静寂の付きまとうほとんど廃墟と化したかつての別荘、コーラル城は、今日は珍しく騒がしさに包まれていた。騒がしさの中心は正確に言えば、城の地下になるのだが。


「シンク邪魔しないで!今いいところなの!」
「もう何回目だよ三つ編み!いい加減にしないとディストの馬鹿の作業も進まないだろ!」
「馬鹿とは何です馬鹿とは!」
「だって、だって、三つ編み、久しぶりなんだもん……」
「なっ何で泣くのさ!くだらない事に熱中しちゃって馬鹿じゃないの?!」
「くだらなくなんかないもんシンクのバカバカバカー!」
「……っ!」
「分かりました分かりましたから三つ編みしながらでいいですからじっとしてて下さい!正確なデータが取れないじゃないですか!」
「元はといえばあんたが言い出した戯言がこんな馬鹿馬鹿しい事になってるんだからな!」
「戯言ではありません!これは私が何年も研究してきた極めて重要かつ素晴らしいテーマとサンプルであって云々!」


大きくて不気味な装置の前で某六神将の3人が何やらもめにもめている。その目の前にいるのは、さっきから髪をいじられ喧嘩に巻き込まれ頭痛までしてきた とても可哀想な赤毛の少年だった。


「……誰か助けて……」


ルークの心からの呟きは、コーラル城の地下からかなり切実に流れていった。





「……!今ルークが助けを求める声が聞こえたような気がする」
「えっ回線繋がったの?」


一方、カイツール軍港への道から外れ、コーラル城へと向かっていた一行の中、アッシュがいきなりそう呟いたのでシロはちょっとびっくりした。しかしアッシュは不可解に眉をひそめながら首を横に振った。


「いや、聞こえたというより感じた……。くっ、きっとこれは予感だ、アリエッタめ、何もするなと言ったってのに」
「あいつが命の危機に陥るような何かをするようには思えんがな」


怒りにギリギリと歯を噛み締めるアッシュの背後でクロがため息をつく。シロもアリエッタがそういう事をするとは思えないし、アッシュだってそれを分かっているはずなのだが、きっと今は怒りばかりが先走ってその考えに至らないのだろう。単細胞というか何というか。自分の事は棚に上げてシロも心の中でこっそりとため息をついた。その時、後ろから小柄な体が横をすり抜け、前方を指差しながら嬉々として叫んだ。


「あっ、あれが別荘ですかぁ?大きーい!ちょっとボロいけど!」


アニスの言葉に改めて顔を上げると、海の傍に建つコーラル城がはっきりと見えた。シロは胸の中がざわつく思いがした。シロは、"レプリカルーク"はあそこから始まったのだ。その思いに一瞬だけ足を止めれば、背後から頭をわしづかみされた。


「ぎゃっ!」
「止まるな。さっさと歩け屑」


強引にシロの頭を撫でてその手は先へと行ってしまった。自分より大きい恨めしい背中を上目遣いで睨みつける。しかしそれだけでシロは再び歩き始めた。あの不器用な手が一瞬でも止まってしまった自分の背中を後押ししてくれた事を知っていたからだ。そっと自分の頭に触れてみて、こっそり笑ったシロは、背後でどこか悔しそうにハンケチを噛み締めていた金髪の男には当然気付いていなかった。


「いやー関係ないのに妬けそうなぐらい無自覚に空気の甘い傍迷惑なバカップルですねー」
「あれが将来のルークだと思うと俺はっ俺は居た堪れなくて思わずアッシュに後ろから斬りかかりたいぐらいだっ……!」
「やめなさいガイ、多分無駄よ」
「お2人は本当に仲がよろしいんですね」


後ろから仲間達が微笑ましく(一部憎悪に燃えながら)見守っている事を、赤毛たちの誰も気付いていない。





「ルークっ!」


バシンと扉を破壊しそうな勢いで開いてみせたアッシュはずかずかと躊躇いも無くコーラル城の中へ入っていった。一体いつからどうしてこんなにルークルーク言うようになったのだろうとシロはその後ろから思っていたりする。嫌うよりは好いている方が断然良いに違いないのだが、「自分」の時のアッシュを思い出すとどうしてもどこか信じられない。とりあえずほっとくと1人でどこかへ行こうとするアッシュにシロは慌てて声をかけた。


「アッシュ、多分だけど、そっちじゃない」
「あ?場所が分かるのか?」
「これは予想だけどな」


状況が違うのだからルークが今どこにいるか確証は無いが、多分あそこだろうとシロが見当をつけて口を開こうとしたとき、聞き間違える事のない声が複数、足元から聞こえてきた。


「やだっまだする!シンクなんで邪魔するの!」
「邪魔してるのはアリエッタの方だろ!」
「キーッ2人とも邪魔なんですよ!」
「たすけてー」


シロは思わず目を覆った。最後の助けを呼ぶ声なんて、心底疲れ果てたような声で棒読みだった。


「随分と不快な声が混じった騒音が地下から聞こえてくるようですねぇ」
「アリエッタの他にディスト、シンクか……」
「えーっ六神将が3人?ちょっとマジヤバなんじゃないですかー?」
「ふん、問題ない。こっちだ」


不安が訪れる仲間達へこともなげに言ってのけたクロは真っ直ぐ地下への隠し通路があるはずの部屋へと向かった。その後に皆が続く。仕掛けはどうするんだろうとシロが考えていると、急ぎ足で皆を追い越したアッシュが怪しい扉の前に立ち、


「岩斬滅砕陣!」


技の効果も無視した飛び蹴りを放って扉を勝ち割ってみせた。(※岩斬滅砕陣は剣を地面に叩きつけて吹き上げる力で敵にダメージを与える技です。決して岩をも粉砕するような飛び蹴りを放つことではありません)


「アッシュー?!せめて技だけは原作無視するなよ?!」
「聞こえてないわね」


叫ぶシロの後ろからティアが呆れたような声を出した。実際呆れているのだろう。アッシュはその勢いのまま転がるように地下へと駆けて行ったので、皆は慌ててその後を追った。むき出しの岩の壁を見ながら階段を下りれば、そこには緑の光を放つ巨大な装置があった。


「これは……!」


その装置が何を生み出すものであるかを知っているジェイドが息を呑む。しかしシロはジェイドとは別な事で絶句した。その装置は今現在進行形で起動していて、その中には見慣れた赤髪が横たわっていたのだ。それに気付いたアッシュが、目を見開いて叫んだ。


「ルークッ!」





   もうひとつの結末 7

06/09/16