ごうごうと強い風が外を縦横無尽に駆け回る音が絶え間なく聞こえてくる。今夜中はきっとこの調子で風が吹き続けるだろうとルークは外の様子を予想しながら思った。予想だけをして実際に外の様子を見ないのには訳があった。窓から外が見えないからだ。いつもは大体開け放たれている窓は現在、雨戸がぴっちりと閉められているのだ。
「夜のうちに、通り過ぎそうだな」
「ああ」
「残念だなー、学校が休みになるかもって期待してたのに」
「休みになっても外が荒れてりゃ遊びにもいけねえだろうが」
「そりゃそうなんだけどさあ」
テーブルを挟んで向こう側で本を読むアッシュと他愛の無い会話を交わす。今まさに、外では台風が猛威を震っている最中だった。今日の昼頃から雨も激しくなり風も強くなり、夜になった今がちょうど一番接近している所なのだろう。明日になれば、おそらくこの激しい風の音も止むはずだ。それまでは我慢だ。
「風の音がうるせえなあ」
「そうだな」
「雨の音もうるせえなあ」
「そうだな」
「……ルークは静かだな」
「……そうだな」
二人で、テーブルの下を同時に覗き込む。そこには丸まって静かに震える赤い塊があった。いつもは飛び出ている耳も尻尾もぺったりと自らの体に引っ付けて、出来る限り縮こまろうとしているようだった。雨が苦手な猫ルークは、さっきからずっとこの調子だ。
ルークの言葉に反応して、猫ルークがキッと睨んでくる。テーブルの下から。
「おっお前もこーいう天気苦手とか言ってたじゃねーか!何で平気な顔してんだ!」
「俺、雷さえ鳴ってなければ結構平気なんだもーん」
「ちっちっくしょーずりーぞ!」
ご機嫌で鼻歌まで歌いだすルークに猫ルークが悔しそうに歯噛みする。その様子を呆れた様子でアッシュが見ていた。脳内にはどんぐりの何とか比べとかそんなことわざが飛び交っている。猫ルークは腹いせのようにルークの足を蹴ってきた。もちろんテーブルの下から少しも出てこないままで。
「どうせなら雷まで鳴っちまえばいいのに!」
「へーんだ、そんな事言っても天気なんて操られるわけ……」
カッ! ピシャーン!!
まるで天から雷神様が二人の様子を眺めていたかのようなタイミングで雷の音が轟いた。閃光は締め切った雨戸のせいで部屋の中に漏れて来る事は無いので、本当にいきなりの事だった。雨も雷も平気なアッシュもさすがにビクリと顔を上げた。アッシュの目の前に双子の弟の姿は無かった。その代わり、テーブルの下からギャーとかうわーとか悲鳴が聞こえてくる。
「いいいっいきなり何だよー!何で雷が鳴るんだよー!」
「へ、へへーんだ、ざまーみやがれってんだ!存分に怖がりやがれ!」
「お前も雷にビビッてんじゃんか!」
うっとおしい震える塊が二つに増えた。隠れるべきテーブルはそんなに大きくないので、足やら尻尾やらが存分にはみ出ているのだが、二人は気付いていないようだ。このやかましい二つの塊をどうしようか、アッシュが考え始めた時であった。二度目の轟音とともに、目の前が真っ暗になってしまったのだ。
「うわあああ!何だ!?何だこれ!」
「ひいいいい!今度は何だよー!」
「停電か」
さらに激しくなる悲鳴の中一人冷静にアッシュが呟く。おそらくさっきの雷のせいだろう。放っておけば時期に直るだろうが、それまではこの暗闇に放り出される事となってしまった。
「そんないきなり停電って……あだっ」
ゴンッという音と共にテーブルが揺れたのを感じた。ルークが頭でもぶつけたのだろう。完全に締め切っている室内は自分の指先さえ見えないほどの暗闇だった。
「ちっ、懐中電灯はどこだ?」
「んなもん覚えてねーよ……うわっ今なんか変なもん踏んだ!」
「ギャッ!しっしし尻尾を踏むなー!」
闇の中でルークと猫ルークがもめているようだ。あんな狭いテーブルの下にいたのだから仕方がない。懐中電灯を探そうと立ち上がったアッシュも、迂闊に動けなかった。下手に歩いてタンスの角に足の小指をぶつけたりはしたくない。
やがてテーブルから這い出てきたのか、隣に猫ルークがやってきた。猫ルークだと分かったのは、ふわふわと揺れる尻尾の気配を感じ取れたからだ。
「んで、懐中電灯はどこにあんだ?」
「……お前、この中で見えるのか」
「猫様を舐めんなよ」
見えなくても猫ルークが得意げに笑ったのが分かった。ちょっとむかついたが、今はありがたい。アッシュは懐中電灯の在り処を一生懸命思い出そうとするが、どうしても出てこなかった。非常時のためにとあそこに置いた気もするし、あまり使わないからとあの奥のほうへしまったような気もするし……。
「右の戸棚か?いや、玄関先の棚の上だったような気も……」
「ええ、窓際に置いてなかったか?あれ、どうだったっけ……」
「二人揃って何で覚えてねーんだよ!仕方ねえから俺が探してやるよ」
「あ、あんまり荒らすなよ?」
ルークが心配そうな声を上げるが、姿が見えないので猫ルークを引き止める事は出来ない。やがてガサゴソと粗探しする音が聞こえ始めた。今は音に頼るしかない。
「これか?違うな……これも違うし、これも……」
「早くしろ屑猫、てめえだけが頼りなんだ」
「頼りにすんなら罵るなっつーの!……おっ」
ブツクサ言いながら色々探っているらしい猫ルークの声や音が一瞬止まった。ルークとアッシュはその場から動けないながらも、猫ルークがいると思わしき場所へ視線を向ける。
「どうした?」
「おーあったあった、懐中電灯じゃねーけど、似たようなのがあったぜ!」
「似たようなの?」
「これだよ、これ」
アッシュは猫ルークが押し付けてきた二つの物体を手に取り、感触でそれが何かを確かめる。一つは滑らかな細長い棒状のもの。もう一つは四角い小さな箱っぽいものだった。アッシュはすぐに合点がいった。
「ロウソクと、マッチか」
「それって火つけるやつだろ?どっかで見た事あるぞ」
「よし、でかしたぞルーク!」
ルークが猫ルークへ手を伸ばし、見えないからか猫ルークが避けたからか撫でようとして空振りしている気配がする。それを感じながらアッシュは何とか箱の中からマッチを取り出し、ロウソクへと火をつけることに成功した。途端に淡いオレンジ色の光が視界を取り戻させる。
「ああ、やっと見えた。でかしたぞルーク!」
「やっやり直すなよな!」
予想以上に近い場所にいたルークが隣の猫ルークの頭を今度はきちんと狙い定めて撫でる事に成功した。嫌がる台詞を吐きながらも猫ルークの表情はまんざらでもない。それにこっそりと笑いながら、アッシュは安堵の息を吐き出した。暗闇の中というのは、いくら冷静にあろうとしてもやはり幾らか動揺し、緊張してしまうものだ。
「仕方がねえ、電気がつくまで今日はこれでしのぐぞ」
「省エネだな」
「しょーえねって何だ?」
「電気を節約するぜって事」
ルークの説明にへえっと感心して見せた猫ルークは、何かに気が付いたようにルークとアッシュを交互に見つめてきた。その瞳はロウソクに照らされているからか、それとも気分によるものなのか、エメラルド色に輝いて見える。アッシュがそれを美しいと思いながらも、そんな事を思っているとはおくびにも出さずに猫ルークに尋ねた。
「何だ」
「いや、面白いなーって」
「何が面白いんだ?」
ルークが首を傾げる。猫ルークはどこか嬉しそうに笑いながら、ルークとアッシュ、それにロウソクの炎を見つめて言った。
「お前ら、髪が赤いからロウソクの火とそっくりだ」
暗闇の中、光はロウソクの火しか無い。それが余計に燃えるような赤毛をロウソクの炎へと近づけているのか。言われて猫ルークとアッシュを交互に見つめたルークが同じように瞳を輝かせた。
「本当だ、アッシュと、それにルークお前も、ロウソクの炎みてえだ!」
「お、俺もか?」
「当たり前だろ、同じ髪の色してんだから」
アッシュも静かにルークと猫ルークを見比べる。確かに手の中にあるロウソクの炎のように、闇の中で赤く煌めいている。つまり今この部屋には、4つの炎が存在するという事か。
「俺たちお揃いだな!」
「阿呆、揃っているのは今だけじゃねえだろ」
「あ、言われてみればそうだな」
「お揃い……お揃いかあ……」
猫ルークがかみ締めるように繰り返す。嬉しそうに見上げてきたこの瞳も、皆でお揃いの色をしているのだ。当たり前の事なのに、普段からそうなのに、そう思えば何故だか嬉しくなってくる。三人は暗闇の中、ロウソクを囲み顔を突き合わせて笑った。
いつの間にか、外の嵐の音はまったく気にならなくなっていた。
猫と双子はお揃い色
08/09/19
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