冬の寒さが和らぎ、柔らかな暖かい春の日差しが拝めるようになり始めた日の事だった。
猫ルークが、全身ピンクまみれで帰ってきた。


「うっうわーっルーク?!一体どうしたんだそれ!」


出 迎えたルークが声を上げて駆け寄る。猫ルークのとんがり耳の先っぽから嬉しそうに揺れる尻尾の終わりまで満遍なくまとわり付いているのは、どうやら淡いピ ンク色の花びらのようだった。どこか細くて小さい花びらだったが、花にあまり詳しくないルークはそれを見ても何の花なのかは分からない。一体何をどうすれ ばこんなに大量の花びらをくっつける事が出来るのだろう。いっそ聞いてみたかったルークだったが、猫ルークはルークの話を聞かずにキラキラと輝く瞳で詰め 寄ってきた。


「おいルーク!すごかったぞ!花!」
「な、何がすごかったんだ?」
「一面にこう、ぶわーって広がってんだ!暖かくなると毎年咲いてんだぜ!」


興奮した様子で両手と尻尾を振り回す猫ルークだったが、その説明では具体的にどんな景色が広がっていたのかよく分からない。とりあえず基本的に花より団子の猫ルークがこれほど気に入るようなすごい景色だったのだろう。よく分からないながらもルークは興味が出てきた。


「花が咲いてたのか?どんな花だよ」
「名前は知らねえよ。でもとにかくすげえんだって!ここからちょっと歩いた田んぼの中にあってよーゴロゴロすると気持ちいいんだ、ゴロゴロ」
「田んぼって、他の人のもんだから勝手に入っちゃ駄目だろ!」
「いいじゃん、だって俺猫だもん」


ケロリと言う猫ルークに悪びれた様子は無い。その姿を見て、確かに猫だから許されるかもしれないとうっかりルークは考えた。その間にも、猫ルークはルークの腕を取ってぐいぐいと引っ張り始めた。


「ルークも来いよ、ゴロゴロしようぜ!」
「いや俺が入ったらなお悪いだろ!怒られるのは俺なんだぞ!」
「ちょっとぐらいいーって!町外れの田んぼなんて誰も見張ってねえよ!」


いやでも、良いから良いから!と結局ルークは猫ルークに押し切られる形で家を出る事になった。田んぼの中に入る入らないはともかく、そのすごい花というものを一目見てみたかったのだ。



数十分後。バイトから帰ったアッシュが誰もいない部屋に首をかしげている所にちょうど戻ってきたルークと猫ルークは、ものの見事にピンクまみれであった。


「お前ら、一体どこに行って……」
「すげえ!すげえよアッシュ!本当にすごかった!」
「な!俺が言った通りだっただろ!ものすごかっただろ!」


注 意しようとしたアッシュだったが、二人の勢いに圧倒されて遮られてしまった。何だそのテンションはとか、何だその姿はとか、俺の話を聞けとか、言いたいこ とがいっぱいあったアッシュであったが、目の前に突きつけられたものにとりあえず集中する。猫ルークが自分の身体にくっついている花びらをつまみあげて、 アッシュへ突き出してきたのだ。


「なあ花屋、この花何だか分かるか?」
「花屋言うな。これは……蓮華草か」
「レンゲソウ?」


花屋でバイトをしているからか元から知っていたのか、アッシュはすぐに花の名を口にした。猫ルークは首を傾げたが、ルークは納得したように頷いた。


「ああそうか蓮華草だ!実物見に行ってこれ何だったかなーって思い出せなかったんだよなあ」
「………」
「なっ何だよその哀れむような目は!どうしても思い出せない時ってあるだろー!」


抗 議するルークは置いといて、このまま家に上げるわけにはいかない出で立ちの二人にアッシュは深いため息を吐いた。とりあえず外に出て頭の天辺から頭のつま 先まで花びらを叩き落してやらねばなるまい。ひとまず二人をつまみ出そうと手を上げたアッシュだったが、その手は花まみれの二人を追い出す事が出来なかっ た。逆に二本の腕によってがっしりと掴まれてしまったのだ。


「おいこら、何の真似だ」
「アッシュもあの光景は味わうべきだ!」
「おう、お前もゴロゴロしろ!」
「屑が!誰がそんなアホらしい事するかって引き摺るんじゃねえええ!」


アッ シュの言う事はお構い無しに、ルークと猫ルークは二人で協力してアッシュを家の中から引っ張り出した。そしてそのままの勢いでどこかへと引き摺り始める。 アッシュがどんなに足で踏ん張ろうと思っても、1対2ではさすがに勝つことが出来なかった。両手を引っ張られているのでまともな抵抗もすることが出来な い。結局アッシュは、口だけで文句を言いながらも連れられるまま歩くしかなかった。

やがてあたりに立ち並ぶ家が少なくなってきた頃、畑の広がる一角へと辿り着いた。そこまで両手を引き摺られる格好で来なければならなかったアッシュは恥ずかしくて仕方がない。羞恥とあと若干の怒りが篭った赤い顔でアッシュは前に立つ二人のルークを睨みつけた。


「お前ら、いい加減に……」
「ついた!」
「ああっ?!」


怒鳴ろうとした所に再び邪魔が入った。先を歩いていた猫ルークが突然駆け出しルークが力強くアッシュを引っ張ったのだ。またもや怒るタイミングを逃したアッシュは瞬間的に爆発しそうになった、のだが、ルークに引っ張られ突きつけられた景色に、目を奪われていた。


「……これは」
「な?すごいだろ?」


そこには、二人が言っていた通りの景色が広がっていた。つまり、すごい景色だったのだ。水の引いた水田に広がる、見渡す限りの蓮華畑だった。可憐なピンク色の花畑に突撃する猫ルークが、両手を上げて手招きする。


「ほら!すっげえだろーが!お前らも来いよ!」


全力で尻尾を振り回しながら猫ルークは再び蓮華草の海に飛び込んでいく。あんまり走るなよーと猫ルークに声をかけてから、ルークがどこかイタズラっぽく笑いながらアッシュを振り返ってきた。


「なあアッシュ、他人の田んぼの中に入るのは、やっぱり怒られるかな」


それは、とても今更な言葉であった。アッシュをここに連れてくる前にルークが現在もはしゃぎまわっている猫ルークとこの蓮華畑に飛び込んだのは言うまでもない事だろうに。あえてそうやって聞いてくるルークに、アッシュは呆れたため息を吐いた後、にやりと笑ってみせた。


「ここまで連れて来られておいて、入るなと言うかと思ったか?」
「いいや思ってねえよっ!行っくぞー!」
「待てこの屑猫ー!」


意外とこういう時のノリが良い事を知っていたルークは、見事アッシュを連れ立って花畑に突入する事に成功した。
こうして日暮れまでたっぷりと蓮華草の群れを堪能した三人が、田んぼの持ち主に見つかりこっぴどく叱られたのかどうかは、春の暖かな風に揺れる蓮華草だけが知っていた。




   猫と双子と蓮華草

09/05/10