「へえ、もう来たの。案外早かったね」


とっさに駆け出そうとしたアッシュの足を止めたのはこちらを小ばかにしたようなその声だった。アッシュが装置の前方をギッと睨みつけると、そこには仮面をつけた小柄な少年が立っている。六神将の1人、烈風のシンクだ。


「シンク!何でてめえがここにいるんだ!ルークに何してやがる!」
「それはこっちの台詞だけどね、神託の盾騎士団特務師団長さん」
「ぐっ……」
「まあいいけど。特に何もしちゃいないよ。ただディストの馬鹿が色々調べてただけさ」
「やはりディストが絡んでいますか」


大分落ち着きを取り戻したジェイドが眼鏡を押し上げながら言った。アッシュは最早シンクに目もくれずにルークの元へと駆ける。装置に寝かされたルークは緑色の光に包まれながら何やら苦しい表情でうなされているようだった。


「おい、ルーク!大丈夫か!」
「う……アッシュ?」


呼びかければうっすらと目を開いたが、どうやら起き上がれないようだ。その時、圧力をかけていた緑の光がふいに消えていった。装置へと駆け寄ったジェイドがどうやら止めてくれたようだった。ルークはくらくらする頭を抑えながら上半身を起こす。


「いたたた……頭痛い……」
「さっきの光のせいか?!それともあいつらに何かされたのか?!」
「アッシュ落ち着けって、多分あれのせいだろ」


遅れて駆けつけたシロがアッシュの肩を叩きながらルークの背後を指差した。アッシュはそちらへと視線を向けて、脱力しそうになった。ルークの長い髪は、今は三つ編みされている状態だったのだ。すごく心当たりのあるアッシュは納得と同時にため息をついた。


「アリエッタか……」
「髪いじられすぎて頭痛が……。あれ、何でアッシュアリエッタだって分かるんだ?」
「アッシュも被害者だったんだよ。それにしても相変わらず三つ編み好きなんだなー、あー俺髪短くしててよかった」


あははと呑気に笑うシロをアッシュは思わず睨みつけた。三つ編みされまくると髪が引っ張られて頭が痛くなるのだ、これは経験者にしか分からない。そういえばそのアリエッタはどこへ行ったのだろう。


「あーそうだ、そこの鮮血馬鹿にディストから伝言があったんだ」
「だっ誰が鮮血馬鹿だ!」


怒鳴るアッシュに気圧される事無くシンクは笑いながら言った。


「調べるついでにそいつの同調フォンスロット開いてやったから、ってさ」
「「?!」」


その言葉にアッシュと、シロとクロが驚いた。つまりアッシュとルークの回線が繋がる様になったという事だ。しかし頼んでもいないのに何故ディストはそんな事をしてくれたのか。シンクはどこか呆れたようなため息をついた。


「前にあんたが開いてみたいなー的な事を呟いてたの聞いてたんだとさ」
「なっ……。しかしそれで何故」
「何回か食堂で一緒に食べてくれた礼だとか」


前々から思っていたがディストもいちいち律儀な奴だ。シロは心の中で呆れた。それに食堂で一緒に食べた、というか偶然隣の席になった事があるぐらいだと思うのだが。アッシュもよりによってディストの前でそんな事呟かなくてもいいのに。用件を言い終えたシンクは用は済んだとばかりに踵を返す。


「今日は特に指令もないし、僕はこれで。後は勝手にやってよね」
「まっ待て!」


静止をかけてもシンクは止まらなかった。一瞬ちらりとイオンの方を見たような気がしたが、烈風の名に違わずすぐに風のようにどこかへと消えてしまう。悔しさに歯軋りしている間に装置から何とか立ち上がったルークが不思議そうな顔で尋ねてきた。


「なあ、フォンスロットを開けたとか何とか、どういう事だ?」
「そっそれは……」


言い辛そうに口ごもるアッシュ。シロは説明できるだけの知識を持っていないのでそっと視線を外した。その様子を見ていたクロが仕方が無いとばかりにルークの前へと進み出る。


「お前がアッシュと完全同位体だって話は、前にしたな」
「う、うん」
「同位体同士はフォンスロットを同調させる事によって離れた場所にいても会話できたりするんだ」
「……つまり、アッシュと俺は、遠い所にいても話せるのか?」
「それだけじゃないが、まあ、そういう事だ。おそらくお前からは繋げないだろうが」
「そっか……」


頷くルークを見ていたシロは何故か目を見開きひどく驚いた様子で口を開いた。


「すっごいな、今のややこしい説明で理解できたのか?!あいたっ」
「俺が基本的な事を教えているし、お前が馬鹿なだけだ」


クロに頭を小突かれてシロはむくれてみせる。確かに何も知らない馬鹿だったがそれでも悔しいものは悔しいのだ。その間にアッシュはどこか戸惑いながらもルークに話し掛けた。


「……た、試しに回線を繋いでみてもいいか?」
「え?あ、いいよ」


あっさり頷くルーク。ちょっと痛いから気をつけろよーとかシロが呼びかけているのを見ながらアッシュは1つ深呼吸をして、初めての回線を繋げてみた。フォンスロットを開いて、奥底で繋がっているはずの半身へと手を伸ばす。カチリ、ととっさに繋がったと感じた瞬間、


「「いてっ」」


その声は二重に聞こえた。アッシュは怪訝な顔を上げてみる。そこには同じように眉を寄せたクロと、痛そうに頭を抑えるルークと、同じように頭を抑えるシロの姿があった。
……ん?


「あれ?」


シロが汗を流しながらルークを見てアッシュを見て、クロを見た。少し考え込むそぶりを見せたクロは、この「世界」に来てから一度も繋いでみせた事がなかった回線を自分も繋いでみせる。すると、


「「あいたっ」」


やはり声は二重に聞こえた。赤毛4人はあっけにとられた顔を互いに見合わせた。


「おいどういう事だ、何で4人全員が繋がってやがるんだ!」
「ちっ、ディストの野郎がしくじったか。いやこれはローレライの陰謀だな屑が!」
「ぎゃあっ!」
「おおおお前らそのまま喋んなー!声と痛みが二重になってこっちに来るんだっつーの!」


慌てた様子で怒鳴るアッシュ、思わず空を睨みつけるクロ、初めての痛みに転げるルーク、頭を抑えながら涙目で叱るシロ。当人達はものすごく必死なのだが、傍から見たら微笑ましいような仲良さそうな光景なのだった。


「ルークたちは本当に皆さん仲がよろしいですね」
「仲良すぎてうっとおしいほどですよぅ」
(……可愛い)
「こちらとしては早く先へ進みたいんですがねえ」
「声が、声が交わせるなんてううう羨ましすぎるじゃないかごはっ!」


騒ぎ出すどっかの使用人をとりあえず黙らせた仲間達は数十分後落ち着きを取り戻す赤毛たちをひたすら待っていたという。結局コーラル城を抜け出す事が出来たのはその後で、その間カイツール軍港ではひたすら何かを待つように海を見ながらたそがれる髭の男が見かけられたそうな。





   もうひとつの結末 8

06/09/17