ルークの頭に耳が生えていたので、家に帰ってきて早々猫ルークは心底驚いた。ルークと猫ルークは名前だけでなくて見た目からそっくりであるが、唯一外見で違うところと言えば、猫についていて人についていないものである。もちろん猫耳と猫尻尾だ。(一番分かりやすいのはルークは短髪で猫ルークが長髪なところなのだが、今は横の方に置いておく事にする)
そんな違いで見分ける事が出来ていたのに、今のルークの頭には耳が生えている。猫ルークはまずその事に驚いたのだった。驚く部分が間違っているような気もするが必死すぎて気がつけない。
「お、おまっ、何だよそれ!」
「へ?」
ただいまの挨拶の前に驚愕の表情で指差されたルークはキョトンと首をかしげる。混乱で一瞬のうちに爆発した思考が徐々に元に戻っていくうちに、猫ルークも同じように首を傾げていった。
違う。ルークの頭についている耳と猫ルークの耳はちょっと違う。いや大分違う。猫ルークの耳は髪の色と同じ夕焼け色で、ピンと三角に尖ったものだ。しかしルークの頭についているものは、完全に丸かった。おまけに真っ黒だ。それはそれでどこか可愛らしくてルークに似合っているが、猫ルークのものとは完全に別な耳だった。
よく見れば、ルークに耳は生えていても尻尾は生えていなかった。これは一体どういう事だろう。
「あ、もしかしてこれか?」
その時ようやくルークが自分の頭の上に手を持っていって、耳に触った。猫ルークはこれ幸いとばかりにコクコク頷く。それで猫ルークが驚いていた理由を悟ったルークはおかしそうに笑ってみせた。
「これ、お土産にもらったんだ。ティアたちが○○○ーランド行って来たらしくて」
「は?何だって?」
「ああ、『名前を言ってはいけないあの人』的なものだから自主規制入ったか、まあ気にするなって」
まったく意味不明なことをのたまったルークは訳が分からない猫ルークを放置したまま頭の上の耳を何気ない手つきで取ってみせた。一瞬の間があって、猫ルークが飛び上がる。
「みっみっ耳がとれたー!」
「直に生えてる訳じゃねえっつーの。ほら、付け耳みたいなものだよ」
驚きに尻尾をブワッと逆立てた猫ルークだったが、ルークの言うとおり黒い丸耳は確かに本物の耳ではなかった。カチューシャに黒い丸を二つくっつけたような、ただの飾りだ。その事に気がついた猫ルークは逆立てた尻尾をくったりと垂らした。驚いた分ほっとして気が抜けたのだ。
「何だ、驚かせんなよ……。大体それつけて何の意味があんだ?」
「さあ。俺も「是非つけて!」って貰っただけだし」
せっかく買ってきて貰ったんだから一回はつけなきゃいけないだろ、と再びルークは黒い丸耳を装着した。ルークはさっき「ティアたち」と言っていたが、おそらく猫ルークに初対面時トラウマを植えつけていったあの女の子たちの事だろう。特にティアという長い髪の女が一番勢いが恐ろしかったと猫ルークの記憶が告げている。彼女なら、ルークにこの可愛らしい黒い丸耳をプレゼントしそうである。何となく。
「あ!そうだそうだ、ルークにもお土産受け取ってたんだった」
その時ルークの口から不吉な言葉が零れ落ちた。猫ルークは思わずギクリと動きを止める。それに気付いているのかいないのか、ルークは固まる腕を引っつかんで部屋の中へとズルズル引っ張り込んだ。部屋の中央のテーブル上には、キャラクターが描かれた袋が置かれている。あの中に、お土産とやらが入っているのだろう。
緊張にカチコチに固まる猫ルークの腕を離して、ルークは袋の中をまさぐった。すぐに目的のものが見つかったらしく、満面の笑みで振り返ってくる。
「ほら、これ!」
猫ルークの頭の上に何かが被せられた。フードなのか頭巾なのか、とりあえず嫌な予感がする。顎の下で左右に垂れる紐を緩く結んだルークは一歩下がって猫ルークを眺めて、そのまま吹き出した。
「ブフッ!……いいっルークいいそれすごく似合ってるっくく……!」
「わ、笑うんじゃねえ!くそっどうなってんだよこれ!」
腹を抱えてプルプル震えるルークに猫ルークは毛を逆立てて怒鳴った。勝手に被せて勝手に笑い出すとは失礼すぎるだろう。フードの色がファンシーな黄色な時点で一体どうなってるのかは大体想像がつく。おそらくフードの上にも、可愛らしい耳が生えていたりするのだ。
「いやマジでいいって、是非アッシュに見せてやってくれよそれ……!」
「ぜってーやだ!その前に鏡見せろって鏡!」
「駄目だって、鏡見たらお前それ取るもん」
「つまり即行で取るほどひでえもん被ってるって事だろうが!冗談じゃねえ!」
頭の上からフードを取ろうとする猫ルークとそれを阻止しようとするルークとでしばらく激しい戦いが繰り広げられた。そんなに広くない部屋の中を同じ図体の二人がドタバタと暴れまわる。隣人から苦情がきそうな争いが終焉を迎えたのは、玄関先で何者かが帰って来た音が聞こえてきた時だった。それを聞いた瞬間、二人で今までの攻防を忘れたかのように顔を見合わせた。
テーブルの上には未だに袋が置かれている。その中にはまだ何かが入っているようだった。そしてファブレ家の玄関を誰にも聞こえないような小さな声でただいまなどと呟きながら堂々と入り込んでくるのは、ここにはいない家主の双子の兄しかいない。
ルークと猫ルークは一瞬のうちに目で会話した。即ち。
あの中にはアッシュの分の土産もあるのか。イエス。
「……?お前ら何してうおっ?!」
「アッシュ捕獲ー!」
「土産装着ー!」
部屋に入ってきたアッシュを猫ルークが飛びかかり羽交い絞めにして、すかさずルークが袋の中から取り出した土産をアッシュに向かって振りかぶった。普段はすぐに振り落としにかかるアッシュも突然の事に反応が出来ない。その隙にルークは見事、アッシュへの土産装着を完了させた。
呆然と佇むアッシュから離れて改めて眺めたルークと猫ルークはしばらく無言でじっと見つめ、互いに顔を合わせ、恨めしそうな目で再びアッシュを見て、声を揃えて、
「「ずりい……」」
呟いた。
アッシュに宛がわれたのは、かっこいいと有名な某海賊映画の主人公が巻いてる赤い布型の被り物だったのだ。決して可愛くて吹き出してしまうようなものではない。逆にかっこいい。それが二人には悔しかった。何故アッシュだけ可愛い系じゃないんだ!
「っ人に意味不明なものを被せて何だその言い草は!一体何の真似で……」
一回ルークと猫ルークのあまりの落胆の声に激昂したアッシュだったが、二人の頭の上を見て動きを止めた。まじまじと見比べて、しばらく考え込むように眉間に皺を寄せた後、僅かに吹き出してみせた。
あのアッシュが、吹き出すほどの威力だとは。猫ルークは愕然とした。まだ自分が一体どんなものを被っているのか分からないからこそ余計に気になるのだ。
「ちくしょう笑うなー!自分はいいもの貰ったくせにっ!」
「わ、笑ってねえ」
「笑ってんだろうが現在進行形で!」
「あのなー、これティアたちがお土産で……」
「だーっもう何で可愛い系なんだよ俺にもかっこいい系買ってこいっつーのー!」
ルークがプルプル震えるアッシュに説明している間に猫ルークはフードを取る事に成功し、思いっきり床に叩きつけてやった。その際フードの上についてるちょこんとした小さくて可愛い耳が見えてしまい、衝撃を受けた猫ルークは思わず外へと逃げ出してしまう。
トラウマは、まだしばらく直りそうにない。
猫と双子と被り物
08/01/17
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