「やれやれ、お前ら俺に感謝しろよー」
「ルーク!さすがルーク!偉いぞルーク頑張れ!」
「と、飛ばしたりなんかしたら承知しないからな!」
背中から声援を受けて、猫ルークはゆっくりとアレの前に立ち止まった。そして静かにアレのほうへと手を伸ばし……
アレを、つまみ上げた。
「「ぎゃあああああ!!」」
「な、何だよ、これを逃がせばいいんだろ?」
い
きなり世紀末のような絶叫を上げる二人に猫ルークが驚いて振り返った。もちろんその手にはアレがつままれている。じたばたと足掻いている姿をルークは見る
事も出来ないようで、必死にアッシュの背中に隠れている。何とかその場に踏みとどまったアッシュは、震える指先で窓を指差した。
「ささささっさとそれを捨てやがれ!早く!即効でだ!」
「んだよ、せっかく始末してやってんのに何だその態度は」
「っ近寄るなーっ!」
全身で近づく事を拒否しているアッシュをちょっとだけ面白いと思いつつも、これ以上やると後が怖いので猫ルークは素直に従う事にした。窓を開けてさっきのようにアレを外へと逃がしてやる。窓を閉めた途端に、猫ルークは後ろからルークに羽交い絞めにされてしまった。
「ふぎゃっ?!ななな何だ何だ?!」
「ルーク!その手を洗おう!すぐに洗おう!力の限り洗浄しよう!いっそのこと全身くまなく洗った方がいいかな!」
「ああその方がいいだろう、アレ菌がどこについているか分からん」
「アレ菌って何だよ!?ここここらーっ風呂なら1人で入れるっつーの!」
重々しくアッシュが見守る中、ビシッと敬礼してみせたルークは任務に赴く表情で猫ルークを風呂場へと引き摺っていった。
そして猫ルークは、これ以上無いというほどルークによって身体の隅々までごしごしと洗われてしまったのだった。
「うっうっゴキブリひとつであんなに洗われるなんて……俺もうオムコにいけない……」
「「アレの名前を出すんじゃねえ!!」」
猫と双子と黒いあのアレ
「ってちょっと待て、今の言葉どこで覚えてきやがった屑猫ーっ!」
09/07/26
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