寒い冬を乗り切るための頼もしい味方コタツが、ある日いきなり壊れた。これはとんでもない一大事であった。とある事情でファブレ双子家には今、暖房器具がコタツしか存在しないのだから。
「原因は何だ」
「さあ……今日気づいたらいきなり壊れてたし……」
いくらコンセントをつっこんでも明かりを放たないコタツを見下ろして、ルークとアッシュは呆然と突っ立っていた。こうして突っ立っているだけでも芯から冷えそうだというのに、今日この家には温まるための暖房器具が一切無いのだった。
「どうしよう、俺たち今夜凍え死ぬかもしれない!」
「死ぬわけねえだろうが屑が」
頭を抱えたルークを小突きながらも、アッシュの顔色も良くは無い。最近は寒波がその辺をうろついているとニュースでやっていたのだ、凍え死ぬことはない(と思う)が、凍えること必須である。最悪風邪を引いてしまうかもしれない。
「やっぱりストーブぐらい買っておくべきだったな……」
「なあなあ、今からでも買ってこようぜー」
「屑が、今は金がねえんだよ!明日ガイの奴にコタツの修理を頼むしかねえな」
機械マニアのガイならばコタツの修理ぐらいちょちょいのちょいとやってくれる、に違いない。ちなみに今そのガイは唯一趣味を分かち合う友人と最新型のアルビ何とかという乗り物を見に泊り込みでどこかへ出かけてしまっているので、留守なのだった。肝心なときにいないとは役立たずな奴だ、と非常に理不尽なことを考えながらアッシュは舌打ちした。
「じゃあ今日は毛布に包まって我慢するしかないか……」
がっくりと肩を落としながらルークが毛布を引っ張り出し始めた。最早それしかないだろう。アッシュがため息をついたその時、玄関のドアが大きな音を立てて開いた。今までいなかったこの部屋のもう一人の住人(住猫?)が帰ってきたのだ。
「ただいまー!ひーっ外さみいー!」
「おかえり。ってかルーク、門限は5時だっていつも言ってるだろ!」
「だーってかくれんぼでなかなか一匹見つからなくって……あ?」
ドタドタとやかましく部屋の中に入ってきた猫ルークは、そこでいつもぽかぽかと自分を迎えてくれるコタツの様子がおかしい事に気がついた。ついてない。
「何でコタツつけねーんだ?」
「それが、壊れちまってるみたいで、つかないんだ」
「はあ?!じゃあ今日はどーやって温まればいいんだよ!」
「これ」
はい、と手渡されたのは毛布。何も言わずともおのずとわかる、包まれというメッセージ。猫ルークは耳と尻尾を垂らしながらそれを受け取った。もっとギャーギャーうるさく文句を言うのではないかと思っていたアッシュは意外に思った。何せこの中で一番コタツに潜り込んでいたのが猫ルークだったのだ、誰が壊しただのコタツがなきゃ嫌だの駄々をこねそうなものだが。
「なあ、コタツいつ直るんだ?」
「明日ガイに頼むんだ。多分直してくれると思う」
「じゃあ今日だけ乗り切りゃいーんだな?それなら楽勝だぜ」
自分たちの毛布も引っ張り出していたルークの答えに満足そうに頷いた猫ルークは、毛布を片手に部屋の隅っこへと向かっていった。何故そんな隅に行く必要があるのか。アッシュもルークも首をかしげながら見守る中、角に腰を下ろした猫ルークは頭から毛布を被り、不適に笑ってみせた。ピンと立った耳が毛布越しに見える。
「こうやって隅っこでじっとしてりゃ自然とあったかくなるんだ、俺のけいけんじょー!」
「経験上、と言いたかっただけだろうがてめえは」
「あーそっか、自分の体温であったまるんだな」
ぽんと手を打ったルークは、外で見たことのある光景を思い浮かべた。冷たい風を避けるように町の角でぎゅっと丸くなったもこもこの猫の姿を。つまり、あれの事だろう。
「確かにあったかそうだな。よし、やるか!」
一人納得したルークはアッシュに毛布を手渡した後、自分の分を被りながら意気揚々と猫ルークの元へ向かった。いぶかしむ様にこちらを見上げる猫ルークににっこりと微笑みかけて、その隣へ思いっきりダイブしてやる。
「うおっ?!ななっ何だよ!」
「だから、ここでこう蹲ってればあったかいんだろ?だから俺もやる!」
びっくりして毛を逆立てる猫ルークに構いもせずにルークは思いっきりくっついてくる。それを呆れた目でアッシュは見ていた。最初はぎゅうぎゅう引っ付いてくるルークから逃げるように腰を引かせていた猫ルークも、だんだんと抵抗が薄くなっていった。
「……あったけえ」
「だな。ルークの言った通りだ」
同意を示すルークに、しかし猫ルークは首を振ってみせた。
「俺が知ってるのよりあったかいんだ。何でだ?」
「え?毛布があるからかな……それとも単純に外じゃなくて部屋だからか?」
ルークと猫ルークは互いに顔を見合わせる。その姿が何だかおかしくて、吹き出しそうになったアッシュは慌てて笑いを収めた。今一人で笑ってしまえばおかしい奴だと思われかねない。しかし何かしらの気配を感じたのだろう、揃ってこちらに顔を向けてきた二人に、アッシュは言ってやった。
「二人だからじゃないのか」
「「へ?」」
「お前は今まで一人で蹲っていたんだろう」
指摘してやれば、猫ルークはあっと思い当たったような表情になった。一人分の体温より、二人分の体温の方があたたかいのは当たり前のことなのだ。ますます楽しそうに笑みを深くしたルークは、アッシュを見て当然のように手招きする。
「アッシュ、何してんだよ。お前も来いよ」
「……いや、俺は」
「拒否権は無いぞ、一人より二人の方があったかくて、二人より三人のほうがあったかいんだからな」
余計なことを指摘してしまったか、とアッシュが内心で舌を打っている間に合点がいった猫ルークも揃ってアッシュへと手を伸ばした。二人分の腕がアッシュを誘い込んでくる。
「早く来いよ!今夜はさみいだろ!」
「アッシュー」
「っち、うるせえ近所迷惑だろうが」
何事か憎まれ口を叩きながらも歩み寄ってきたアッシュの両手をガッシと掴み、ルークと猫ルークは思いっきり引っ張ってやった。二人分の体重で下から引っ張られれば抗えるわけが無い、見事にアッシュも部屋の隅っこへ納まってしまう。
「てめえら……!」
「怒らない怒らない、あんまり怒ると禿げるぞ」
「俺はまだあんなに後退してねえ!」
「うるせえなーじっとしてろよ」
何かのトラウマを刺激されたのか暴れ始めたアッシュを慌てて両側から二人で押さえ込む。それで何とか怒りが収まったのかアッシュも大人しくなり、動きを止めた。そうすれば、静かに感じる。じんわりと染み入るように伝わってくる、自分以外の体温。
「な、あったけえだろ!」
「特にアッシュは特等席だなー」
両側からにっこり微笑みかけられ、アッシュはふんと息を吐き出した。両側から押さえ込まれて何だか捕らわれているような気分ではあるが、確かに。
「……ああ、あたたかい」
冷え切った部屋の角で毛布に埋もれながらまるでおしくらまんじゅうの様に引っ付きあった三人は、自然と笑顔になる顔を見合わせた。これで今夜は凍える事はないだろう。だって、今からこんなにあたたかいのだから。
猫と双子とあたたかな夜
08/02/24
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