もうひとつの結末










あの激しい戦いから何年経っただろう。長いようで短かった、とルークは改めて考えていた。自分の書いた日記を読んでいたのだ。部屋の掃除をしていたら転がり出てきて、ついつい読みふけってしまっていた。いかんいかんと長い髪を結んだままの頭を掻きながら時計を見てみる。そして驚いた。


「やっべ、もうこんな時間かよ!アッシュがもう帰ってくるし!」


部屋の中は掃除の途中で荒れたままだ。やばい早くしなきゃと慌てて動き出そうとしたルークの耳に、ノックの音が飛び込んでくる。今はまだ駄目だ、という前に扉は開いてしまった。ここはルークの部屋だ、しかし同時にアッシュの部屋でもあるので、部屋の主が遠慮なく扉をあけてくるのは仕方の無い事で。


「ただいま……ってルーク、てめえこれは一体なんだ!」
「うわーっごめんアッシュおかえり!今日はすげえ良い天気だし、溜まってた書類も全部片付いたから、良い機会だから掃除でもしようかと思って……」
「それでこの惨状か……ったく」


呆れたため息を吐きながらもアッシュはルークを怒らなかった。所詮この男はいつまで経ってもルークに甘いのである。その辺に転がっているものを脇に避けながら、アッシュはルークに近寄った。


「そもそも、こういう事はメイドや使用人に任せておけばいいだろうが」
「や、だって自分の部屋は自分で掃除したいじゃん。ほら、旅の時の荷物とかしまったままだし」
「ああ、そうだな……何か色々思い出して、処分出来ねえんだよな……」
「そうそう!そうなんだよ!今もちょっと日記を読んじゃっててさあ」


ひらひらとかざされる分厚い冊子に、アッシュの目が光る。


「ほう?それは興味深いな。読ませてみろ」
「いっ?!だ、駄目だって!これは俺の当時の心情なんかが赤裸々に綴ってあるんだから!」
「別に良いだろうがそれぐらい。大体お前の心情なんてほぼすでに分かってるっつーの」
「ならなおさら読まなくてもいーだろ!大体アッシュは日記読みたがり過ぎ!この間だってシロの日記勝手に読んじゃって泣かれただろ!」
「ぐっ……!あ、あれは俺だけじゃねえ、クロも一緒に読んだだろうが!」
「言い訳しない!大人がみっともない!」


痛い所を突かれて舌打ちするアッシュ、行儀が悪いと叱るルーク。この所ルークはこうやってアッシュが少しでも柄の悪い事をすると叱ってくるようになった。何でも、情操教育に悪いのだとか云々。屋敷内でメイドや使用人に母性だ母性だと微笑ましそうに噂されている事を知っているのだろうか。
アッシュは何とか話題を逸らそうと、部屋を見渡した。


「それで、あいつらは今どこにいるんだ」
「えっ?中庭で遊んでたはずなんだけどな。いなかったか?」
「また武器使用ルール無制限のかくれんぼでもやってやがるのか?」


二人はとりあえず散らかった部屋を置いておいて、外に出てみる。温かな太陽の光が降り注ぐ中庭は、毎日手入れをされて美しく保たれていた。その中を、木刀を持った赤毛の子どもが二人、楽しそうに駆けまわっている。


「何だいるじゃん。よかった」
「あいつら、木刀は剣の稽古の時にしか持ち出すなといつも言っているのに……!」
「ははっ仕方ないって。まだあんまり戻って来てないとはいえ、剣を散々振り回して旅をしていた以前の記憶が残ってるんだから、手に取りたくもなるだろー」


ルークとアッシュは並んで目の前の光景を眩しそうに眺める。その瞳には、幸せと優しさが灯っていた。


「記憶、どこまで戻るのかな……」
「さあな、そればかりは分からないとローレライの野郎も投げだしていたしな。……だが、あいつらの記憶は、俺達が持っている」
「そうだな、二人が頑張って生きた記憶は、俺達が預かってる。だから今は、ああやって仲良く遊んでいるのが一番いいよな」
「なんてったってまだあんな小さなガキだからな。ガキの仕事は遊ぶ事だ」
「アッシュ、前に散々シロとクロに子ども扱いされてた事根に持ってるだろ」
「ふん、ガキの面倒をみるのは俺達大人の仕事だからな」
「まあ二人ともやんちゃすぎてすげえ大変な仕事だけどな」
「上等だ。それでこそやりがいがあるってもんだ」


二人は見つめ合い、同時に笑った。例えこれから先、この子どもたちにどんな事が起ころうとも、二人で守ってみせると誓っていた。約束していた。声に出す事無く互いにそれを再確認して、ルークとアッシュは笑った。


「……あー、そういや、やっぱりどうしてもシロとクロって呼んじゃうな」
「こればかりは長年の癖だな……公式の場では間違えないようにしねえと」
「せっかく二人で考えて名前つけてやったしな。でも俺としてはシロとクロも可愛くて良い呼び名だと思うけど」
「俺が最初につけてやった名だからな。シロはともかくクロの奴は呼ぶ度に嫌そうな顔をしやがる、生意気な……」
「あははっクロなりの愛情表現だって!」


二人は再び中庭に目を向ける。音譜帯の見える晴れた空の下、子どもたちは中庭の中央で座り込んで休憩しているようだった。肩で息をしてよほど激しく動き回ったと見える。まだまだだなとか、ちくしょーとか言い合っている微笑ましい姿に、ルークが呼びかける。普段呼んでいる愛称ではなく、二人が改めてこの世界に生を受けた時につけてやった名前で呼ぶと、二人ともぱっと立ち上がり駆け寄ってきた。


「るーくー!あっあっしゅもいるー!おかえりー!」
「ああ、ただいま。シロもクロも良い子にしてたか?」
「言われなくてもしている。あまり子どもあつかいするな」
「くっ……やっぱり可愛くねえこいつ……!」
「えーそうか?この背伸びしてる感が十分かわいーだろ、なークロ」
「あーっおれも!るーくおれもぎゅーってして!」


屈みこんでクロの長い髪を抱き込み頬ずりするルークに、シロがしがみ付いてくる。この甘えん坊な子どもはうっとおしいからと早々に髪を切ってくれとせがんできたので、今もあのひよこ頭のままだ。この姿も可愛いがちょっと残念だとルークは思っている。このままアッシュにも髪を伸ばさせて、全員でお揃いの髪形にするのが密かなルークの野望なのだ。アッシュは未だに拒否して短髪を保っているが。


「はいはい、シロもぎゅーっ」
「えへへー」
「はいはい、そこで羨ましそうにしているアッシュもぎゅーっ」
「お、俺はまだ何も言ってねえ!」
「あっしゅー、すなおにしないと、くろみたいにずーっとしかめっ面になっちゃうぞー」
「何だとこのくず」
「みゃーっいたいいたい!うわーんくろがいじめるー!」
「こーらクロ、頬を引っ張るな。可愛いからってあんまりシロをいじめてると嫌われるぞー?」
「か、かわいいとか思ってねえ!」


微かに残る以前の記憶がそうさせるのか、大概クロは澄まし顔で気取っているが、少し突けばすぐに顔を赤らめて反論してくる。そこがまた前の時とのギャップもあって愛しい。たまらずルークはクロを抱えて持ち上げた。シロは羨ましがる前にアッシュが持ち上げてやる。
持ち上げたまま、アッシュがどこか心配そうな顔でシロを見つめた。


「シロ、お前体調は大丈夫か?無理はしてないだろうな」
「えーおれいつもげんきだよ?」
「何で二人とも、たまにこいつの体調を聞くんだ。何かあるのか」
「いや、ローレライは大丈夫って言ってたけど、前に瘴気取り込んだりしてたしなあ……ああいや、こっちの話。なっアッシュ」
「ああ。悪かったな、気にすんな」


えー気になる―とか秘密にすんなとかぶーぶー文句を垂れる子どもたちだったが、軽くぎゅっと抱きしめるだけでその不満も止んだ。ちょろい。
抱きしめれば、ぎゅっと抱きしめ返してくる小さな腕。そのぬくもりを感じるだけで、ルークもアッシュも満たされた気持ちになる。この小さな命が自分たちの前で笑っている事に、心から感謝する。全てはこの小さな子どもたちが、全部自分たちでやってのけた事だ。ルークとアッシュを含めたこの世界の全てを救い、己たちをも救ってみせた後、ここにいる。この子たちの仕事はもう終わった。後に頑張るのは、自分たちだ。


「大丈夫、何があっても、俺達がお前達を守るよ」
「帰ってくる時、そう誓った。共に生きると。二人で二人を守ると。だからお前達はただ安らかに生きてくれれば良い」
「お前達は沢山頑張ったんだ。今度は俺達が頑張る番。だから、安心してくれよな」


ルークとアッシュの言葉に、シロもクロもきょとんとしている。今はそれでよかった。そう、ただ生きてくれば良いのだ。沢山泣いて、沢山怒って、沢山笑って、沢山の幸せをその手に持ってただ生きてくれれば良い。それこそが、向こうの世界から託された願いだからだ。二人の幸せを願って消えた向こうの世界のローレライと、二人が生きる事を願ってリングを贈った向こうの世界の仲間達から託された、たった一つの願いだからだ。
今もなお腕にはめたままのリングを見つめ、隣のアッシュと視線をかわし、腕の中の子どもたちを見下ろして、ルークは笑った。


「さっ掃除再開だな!お前達も手伝えよ、今夜は旅の仲間達が久しぶりにみんな揃うパーティなんだからな、急いで終わらせないと!」
「みんなとあえるのか?!やったー!」
「あの女たちも来るのか?人をかわいいかわいい言いながら無駄にかざり立ててこようとするあいつらも……」
「それは……諦めろ、クロ。俺達には抗えねえ存在だ……」
「なーなー、そういやおれ、きのうゆめみたんだ。なんかすげーなつかしーきもちになるでっかいひかりがでてきてな、えらそうなことばでしゃべるんだ。あんまりおぼえてないけど、たのしかった!」
「それって……。そっか、良かったな。また同じ夢、見れると良いな」
「うん!」
「さて、まずはどこから手をつけるか。ルークが考えなしに散らかしやがったから部屋は荒れ放題だ」
「し、失礼な!俺だって色々計画的に掃除を進めようとだなあ!」
「おー!へやんなかぐちゃぐちゃだー!あははー!」
「おい、あんまり足をふみいれるな、変なもんふんでケガしてもしらねえぞ」


わいわい騒ぎながら四人の部屋の中に入って行く、大小の赤毛の頭たち。その姿を、新しく増えた七番目の音譜帯は、静かに見守っていた。
幸せに生きる四つの命をいつまでも、いつまでも見守っていた。




これは、世界を救うために、何よりも大切な半身のために、

次元を超えて再会し、想いを通わせ、ただひたすら時代を駆け抜けた赤毛達の、


もうひとつの結末。









END



12/12/31



 あとがき