花見をしよう!とルークは言った。それは出来ない、とアッシュが言った。
「何で!どーして!桜が綺麗に咲いてるのアッシュだって見ただろ!」
即答と言えるスピードで断った双子の兄へルークは詰め寄っていった。今日は日曜で、学校は無い。だからこそルークは花見をしようと誘ったのだ。学校の帰り道に生えている桜の木たちを眺めながら俺が花見をどれだけ楽しみにしていたのかアッシュには分かるのか、と問い詰めてくるルークに、アッシュは深いため息をついてとりあえず読んでいた本をその場に置いた。アッシュとて花見が嫌な訳ではない。桜色の花びらを満開に咲かせる様は誰が見たって綺麗だと思うし、それを眺めたルークは絶対に満面の笑みを浮かべるに決まっているのだから、むしろアッシュだって花とか笑顔とか見るために花見をしたい。しかしそれには少し問題があるのだった。
「時期が悪かったな。その辺の桜はもう葉がつきはじめている」
「うっ」
ルークが言葉に詰まった。周辺の桜たちの満開ピークは平日にもう過ぎていたのだ。不思議なものだが、葉っぱがつきはじめるとあの幻想的なほどの桜の花々がどこかくすんで見えたりしてしまう。ルークだって満開の桜の下で花見をしたかった。しょぼくれそうになる自分を叱咤したルークはめげずに顔を上げる。
「でも!ちょっと遠いけど大きい公園で今桜が満開なんだって!そこなら」
「花見をしようと他の奴もわんさか押し寄せているだろうな」
「うぐっ」
ルークの提案は再びアッシュに阻止された。花見会場というのは休日には絶対に人で埋まるのだから仕方が無いことなのだが、アッシュが人ごみの中を嫌っているのを知っているルークは無理に推し進める事が出来なかった。嫌な気分になりながら花見をしたって楽しくないのだ。しかし今見ごろの桜が咲いているところといったらそこしかなく……。
仕方が無い、せめてこっそり誰もいない休日の学校に侵入して葉っぱのついた桜を見にいかないかとルークが妥協した案を口に出そうとした時だった。言い合う双子の間に第三者の声が割り込んでいた。
「何だよ、お前らあのピンクの花が見たいのか?」
「へっ?」
ごろんと寝転がりながら退屈そうにこちらを眺めていた猫ルークだった。ルークが勢いよく頷くと、猫ルークは怪訝そうに首を傾げてみせる。
「今まで散々咲いてたじゃねーか、どうしてわざわざ改まって見に行くんだよ」
猫には花見という概念が無いのだ。花見会場に紛れ込むとごはんのお零れに預かる事が出来たので、元野良猫の猫ルークにとっては「ぎゃーぎゃーうるさいけどちょっぴりいい日」としか認識されていない。それにルークはとんでもない!と首を振った。
「皆で集まって綺麗な桜を見ながら美味しいもの食べて楽しくやるのがいいんだよ!」
「はーん。そんなもんか……ん?美味いもの食うのか?!」
食べ物の話に反応した猫ルークは素早く身を起こした。目が輝いている。絵に描いたような花より団子だなとアッシュが傍から思っている間に、ルークはもちろんと頷き返していた。
「実は弁当もこっそり作ってたんだ!いかなかったらそのまま夕飯にでもしようかと思って……」
「お前な……ちゃんと計画を立ててから実行しろ」
「だってー」
頭をかくルークと呆れた様子のアッシュ。そこに猫ルークが元気よく飛び込んできた。
「よっし!俺にまかせろ!」
「「は?」」
「その美味い弁当持ってすぐいくぞ!早くしろよ!」
今までゴロゴロしていたのに急に立ち上がって手招きしてくる。美味しいものの成せる技か。ルークとアッシュは顔を見合わせながらも、とりあえず猫ルークに続くために腰を上げたのだった。
双子が連れられたのは、うっかり入り込みそうにも無いひたすら狭い路地裏だった。まるで迷路だ。
「おーいルークー、どこまで行くんだよー」
「まさか迷ってるんじゃねえだろうな……」
「俺を舐めんなよ。ここはもう庭みたいなもんだぜ」
振り返って得意げに笑う猫ルークの足取りは確かに迷いのないものだった。この先には一体何が待っているのだろうとワクワクしながらその後をルークが、本当は若干面倒くさいが2人だけで行かせられないと渋々アッシュもついていく。どう見たって花見会場に向かうような道ではないのが不安で仕方が無い。
「おい……」
「ついたぞ、ここだ!」
たまりかねて口を開こうとしたアッシュの声に被って猫ルークが叫んだ。前方を指差している。目の前には路地の出口があった。はっと前を見た2人が路地を抜けた先に見たものは、視界一杯の桜色だった。
四方を無機質の壁にはさまれた決して広くは無い空間に、一本だけ、満開の桜が咲いていたのだ。
「これは……」
「ど、どうしてこんな所に一本だけ咲いてるんだよ?」
「知らねえ。でもこの前偶然ここ見つけたんだ。今の所俺しか知らねえの」
まだ誰にも教えたことはないんだぞ、と少し照れたように言う猫ルークに、たまらなくなってルークが飛びついた。驚きにぶわっと逆立った尻尾は、すぐにふらふらとご機嫌に揺れた。くっつくと極度に恥ずかしがる猫ルークだが、決して引っ付かれるのが嫌いなわけではないのだ。
「ありがとうルーク!最高だよ!」
「や、別に……本当に偶然見つけただけで……」
「それでもお前の手柄だ。他に誰もいない、花見にはうってつけの場所だな」
アッシュまでが満足そうにそう言って頭に触れてくるので、とうとう猫ルークは顔を真っ赤にして俯いてしまった。耳は恥ずかしそうにぺたりと伏せられていたが、尻尾だけが今の猫ルークの気持ちを代弁するかのように気持ち良さそうに揺れている。
「さっ!花見、しようか!」
「ああ」
「そうだっ美味いものー!」
「お前っ……さっそく弁当にしがみつくな!そんなにがっついてると普段食わせてないみたいじゃねえか!」
「俺は美味いものならいつでも何だって入るんだよ!だから早く寄越せ!」
「おーい花見なんだから少しは花も見ろよ2人ともー」
1つだけ、忘れ去られたように咲き乱れる桜の木の下。いつもは寂しいその空間に、今日は生き生きとした焔色の花も3つほど、うるさいぐらいに騒がしく咲いていた。
やれやれこれではどちらが"花見"をさせてもらっているのか分からないな、と桜の木が内心呟いていたのかは、定かではない。
猫と双子と桜の木
07/04/11
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