最近カレンダーを見ることを覚えた猫ルークが唐突にこう呟いた。


「そうだ、今日は空が美味そうになる日だな!」


すごく目を輝かせながらそんな事を言うので、ルークは思わず目を瞬かせて猫ルークを見た。うずうずうきうきといった感情が顔に表れている。よく見れば顔だけでなくて揺れ動く尻尾にも表れている。はて、空が美味そうになる日とは、一体どんな日なのだろうか。試しに窓から外を覗いてみたが、特に何も見出せない。横から覗き込んできた猫ルークがその時、ほら、と指を差した。


「あれだよ、あれ!でっかくて何匹も一緒にいてすげえ美味そう!」


活きも良いし!と笑顔で言ってくる猫ルークに、ルークもようやく納得する事ができた。猫ルークが指していたのは、こいのぼりの事だった。そう言えば今日はこどもの日である。魚と言えば猫ルークの大好物で、ルークの苦手な食べ物だ。大小の様々なこいのぼりが泳ぐ空をルークが眺めたって美味しそうに見える訳が無いのだ。


「お前なー、あれはこいのぼりっていって、本物の魚じゃないんだぞ?」
「それぐらい知ってるっつーの。1回食べた事あるけど全然味しなかったし」


食べた事があるのか。ルークは脱力した。しかし空を泳ぐ大きな魚が食べられない事を知っていても、猫ルークの瞳の輝きは曇る事がない。ぱたぱたと動く尻尾も元気なままだ。


「美味そうに見えるだけでもうきうきしてくるだろ?俺、この日が好きだ」
「……そっか」


始終嬉しそうに笑う猫ルークを眺めて、ルークも自然と笑みを浮かべていた。思えば野生で生きてきた事によって行事に疎い猫ルークが、唯一最初から自分で知っていた行事なのではないだろうか。喜びもひとしおだろう。そう考えるとルークも嬉しくなってきたのだ。
2人でにこにこ笑った後、ふと猫ルークが尋ねてきた。


「……で?あの魚はここには無いのか?」


ルークの笑顔が固まった。今しがた、この笑顔を壊したくないなあとしみじみ思っていたばかりだというのに。
そう、この家にはこいのぼりは置いてなかった。双子でアパート暮らしなものだからこいのぼりを飾り立てる場所も無いわけなのだが、それを言ったらきっとこの目の前で目を輝かせている猫ルークの表情は曇ってしまうだろう。あんなにこいのぼりを羨ましそうに見つめていたというのに。前日にでもせめて小さなおもちゃのこいのぼりを買ってくればよかったとルークは後悔していた。むしろ今から買ってくるか。
その時、玄関が開く音と、ただいまという聞きなれた声が届いてきた。どこかへ出かけていたアッシュが帰って来たようだ。


「あ、アッシュお帰り!」
「ああ」
「よっす。なあ土産は?どっか行ってたのに土産無しとかは無いよな?」


部屋へ入ってきたアッシュにさっそく猫ルークが纏わりついた。こいのぼりの話題が避けられた事に内心でルークはほっと息をつく。普段ならば「そんなものあるわけねえだろ屑が!」と猫ルークがアッシュに蹴られて終わるのだが、今日は違った。


「ん」
「へ?」


ずいっと目の前に差し出された袋に猫ルークがきょとんとする。本当に何かを貰えるとは思っていなかったのだろう。それでも土産をたかろうとするのはいっそ本能か。勢いで受け取った袋を猫ルークは慎重に覗き込んだ。中には、緑色の葉っぱにくるまれた白いものがいくつかはいっている。


「何だこれ?」
「柏餅だ。今日は端午の節句の日だからな」
「だんごのせっく?これ餅だろ?」
「……いいから食え」


説明を断念したアッシュがおざなりに手を振ると、猫ルークは嬉々として柏餅に齧り付いた。ご機嫌なその様子を眺めながらいそいそとアッシュの隣へ移動してきたルークがほっとした顔で微笑みかける。


「アッシュ助かったよー。ルークの奴こいのぼり好きみたいでさ、うちには無いから困ってたんだ」
「そんな事だろうと思った」


ふうとアッシュがため息をつきながらそう言うのでルークは驚いて目を丸くした。何故アッシュはさっきの状況を予測出来たのだろう。時々驚くほど本当に鋭い自分の双子の兄を尊敬の眼差しで見つめるルークに、再びアッシュは呆れたようにため息をついた。


「普段からあれだけがめつい奴だ、空の大量な魚に見惚れる事ぐらいすぐ予想がつくだろうが」
「そ、そっかー俺気付かなかった」


たははと頭をかいたルークは美味しそうに餅を頬張る猫ルークと仕様の無い奴だと鼻を鳴らすアッシュとを交互に見比べて、耐え切れずに微笑みを浮かべていた。何だかんだ言ってアッシュが猫ルークの事を気にかけてくれているのがまるで我が事のように嬉しかったのだ。
そんなルークに何を笑っているんだと頭を小突きながら、もうひとつ手に持っていた袋を掲げてみせてアッシュも笑う。


「あいつには飾り物の大きな魚より食べられる小さな魚の方がいいんだよ」
「そうだなっ」
「……あ?何だよ、何2人だけで俺のほう見て笑ってんだよー!」


今夜の夕飯は焼き魚だ。




   猫と双子とこいのぼり

07/05/05