この時期になると、何かと美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくる。特に大好物の魚の匂いがとても美味しそうなので、猫ルークは秋が割りと好きであった。ちょっと肌寒くなったりしてこれから訪れる冬を否応無しに感じてしまう部分もあるが、やっぱり食欲には勝てない。匂いが漂ってきても大体自分では食べられない匂いではあるのだが、獲物を想像するだけでも楽しいものなのだ。もちろん食べられるのが一番良いのだが。
「やあ、猫のルークじゃないか、散歩かい?」
耳をピクピク鼻をひくひくさせながら一人外を歩いていた猫ルークは背後から声をかけられた。聞いたことのある声に振り返ると、にこやかに笑いながらこちらに向かって手をあげる金髪の男がいた。顔なじみの隣のお兄さんである。
「よっ、主夫」
「……ちょっと待ってくれ、どうして主夫なんだ」
「アッシュがそう呼んでたぜ」
「そうか……アッシュか……いやちょっと自覚はあるけどな……」
微妙にダメージを受けたらしい主夫ことガイは、肩を落としながらもこちらへ歩いてきた。手にはビニール袋が提げられているので、おそらく買い物帰りだろう。どこかに寄ってから帰るのかもしれない。
「何だそれ」
「ん?ああこれか。いや、店のおばちゃんに貰っちゃってなあ」
気を取り直したガイは猫ルークの質問に袋を持ち上げながら答えた。そう言えばルークが「ガイはマダムキラー」とか何とか言っていたが、その戦利品なのかもしれない。本人に言うとまたへこまれそうなので黙っておく事にする。
中身を覗き込んでなにやら確認していたガイは、何かを掴んで袋から取り上げて、猫ルークへと押し付けてきた。
「そうだ、俺一人じゃどうせ食べきれないし、お前たちにやるよ」
「は?」
「ルークとアッシュと仲良く3人で食べるんだぞ」
それじゃ、と最初会った時と同じ無駄に爽やかな笑みを浮かべながらガイは去っていってしまった。その後姿を眺めながらしばらくポカンと立ち尽くす。そうして改めて腕の中の押し付けられた物体を見れば丸くてごつごつしたものが、三つ。
「芋?」
それはさつまいもだった。食べ応えのありそうなころころしたさつまいもが三つ。こんなものをタダでいくつか貰えるガイはきっとヒモでも生きていけるだろう、女性恐怖症が治れば。
猫ルークも芋は嫌いではなかった。だが再び歩き出しながらも、疑問に首をかしげる。
「俺は食うけど、人間もこのまま食えんのか?」
どうやら「焼いも」を知らないようだった。
それから「焼いも」を猫ルークが知るのは案外早かった。さつまいもを持ち帰った猫ルークを大喜びして出迎えたルークが、「焼いもしよう!」とさっそく張り切り始めたからだ。秋といったら焼いも。ルーク曰くこれは常識的な事らしい。向こうでアッシュがすごく呆れた目で眺めていたから、多分ルークにとっての常識なのだろう。
「焼くのか?このまま?」
「そう!さっそく近くの公園に行こうぜ、今なら落ち葉たっくさんあるだろうし」
「今から焼くのか、夕飯が入らなくなるぞ」
「だって今やりたいんだ!」
渋っていたアッシュもルークが強請ればすぐに腰を上げた。この辺無自覚の「ぶらこん」だよなあと前にフローリアンが教えてくれた事を(フローリアンは多分アニスに教わったのだろう)思い出しながら猫ルークは芋と何故か箒を持って公園へと向かう兄弟の後を追った。すぐそこにある小さな公園には、ルークの言ったとおりこんもりと落ち葉が散らばっていた。
「これをかき集めるぞー!」
「えー?!」
「………」
ルークの号令に異を唱えたのは猫ルークだけで、アッシュは無言で箒を手に取り辺りを掃き始めた。文句一つ言わないで掃除を始めたアッシュに猫ルークはびっくりする。何故いきなりまったく関係の無い場所を掃除しなければならないのか。手渡された箒を放り投げようとした所に、ルークから声をかけられる。
「これをたっくさん集めたら、すんげー美味しいもん食えるんだけどなー」
「……!」
ぱっと猫ルークは振り返った。ルークはにやにや笑いながら、それでも嘘はついていない目で猫ルークを見ている。ルークも、そしてアッシュも(多分猫ルーク自身も)さらりと嘘をつけない人間である。親しい間柄なら尚更。目を見れば嘘をついていないかなんて簡単に分かりますよ、と教えてくれたのは一番嘘を見抜くのが困難なジェイドだったか。その時は目の前の人物もあり本当かよと半信半疑であったが、少なくともここにいる赤髪たちには有効な手のようだった。
ルークの言葉が真実だと確信した猫ルークの尻尾が、期待にぱたりと揺れた。
「美味いもん……!」
「落ち葉集まったら、出来るんだけどなー」
「っ待ってろよ!」
ぱっと駆け出した猫ルークに、ルークはしめしめと笑った。でも嘘は言っていない。これから出来上がるほっくほくの焼いもに猫ルークが大満足する自信があるのだ。早く食べさせてやろうと、さっそく自分も動き出す。
「俺、落ち葉集めるの大得意なんだからな!」
「へえ、そうなのか?」
「肌寒い夜でも、落ち葉に埋もればあったかかったんだ」
「………」
箒をすでに放り投げて両手で落ち葉をかき集める猫ルークに、思わず視線を向けてしまう。脳裏に、凍える寒い空気の中、震える体に尻尾を巻きつけ、少しでも寒くならないようにぺたんと耳も下げて、物陰に隠れて木枯らしをやり過ごそうとする可哀想な猫ルークの姿が瞬時に再生される。思わずルークは駆け寄って、落ち葉を拾うために丸まっていた背中にダイブし思いっきり抱き締めていた。
「ふぎゃっ!ななななっいきなり何すんだよ!」
「いや、その……」
「阿呆が」
驚く猫ルークに、しかし上手く説明が出来ない。心底困りながら、しかしその腕を離す事なく視線を彷徨わせるルークにある程度落ち葉を集めたアッシュが呆れたため息を吐いた。ルークがどんな想像をしてこんな事をしたのかアッシュには手に取るように分かってしまった。つまりそれは、自分も同じ事を想像したからなのだが。
しかしそんな事は微塵も表に出さずに、ルークと猫ルークの襟首を掴んでベリッと剥がした。
「無駄に引っ付いてないで早くしろ。……火をつければ、寒くねえだろうが」
アッシュの言葉にルークが振り返る。おそらく自分と同じ事を考えたのだろうと見当をつけたルークはへにゃっと笑って、嬉しそうに頷いた。ただ猫ルークだけが疑問符を頭の上に飛ばしながらも、猫の習性によって襟首をつかまれたまま大人しくしていたのだった。
アルミホイルに包んでほっくほくに焼けた焼いもに、アチチと手で転がしながらも齧りついた猫ルークが、その衝撃にビビッと朱色の耳も尻尾も逆立てるのを2人は面白そうに眺めた。それはほぼ予想通りの反応で、半ば期待もしていた反応だった。猫ルークはこの時ようやく「焼いも」知る事が出来たのだった。
結局その日は夕飯が入らなかったのだが、たった一個の焼いもだったのに何故こんなに腹が満たされるのだろうとしきりに猫ルークが首をかしげていた。一緒に心も満たされたのだと、知るのはきっと遠い未来ではない。
猫と双子とほくほくおいも
07/10/18
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