いくら部屋の中やコタツの中が温かいからといって引きこもっていても、それでは体が鈍ってしまう。それはとてもいけないので、猫ルークは毎日自主的に散歩をしていた。例えいくら寒くてもこれだけは欠かす事はなかった。ただ例外的に非常に寒い日とかは仕方が無いと言って休んだりもしているが(そんな中に運動しろと追い出すアッシュはひどいと思う)。今はもうすぐ日も暮れるだろう時間帯。冷え込み始めた空気の中そろそろ家に帰ろうかと帰り道に足を向けた猫ルークに、その時声がかけられた。


「おーいルーク!ちょうどよかった!」


猫ルークが振り返ると、そこには満面の笑みでこちらに手を振る飼い主の姿があった。手にはスーパーの袋が結構な量ぶら下がっていた。買い物帰りらしい。これは荷物を持たされるな、と感づいた猫ルークは、そそくさと逃げようとした。


「あっこら逃げるなよ」
「ふぎゃっ!尻尾掴むな!」


朱色の長い尻尾を掴まれて仕方なく猫ルークは足を止めた。お手伝いさんを見つけてご機嫌ににこりと笑った双子の片割れルークは、予想通りいくつかの袋を押し付けてくる。


「今から帰るところだろ?これ持ってくれよ」
「なーんでペットの俺が荷物もちしなきゃいけねーんだよ」
「いつもはペット扱いしたら怒るくせにこういう時だけ持ち出すんだもんなあ」


むっと頬を膨らませるルークに、猫ルークは仕方無さそうにため息をつきながら袋を受け取った。とたんにむくれていた表情が笑顔になる。その笑顔がとても眩しかったので、猫ルークは照れ隠しにさっと顔を背け、袋をぐるんぐるんと振り回した。


「おっし帰るぞー。寒くなってきたしな」
「うわわっちょっとルークやめろよ!中身が出たらどうするんだよー!」


慌てて飛びついてくるルークからするりと逃げ駆け出す猫ルーク。べっと舌を出してみれば挑発されたと確信したルークがダッシュで追いかけてくる。赤毛2人のかけっこ競争は、ゴールのアパートまで全力疾走で続いた。





「お前らは阿呆か」


息を切らせて玄関にへたり込むルーク2人(1人と1匹)に、出迎えたアッシュは呆れたため息を吐いた。2人で中へ飛び込んできた時は一体どうしたのかと驚いたのだが、理由を聞いてみればくだらない事でしかなかった。耳をぺたりと伏せた猫ルークがそれでも腕を振り上げて袋をアッシュへ投げつけた。


「うるせーどんな勝負でも負けられねーんだよ!ほらよ!」
「こらっ乱暴に扱うなって言っただろ!」


何とか立ち上がったルークが猫ルークを叱ってみせたが、猫ルークはそっぽを向くだけだった。袋の中身を確認したアッシュは、猫ルークの頭を小突いてから台所へと戻る。


「いいから早く中に入れお前ら。そのままだと風邪を引くだろう」
「はーい」
「へーい」


ルークに腕を引っ張られて部屋の中に戻った猫ルークはそのまま倒れこんだ。別に心底疲れたわけじゃなく、温かい部屋の中に安心したからだった。ごろごろと転がりながら喉もごろごろ鳴らす猫ルークの様子に笑ってみせたルークは、すぐにアッシュの後を追って台所へ向かった。今夜の支度をしなければならないからだ。



猫ルークが思う存分ごろごろしている間に外は夕方から夜になっていた。そして気がつけばテーブルの上に夕飯が並んでいたので、猫ルークはお椀の中を覗いてみた。中にはなにやら汁に使った灰色の細長い麺が漬かっている。


「何だこれ」
「ソバだよ。年越しソバ。大晦日には絶対食べなきゃいけないんだぞ」


猫ルークが首をかしげているところにちょうどルークがやってきた。その説明を聞いても、猫ルークはよく分からなかった。


「おおみそかって何だ?」
「ええーそこからかよ。大晦日はえーっと……一年の終わりの日だ」


はーんと猫ルークは適当に頷いた。意味は分かったが、猫ルークには一年の終わりというものが特別意味のある日だとは思えなかった。暦とは関係の無い野良生活には、一年の区切りというものが必要なかったのだ。
何にせよソバとはとても美味しそうなものだったので、猫ルークはそれだけでよかった。


「どれ、俺がちょっと味見を」
「つまみ食いは止めろといつも言ってるだろうが屑がっ!」
「いでーっ!」


少し手を伸ばしただけなのにいつの間に背後にいたのかアッシュの拳骨が飛んできた。アッシュはこういう事に本当に厳しい。耳と尻尾をふるふる振るわせて蹲る猫ルークにアッシュは自業自得だとあっさり踵を返してしまった。ルークはもう少し待っててくれなと頭を撫でてくれた。その優しい手に癒されながら、今度奴のクラスメートに双子揃ってペアルックを着ていることをばらしてやる、と、色違いのエプロンを身に纏うアッシュとルークを見やって猫ルークは決意するのだった。ルークはとばっちりだが、色違いを着る方が悪い。




準備も終わり3人で仲良くソバを食べた大分後、猫ルークはハテと首をかしげていた。いつもならこの2人は比較的早く寝てしまうのだが、もうすぐ日付も変わる時間だというのにアッシュもルークも起きたままであった。双子に付き合って猫ルークもまだ起きたままつまらないテレビを眺めている。何だか聞くタイミングも失って、猫ルークは疑問に思いながらもそのまま起きているしかなかった。


「……年明けには、年明けの挨拶をするんだ」


唐突に声が聞こえて猫ルークは転がっていた体を起き上がらせた。そこにはやはりつまらなさそうにテレビを見ているアッシュがいた。そして見つめてくる猫ルークに視線を送って、再び口を開く。


「年が明けた瞬間にその挨拶をするために俺たちは起きてるんだ」


猫ルークは一瞬ぽかんとしてしまった。アッシュには人の心を読む能力があるのだろうか。知りたい事を思いがけないタイミングで教えてもらって、猫ルークはとりあえずこくこくと頷いた。そこにルークののんびりとした声が降ってくる。


「お、もうすぐ今年が終わるなー」


テレビではカウントダウンが始まっていた。テレビの中の沢山の人々が希望に満ち溢れた瞳で数を数えていく。数はドンドン小さくなっていく。0になったら今年が終わり、来年が始まるのだ。猫ルークは急にそわそわしてきた。何だか落ち着かない。カウントダウンは街中で人々がやっているのを見たことがあったが、あの時はこんなに心は躍らなかった。何故だろう。


「20、19、18……」


ルークが声に出し始めた。猫ルークが一緒に声を揃えて共に数え、アッシュが黙ってそれを聞く。ファブレ家の今年は静かに終わろうとしていた。


「10、9、8……」


いよいよ、という時に猫ルークは肝心な事を聞くのを忘れていた事を思い出した。そこで慌てて2人に尋ねる。


「6、5、4……」
「なあ、年明けの挨拶って何て言えばいいんだ?」


するとアッシュもルークも微笑を浮かべた。猫ルークが戸惑っている間にもカウントダウンは止まってくれない。


「3、2、1……」


ルークが数を数え終わる。その瞬間、テレビの中では歓声と光と紙ふぶきが舞い、外ではドドンと大きな音で花火が鳴った。部屋の中では、アッシュとルークが声を揃えて猫ルークへこう言った。


「「あけましておめでとう」」


あっけにとられた猫ルークは、すぐにムッとして怒鳴り散らした。


「ずりーずりー!俺知らないっつってんのに2人で先に挨拶しやがって!」
「だから今教えてやっただろー?」
「挨拶には挨拶を返すと教えなかったか?」


2人にそう言われて癪だったが、猫ルークはめいいっぱい大きな声で言ってやった。


「あけましておめでとうよ!」
「ん、今年もよろしくな!」
「今年こそはもう少し大人しくなれよ」


アッシュとルークは今年は何をしようかどんな年にしようか楽しそうに話し始めた。猫ルークは不機嫌そうにそっぽを向いていたが、2人は何も言わなかった。猫ルークの仕草が本当に不機嫌ではなく、ただの照れ隠しだと知っているからだ。双子がそう分かっていてあえて何も言わないのが猫ルークにも分かっていたので、内心毒づいた。

とんでもない、俺はものすごく不機嫌なんだ。だって2人揃ってあんなに簡単に「今年も」とか「今年こそ」とか言いやがる。それはつまり今年中ずっと猫ルークと一緒にいるという意味で、猫ルークにはそんな傲慢なほどの自信は持てないのだ。別れとは出会いと一緒で唐突にやってくる事を知っている猫ルークは、だからこそ簡単に今年の別れが無いことを口にする双子に不機嫌なのだ。

だがしかし猫ルークは知らない。その顔がいくら不機嫌そうでも、コタツから出ている尻尾がぱたりぱたりと嬉しそうに何かを期待するように揺れていて、それを双子が微笑ましそうに眺めている事を。
落胆するように寂しそうな背中に双子が絶対にこの寂しい猫を手放さないと、とっくの昔に固く誓っている事を。


今年もよろしく、ルーク。




   猫と双子と大晦日

07/01/01