「はい、ルーク」


家でゴロゴロしていると唐突に四角い入れ物を手渡されたので、猫ルークは首を傾げた。普段は見ない珍しい箱だ。中には落花生がたくさん入っていた。食べてもいいのかなと手を伸ばしてみたが、すぐにルークに止められた。


「知ってるか?節分!今から豆まきするぞ!」
「あー、今日は豆まきの日か!」
「お、知ってたのか?」
「道に豆が落ちてるから次の日食い物に困らなくて良い日だよなっ!」
「………」


悲しき野良猫の日常を垣間見たルークがそっと目頭を押さえるが猫ルークは気付かないまま手元の箱の中をご機嫌に眺めている。まさか、自分がこの豆を投げる日が来るとは思わなかった。そこで猫ルークは立ち直ったルークを振り返った。ルークも猫ルークと同じような箱を持っている。


「ところでなんで豆まくんだよ。もったいねえ」
「これな、『鬼は外、福は内』って言いながら投げるんだ。豆投げてうちのなかにいる悪い鬼を追い出すんだぜ」
「ふーん」


何で豆なんかで鬼が追い出せるんだと猫ルークは思ったが口には出さなかった。多分ルークも知らないだろう。人間の世界にはこういう訳の分からない風習が沢山あるのだ。まいた後の豆が食べられるのだと知っているだけで十分だった。その時、どすどすと部屋の中に乱入してきた赤い物体が目の前に現れた。


「おい、そろそろ始めるぞ」
「ぶっ!」


思わず吹き出した猫ルークの頭をすかさず叩いたのは赤い物体の正体アッシュだった。その赤くて長い髪のせいでとっさに赤い物体に見えたのだが、今日のアッシュには赤い部分が他にもあった。猫ルークの吹き出した原因である。
いつも屑が屑がと怒ってる飼い主がいきなり赤鬼のお面を被って現れたら、自分じゃなくても吹き出すだろうと猫ルークは思う。


「ってーな!んな間抜けた格好してる方が悪いだろ!」
「ううっうるせえ!これは不可抗力だ!」
「俺とアッシュ、毎年鬼の役交代でしてるんだ、今年はアッシュの番!」


お面の向こうで顔を赤くしているのだろうアッシュを見ながらにこにこルークが答える。2人で毎年豆まきをしていたらしい。相変わらずこのファブレ家の双子は年中行事を大事にしている。ルークはともかくあのアッシュもお面を被ってまで参加しているのだ、実はこれってすごく貴重な場面なのではないかと猫ルークが考えたほどだ。


「今年は豆まくのが2人いるから豆まきのやりがいがあるなー」
「ふん……さっさと終わらせるぞ」
「よっし、福は内ー」


まずはルークが部屋の中に豆をばら撒いた。猫ルークはとっさに拾おうとする己の手を頑張って押さえる。拾うのは全部撒き終わってからだ。その後にやりと笑ったルークとアッシュの鬼のお面が向き合う。猫ルークにはその時、2人の間に火花が散ったのが見えた。


「鬼は外ー!」
「させるか!」


ルークが手加減無しに投げつけてきた豆をアッシュが手加減無しに叩き落す。猫ルークはびっくりして一歩後ずさった。猫ルークも昔外で豆まきをしている別な人間をいくつか見た事があるが、豆まきってこんなに危険なものだったか?


「鬼は外!いでっ!くそー鬼は外ー!ほらルークも鬼を追い出すぞ!」
「は?あ、えっと、お、鬼は外ー!」
「くっ、2人相手でも負けるかっ!」


打ち返されてきた豆が当たってきて痛かったが、ルークにもアッシュにも負けぬよう猫ルークも必死に豆を投げた。追い込んだり逆に追い込まれたりしながら部屋の中を縦横無尽に豆が駆け巡る。いくつか豆を踏んでしまったような気もするが、気にしている暇なんて無かった。やがて箱の中の豆は全部無くなってしまったが、鬼は部屋の中で立っている。鬼はそれを見てガッツポーズをとった。


「よし、今年も勝ったぞ」
「は?」
「あー負けた!俺去年鬼で負けたのにー!」


対照的にルークは悔しそうだった。鬼のお面をようやく外したアッシュの表情は非常に晴れやかだ。豆まきって鬼を追い出すものじゃなかったのか、と猫ルークは困惑の表情で2人を眺める。


「こ、これで終わりか?」
「うん、アッシュの勝ちで」
「鬼、追い出すんじゃねーの?」
「豆に負けて外に追い出されたら、鬼の負けだ」
「や、勝ち負けじゃなくて」


猫ルークは自分の頭の中の豆まきと全然違う結末にうんうん唸った。豆まきとは鬼を追い出し福を呼び込む事だと理解しているはずなのに、双子の豆まきはただの勝負事になっているようだ。この2人らしいといえばらしい。
やり遂げたいい顔で笑う2人を見ていると、まあこんな豆まきもありかなと猫ルークも思えてきた。とにかく豆が食べられさえすればそれでいいのだ。


「じゃ、豆拾って食べよっか」
「ちっお前らこんなに踏んでんじゃねーよ、掃除が大変だろうが」
「捨てんのかもったいねえ。俺が食う!」
「「やめなさい」」


その後豆は歳の数だけ食えとアッシュに豆を取り上げられた猫ルークが暴れだし、豆まき第二回戦が繰り広げられる事になったとか。
食べ物の恨みは人も猫も鬼にさせる事が出来るようだ。




   猫と双子と豆まき合戦

07/02/03