最近やっと夏の暑さが過ぎ去って涼しくなったな、などと思いながら外を歩いていたルークの鼻がふと、何かの匂いを捉えた。
「これは……」
思わず立ち止まって辺りを見渡す。そして、見つけた。この季節に香る明るい小さな花達を。見知らぬ家の庭先に生えた木を、ルークが目を輝かせて見上げた。
「うわあ、すっげえ良い香り!……そうだっ」
良い事を思いついたルークは辺りを用心深く見回してから、そっと手を伸ばして木から枝を一本、こっそり拝借させて貰った。その枝にきちんと、香り漂う元がくっついている事を確認してから家路を急ぐ。花から漂う香りを逃さぬように、両手に抱き締めながら。
この良い香りを、自分だけのものにしておくにはもったいないと思ったのだ。
「ただいま……何だこの匂いは」
「あ、アッシュお帰りー!」
帰ってきた途端、アッシュが眉をひそめて部屋の中を見回した。出迎えたルークは怪訝そうなアッシュに胸を張ってみせる。
「秋のふーぶつしだ!」
「風物詩?」
鸚鵡返しに尋ねれば、ルークが期待した目で今を指差す。とりあえず部屋の中へと入ってみれば、テーブルの真ん中にちょこんと置かれたコップが目に映った。そのコップの中には、小さなオレンジ色の花を咲かせるこの匂いの元が差してあった。アッシュはそれを見て、部屋に充満する匂いの理由を知った。
「キンモクセイか」
「ああ、帰りに見かけたから一本だけ持ってきちゃったんだ。良い匂いだろ?」
ルークは得意げに言うが、アッシュの表情は晴れないままだった。どこか忌々しそうに目の前のキンモクセイの花を睨みつける。
「匂いがきつすぎてむしろ臭い」
「えー!?どこがだよ、良い匂いじゃんか」
「ただでさえそこら中から匂ってきているんだ、部屋の中にまで持ち込むな」
「んだよ、せっかく持って帰ってきたのに」
むくれたルークはキンモクセイを守るように自らの腕の中へ避難させた。今にも窓から外へと投げ捨てたい気分のアッシュがそれを視線で追いかける。二人の視線がかち合った瞬間、火花が散ったような気がした。キンモクセイを巡っての兄弟バトルが今にも開始されそうになったとき、もう一人の同居人が良いタイミングで帰ってきた。散歩に行っていた猫ルークだった。
「たーだいまー」
「おかえりルーク今取り込み中だから邪魔すんなよ」
「は?何してんだ……って、何だこの匂い!」
部屋に顔を覗かせた猫ルークは途端に尻尾の毛を逆立てた。ルークの手の中にあるキンモクセイを見つけると、嫌そうに顔をしかめてみせる。
「うえ、その花!何で部屋の中にまであるんだよ」
「まさか、ルークまでキンモクセイを馬鹿にするのかよ!」
「キンモクセイって言うのか?俺その花苦手だ」
猫ルークはアッシュの陰に隠れながらキンモクセイを見つめてくる。その表情からして、本当に苦手なようだった。猫ルークの様子を見て、頑なだったルークもさすがに罰が悪い顔になる。
「そんなに苦手なのか?」
「匂いがきつすぎんだよー。遠くから匂うだけなら良いんだけど、近すぎるとマジで頭痛がくるほどだぜ」
「俺達より鼻が利くからだろうな」
耳をきゅっと伏せさせながら鼻をつまむ猫ルークを哀れそうに眺めてから、アッシュがじろりとルークを見る。いつもは屑猫屑猫とどやしつけるくせにこういう時だけ気遣うそぶりを見せるのだから、性質が悪い。ルークは内心で歯噛みしたが、猫ルークがこんなに参っている中強引にキンモクセイを部屋の中に置くわけにはいかない。がっくりと肩を落として、敗北を宣言した。
「ううっごめんなキンモクセイ、この家にはじょーちょの無い奴らばっかりなんだ」
「情緒もクソもあるか。そこら中で匂うだろうが」
「それをこうやって身近に感じる事がだなあ!」
「うるせえさっさと外に出せ!」
往生際の悪いルークからキンモクセイを取り上げたアッシュは、ツカツカと窓へと歩いていった。ああーと名残惜しそうなルークに、ちょっぴり申し訳ないと思ったのか猫ルークが慰めるように肩を叩く。それを横目に眺めながら窓を開けたアッシュは、窓の縁にコップを置いた。そして閉める。
どうやらキンモクセイをただ捨てたわけじゃなさそうだ、その事に気付いたルークが問いかけるような視線をやれば、アッシュはそっぽを向いて答えた。
「匂いを嗅ぎたい時だけ窓を開けりゃいいだろうが、屑が」
こうすれば部屋の中にキンモクセイの香りは直接届かないし、キンモクセイをわざわざ捨てる事もしなくて良い。何だかんだ言って、皆に匂いを嗅がせたいためにキンモクセイを持ち帰ったルークの事もちゃんと考えてくれたのだ。ルークは満面の笑みを浮かべて、アッシュに飛びついた。
「アッシュー!」
「ぐっ!?てっめえキンモクセイ臭ぇんだよ!離れろ!」
「おーおー照れてる照れてる」
再び暴れだした双子の傍ら、ようやくきつい匂いが遠ざかって猫ルークはホッと息をついた。窓の外に見えるキンモクセイの小さなオレンジ色の花をどこか眩しそうに見つめる。
キンモクセイの香りを良い匂いだと思ったことはまだ無いが、ルークから、それにキンモクセイの香りを受け止めながら帰ってきたアッシュからも匂うほのかな秋の匂いは、確かに良い匂いだと思った。
こんな匂いを嗅ぐ事が出来るのなら、キンモクセイもそんなに悪くない。猫ルークは機嫌が良さそうに、キンモクセイを沢山詰め込んだような赤い尻尾をぱたりと動かした。
猫と双子とキンモクセイ
08/10/09
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