「イオン!イオンー!やべーんだ聞いてくれよ!」
「どうしたんですか?ルーク」


ある日の昼下がり、のんびりと公園で日向ぼっこをしていたイオンは切羽詰った様子の猫ルークに突撃されていた。全力疾走でここまで駆けてきたのだろう、ぜーぜー肩で息をしている猫ルークをとりあえずイオンは傍のベンチに座らせて、その顔を覗き込んだ。


「まずは落ち着いて、深呼吸をして下さい。お話はそれからゆっくり聞きますから」
「っすーはー……。ってんな呑気な事言ってられねーんだよ!時間があんまり無いんだ!」


すぐに復活した猫ルークは、隣に腰掛けたイオンに縋る様な視線で問いかける。


「なあっ!誕生日プレゼントって、何やればいいんだ?!」


猫ルークの必死な様子にもっと大変な話題を予想していたイオンは思わず目をパチクリとさせてしまった。しかしすぐに思い当たる。猫ルークの慌てぶりの理由を悟ったイオンがにっこりと微笑むので、猫ルークは少々たじろいだ。


「な、何だよ!」
「明日は、人間のルークとアッシュの誕生日でしたね」
「そっそうなんだよ!だから大変なんだ!」
「そしてルークの誕生日ですね」


イオンの言葉に猫ルークの言葉が詰まった。そうなのだ、本当の誕生日が分からない猫ルークは飼い主の双子から一緒の誕生日を貰ったので、明日が双子の誕生日ならば、猫ルークの誕生日でもあるのだ。おめでとうございますは明日改めて言いますねとニコニコ笑うイオンに、猫ルークは顔を赤らめた。誕生日を祝われる事に慣れていないのだ。


「お、俺の事は置いてていーんだよ!今問題なのは、プレゼントだっつーの!」
「人間のルークとアッシュへの誕生日プレゼントですか?」
「そうなんだよ、この間からずっと考えてるんだけど、いいのが思い浮かばなくて……」


朱色の耳と尻尾をたらして猫ルークは俯いてしまう。悩んで悩んで、とうとう本番が目前の時になってどうしようもなくなってしまったようだ。イオンの元に飛んできたのはそのためだった。大体この公園が猫仲間の集まり場所なので、ここへ来れば相談に乗ってくれる誰かがいる。こういう相談に乗ってくれる友達がいるのはとても素晴らしい事だと猫ルークは常々思っているが、口に出したことは無い。


「あいつら、前々からこっそり少しずつ金を貯めてんだ。きっと何かプレゼント買うために決まってるんだ」
「だからルークも誕生日プレゼントを用意しようと思ったんですね」
「……貰いっぱなしなのは、嫌だろ」
「そうですね」


ぶすっとむくれる猫ルークに、イオンは微笑みながら頷いた。猫ルークの気持ちが、イオンには手に取るように分かったのだ。去年、双子と一緒の誕生日にして貰ったんだと、見ているこちらが幸せになりそうなとびきりの笑顔で話していた猫ルーク。前回最高の誕生日プレゼントを貰ってしまったので、そのお返しがしたくてたまらないのだ。


「何も思いつかないからさりげなく何が欲しいか聞いてみるけど「お前がお利口さんにしていれば十分!」とか言いやがるし!」
「ふふっそんな事を言われたんですか」
「あっイオン!てめえ今笑いやがっただろ!」
「すみません、思わず……。ああそうだ、ルーク。それなら他の方々に聞いてみるのはどうでしょうか」
「話をそらすな!……ん?他の人?」


思いがけない言葉に首を捻る猫ルーク。そんな様子を微笑ましく思いながらイオンは指を折ってみせる。


「お隣のガイ、向かいのジェイド、お友達のティアやナタリア、フローリアンの所のアニスもいますし、うちのシンクでもいいでしょう。二人への誕生日プレゼントには何が相応しいか、周りの人に聞いてみるのも一つの手ですよ」
「なーるほど、それもいいな。よっしゃさっそく行って来る!ありがとなイオン!」


ひょいと身軽にベンチから立ち上がった猫ルークはそのままいずこへと駆けていってしまった。それを見送ったイオンは、再びじっと目を閉じて日向ぼっこに戻る。しかし今度は、何かを待つように静かに、穏やかにそこに座っていた。




やがて日も大分傾いた頃、イオンの元へ再び駆け足の音が近づいてきた。それに目を開けると、目の前に一足早い夕焼け色が佇んでいる。その表情は、晴れた鮮やかな赤色と似合わずどんよりしたものだった。


「おかえりなさい、ルーク」
「……ただいまイオン」


きちんと挨拶を返した猫ルークは、尻尾をずるずると引き摺りながらイオンの隣に腰を下ろした。俯いたままちくしょーとブツブツ呟く猫ルークに、イオンはそっと話しかける。


「どうやら、いい成果は得られなかったようですね」
「そーなんだよ、ロクな意見出てこねーの。しまいにゃ自分がプレゼントになれっとリボン巻かれそうになったし」


尻尾が若干逆立っているのはその名残か。がっくりと肩を落とす猫ルークの頭をイオンは慰めるように優しく撫でた。気持ち良さそうに耳がピクピク動いているが、頭は相変わらず地面を見つめている。


「もうすぐ今日も終わっちまうし、どーすりゃいいんだ……」


はあと思いため息を吐いた猫ルークは、どん底に落ちる前にふと隣を見つめた。そこには柔らかい笑顔でこちらを労わるように見つめる瞳がある。ふわふわの緑の耳も尻尾も見ているだけで癒される。いや、そうではなくて。


「……そういえば、イオンにまだ聞いてなかったな!」
「僕ですか?」
「そーだっ!お前はルークとアッシュの誕生日プレゼント、何がいいと思う?」


最後の望みとばかりにじっと見つめてくる猫ルークに、しばらく考え込むように空を見上げたイオンは、ゆっくりと猫ルークへ視線を合わせてきた。その表情は、やっぱりこちらを包み込むかのように温かなものだった。


「ルークは去年の誕生日、どうでした?」
「へ?」
「初めての誕生日、一番何を貰って嬉しかったですか?」


イオンの言葉に猫ルークは思い出していた。3人で祝う3人の誕生日。美味しいものを沢山食べて、後でプレゼントも買ってもらえた。しかしそれよりも何よりも、嬉しいと感じた言葉がある。


『誕生日おめでとう!』


「形の無いプレゼントでも心が篭っていれば、かけがえの無い素晴らしいプレゼントになる事を、ルークは知っていますよね?」
「……ああ」


猫ルークは頷いた。イオンは変わらずニコニコと笑っている。


「ルークがこんなに一生懸命に誕生日プレゼントを悩んでいるこの事こそが、きっとお二人にとってとても嬉しいプレゼントだと思いますよ」
「……そんなの何のタメにもならねえじゃん」
「もし立場が逆だとしたら、ルークは嬉しくないんですか?」
「ううっ……」


何も反論が出来なくて、猫ルークは悔しそうにイオンを睨みつけた。しかし目の前の笑顔はまったくたじろぐ様子を見せない。ムガーッと頭をわしゃわしゃかきまぜた猫ルークは、まるで逃げるように立ち上がった。


「イオン!」
「はい」
「今度は負けねえからな!イオンの誕生日には、絶対に何かプレゼント考えてやるんだからな!」


覚えてろよ!とどこかの悪人の捨て台詞のような言葉を吐き出して、猫ルークは再び駆けていった。今度は帰ってくることが無いだろうと分かっていたイオンもずっと座っていたベンチから立ち上がる。だんだんと小さくなる背中を見つめる笑顔は、すごく嬉しそうに見えた。


「すごく、楽しみですね」


少なくとも自分の誕生日プレゼントのために猫ルークが一生懸命考えてくれる事は確定しているので、イオンはとても嬉しそうに尻尾を揺らした。きっと同じ誕生日であるフローリアンも今日の話をしたら飛び上がって喜ぶだろう。その前に自分はあの愛しい友人に明日は何をプレゼントしてあげようかと楽しそうに考えながら、イオンは家路へとついたのだった。




翌日、目を覚ますやいなや盛大に祝われる事となった双子のファブレ家での誕生日は、いつものやんちゃぶりを自粛する猫ルークの姿が見られた。どうかしたのか、主人に尋ねられた猫ルークは、そっと呟く。


「……俺が、お利口さんにしてれば、お前ら嬉しいんだろ」


精一杯考えた飼い猫からのプレゼントに、主人達が可愛さのあまりもみくちゃに撫で回したのは言うまでも無い。




   猫から双子へプレゼント

07/08/03