見てはいけないものを、見てしまった。



「ただいま……」
「おかえりー、ってどうしたんだよルーク!何かあったのか?!」


顔面蒼白で散歩から戻ってきた猫ルークの姿に、ルークは驚いて駆け寄った。本来散歩には楽しく出かけて楽しく帰ってくるはずの猫ルークなのに、今日に限って一体どうしたのだろうか。おそらく外で何かあったのだろう。そのときのショックだろうか、尻尾の毛がぶわりと膨らんだまま、猫ルークはふらふらとルークに寄りかかった。


「しっかりしろ、ルーク!何があったんだよ」
「お、俺は……見てはいけないものを見てきてしまったんだ」
「見てはいけないもの?」


外で何かを目撃し、その光景に心底驚いたようだ。落ち着かせるようにへたりと垂れた耳と耳の間を撫でてやれば、その夕焼け髪と同じ色の耳がひくりと少し上を向いた。撫でられたことで少し元気が出てきたのか、猫ルークはどこか必死な目でルークを見上げた。


「る、ルーク、俺さっき、アッシュを見たんだけど」
「アッシュを?」
「アッシュが……アッシュが大変な事になってたんだ!」


猫ルークの真剣なその様子からして、よほど大変なアッシュを見たのだろうが、今までの説明では具体的にどう大変な事になっているのかが分からない。戸惑うルークに業を煮やした猫ルークは、その腕を取って引っ張り始めた。


「もう実際見た方が早いってーの!さっさと来い!」
「え?ええ?おいっちょっと待てよルーク!」


少々強引な猫ルークに引っ張られるルークは、辛うじて家の鍵をかける事に成功して慌てて足を動かして後を追った。猫ルークをここまで怯えさせた大変なアッシュとは、一体どのようなものなのだろうか。少しだけドキドキしていたルークは、連れてこられた場所を見てようやく納得がいった。


「ここ!ここでアッシュを見たんだ!」
「ああ、ここは……」


猫ルークがズビシッと指で示した場所とは、可憐な香りと様々な植物の色が集まる町の美しい一角であった。いわゆる、お花屋さんである。花屋を見て何故か納得顔のルークを、猫ルークは驚愕した様子で見つめた。


「何でそんな平然としてるんだよ!あれは花屋だぞ!」
「ああうん、花屋だな」
「つまり花屋と、アッシュだぞ!花とアッシュ!わかってんのか!」


掴みかかる勢いの猫ルークに、気圧されながらもルークは問いかけた。


「そ、それがどうしたんだ?」
「最高に似合わねえだろ!」
「そうかなー?」
「駄目だ、ルークは駄目だ!アッシュの奴に生まれた頃から毒されてるからこの異様さに気付かないんだ!」


ぶんぶんと首と尻尾を振る猫ルークはかなりアッシュに失礼な事を言っているが、必死な本人は気付かない。背後に忍び寄る、憤怒の影にも。


「俺は見たんだ、あの花たちに囲まれたアッシュを……!その時の俺がどれだけ恐ろしかったか、ルークには分からねえだろ!」
「いや確かに分からないけど、ルーク、後ろ……」
「へ?」
「ほう……俺が花に囲まれているだけでそんなにてめえは恐ろしいのか、そうか」


地を這うような声に、猫ルークは引きつりながらもゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは、綺麗な花を抱え可愛いエプロンをつけた、こちらを睨みつけるアッシュであった。猫ルークが飛び上がったのは言うまでもない。


「ギャーッでたー!メルヘンアッシュ!」
「誰がメルヘンだ!店先で大声で喚きやがって、営業妨害だ屑が!」
「お前のが声でかいだろ……って、えいぎょーぼーがい?」


アッシュが勢いで振り上げた拳に反射的に身をすくめた猫ルークは、すぐに気になる単語が混じっていた事に気付いた。いやな予感がして振り返れば、様子を笑顔で見守っていたルークがあれっと首を傾げる。


「ルーク、知らなかったっけ?アルバイト」
「あ、あるばいとぉ?!」
「そう、ここアッシュのバイト先」


ここ、と指し示すのはもちろん目の前の花屋だ。猫ルークはめまいを覚える。そんな話今まで一緒に暮らしてて聞きもしなかったし知りもしなかった。気付きもしなかったのだ。思わずフラフラとルークに凭れ掛かる猫ルークに、アッシュは手の中の花を綺麗にバケツに入れ直しながら声をかける。


「本当に今まで知らなかったのか」
「いや、この道あんま通んねえし、ていうかアッシュがバイトしてた事さえ知らなかったし」
「そうだったっけ?」


ショックでヘタリと倒れる耳を引っ張るルークの手を、猫ルークは軽く払い落としてどことなくいじけた様な表情で二人を見つめる。そういえば確かにいつもルークよりアッシュの方が遅く帰ってきていたし、休日はどこかに出かける事が多かった。きっとその時にアルバイトへ行っていたのだろうが、一言ぐらい猫ルークに伝えててくれてもいいではないか。そんな思いを込めた視線だった。
そんな猫ルークの様子が気の毒になったのか、ルークが撫でるように軽くその髪に触れてきた。


「ごめんなルーク、俺達にとっては当たり前の事実だったせいで、言い忘れてたみたいだな。びっくりしただろ」
「死ぬほどな」
「とことん失礼な野郎だな……自立するために家を出てきたのに親の仕送りだけで食っていく訳にはいかねえだろうが、こうして少しでも自分で稼がなきゃ、な……」


そこでどうしてよりによって花屋なんだろうと猫ルークは思ったが、これ以上怒鳴られるのは嫌なので黙っておいた。そこでふと気になって、ルークを見る。


「それなら、ルークは何かやってんのか?」
「俺?俺は何も。アッシュがやらしてくれねえんだもん」
「………」
「な、何だその目は!別に過保護だとかそんなんじゃねえ!どちらかが家事を専門にやった方が日常的に効率が良いし要領悪いこいつがバイトなんてしやがってもミスばっかりしやがって相手先の店に迷惑をかけるだけだろうが!」


猫ルークが何とも言えない表情で見つめれば、アッシュは何も言っていないのに言い訳をし始めた。心当たりは自分で十分にあるのだろう。要領悪いの部分だけを聞きとがめたルークがひどいと抗議の声を上げる隣で、猫ルークがその袖を引っ張った。


「なあなあルーク、そんじゃ俺たちもアッシュのバイトの手伝いしようぜ!」
「手伝い?まさかルークも花屋でバイトがしたいとか言うんじゃ」
「ちげーよ、売り上げにコウケンするんだよ」
「貢献?」


つまり、花を買うという事か。稼いだ金で花を買ってどうするというアッシュのつっこみを軽く受け流し、猫ルークはさっそく店先に並ぶ美しい花々を物色し始めた。


「俺、花なんてじっくり見比べるの初めてだ!」
「そう言われて見れば、めったに花とか買わないもんな。窓際に飾っとくなんてのも、いいかもなー」
「……買うなら早くしろ」


本格的に花を選び始めた赤い頭二つに、アッシュは深いため息をついて奥に引っ込んでしまった。その後姿を不思議顔で眺める猫ルークに、ルークが笑いを耐えながらこっそりと教えてやる。


「何だかんだ言って、仕事してる姿見られるのが恥ずかしいんだよ、きっと」
「そっか、サンカンビって奴だな」
「どこで覚えてくるんだよそういうの。でもま、バイトの参観日ってのも、悪くないかもな」


奥のほうで仕事に戻ったアッシュの姿を、花を見る振りをして二人で眺める。意外に器用に花の手入れをするアッシュの横顔に、じっくり見ると花とアッシュというのも悪くは無いかもしれないと猫ルークは思った。猫ルークもルークと同じように、アッシュに毒された瞬間であった。




   猫と双子とアルバイト

09/03/13