突如空に現れた浮遊する大地に、それを目撃した人々は恐れ戦いた。しかし混乱はそれ以上広まる事無く、大多数の人間がただ世界の行く末を静かに見守る事となる。キムラスカ、マルクト、そしてダアトから、今現在の状況とこれから起こる事が簡潔に、そして速やかに世界中へと伝達されたからだ。即ち、「得体のしれない浮遊大地もろとも世界を脅かす敵はどうにか倒すから、プラネットストームとか止める事になるけど今は我慢して待っていてね」と。


「大丈夫かな……この伝達軽すぎないかな……各地で暴動とか起こるんじゃないかな……」
「いや、さすがにもっと厳格に検分された伝言が回っているだろう……多分」


こういった内容を全世界に回しています、と手渡されたメモを見て、シロとクロがものすごく不安そうな表情を浮かべている。さすがにこの文章のまま伝達されていれば暴動どころの騒ぎではないだろう。そこまで世界は馬鹿ではないはずだ、多分。
赤毛四人と六神将達がアブソーブゲート、そしてそのままの勢いでラジエイトゲートにも寄ってプラネットストームを停止させてからベルケンドに戻ってくると、各地を回るために離れていた仲間たちも戻って来ていた所だった。こちらが文字通り世界一周している間に、三カ国の会議を取り仕切ったり伝達を触れまわる手伝いをしたり総長不在のため混乱し暴れまわる者が出てきた神託の盾騎士団を落ち着かせたりと、色々働いてくれていたらしい。一人残っていた六神将のディストなんかは代表で沢山働かされたらしく、どこかやせ細ってみえた。


「あなたたち、ひどいじゃないですか……いくら私が世紀の天才ディスト様でも限界というものがあるんですよっ!私をのけものにして皆でどこかにいくなんて!せめて誘って下さい!」
「それは……すまなかったな。神託の盾騎士団の混乱は、全て私の責任だ。このような事になる前に何かしらの号令をかけておくべきだった。私に代わって兵たちを束ねてくれた事、礼を言うぞディスト」
「い、いえ、分かって頂ければいいんですよ、ええ」


ヴァンに素直に頭を下げられ、ディストはコロッと機嫌を直したようだ。単純な男、というかこういう素直な反応に飢えているのか。しかし態度で示してくれたのはヴァンだけで、他の六神将達の反応はほぼ無かった。一部(主にシンク)に至っては馬鹿にしたような目で見てくる有様だ。


「仕方ないでしょ、あんたあの鬼畜眼鏡の奴隷やっててほとんどいなかったじゃん。探すのも面倒だったし」
「ディスト、何でいなかったの?」
「奴隷じゃありません!どうしてもと頼まれたので仕方なくこの天才が協力して差し上げているだけです!何でいなかったも何も、私は前からずっと大爆発の事や何やらで忙しかったんですよ!もう!」
「大爆発!そうだ、それ何とかするためにソーサラーリング預けたよな!それ、どうなったんだ?!」


横から聞きつけたシロがすかさず駆けつけ、ディストをがくがくと揺さぶる。頭を振り回されながら何とかディストが声を上げる、前に、ジェイドがどこからともなくルークへとリングを手渡してきた。まさしくそれは未来の世界からやってきた、あの特別なソーサラーリングであった。


「出来上がっていますよ。鼻たれが途中から席をはずす事が多くなって、仕上げはほぼ私がしなければなりませんでした」
「出来るならあなたが最初からして下さいよ!」
「出来上がったって……何か細工がしてあるのか?最初とあまり変わってないように見えるけど」


ルークと、その隣にいたアッシュがソーサラーリングを覗きこむ。この世界のミュウが使っているものよりも随分と年季の入ったそのフォルムは、眺めるだけで長い旅をしてきたものだというのが分かる。ジェイドは指を伸ばして、ソーサラーリングの表面を指した。


「ローレライの音素を取り込みやすく出来るように、刻まれていた譜に少々書き足してあるんですよ。といっても、本当に取り込みやすくなったかどうかは実験しようもないので定かでは無いですが」
「えーっ何だよそれ」
「……私も、何か手伝いがしたかったんですよ。沢山の人間の想いが刻まれたこのリングに、あなた達が無事に生き延びられるように、ね」


その言葉にびっくりしてルークとアッシュが顔を上げれば、ジェイドはすぐに踵を返してどこかへ去って行ってしまった。思ってもいなかった言葉を貰って、二人揃って思わず立ちつくす。それを見ていたシロが、少しにやにや笑いながらジェイドを見送った。


「うーん、やっぱりジェイドはツンデレおじさんだよなあ」
「ツンデレかあ……ツンデレって、アッシュやクロだけのものじゃなかったんだな」
「「どういう意味だ」」


クロとアッシュが揃って抗議の声を上げる中、ルークは自分の手の中にあるソーサラーリングを見つめた。このリングを身につけて大譜歌を歌えば、きっとローレライと契約出来る。この金色の輝きは希望の光であった。しかしせっかく手渡されたソーサラーリングを、ルークは複雑な思いで見つめる。あまり嬉しそうな様子を見せないルークに、シロが首を傾げた。


「ルーク、どうした?せっかくそのソーサラーリングで助かるかもしれないってのに、浮かない顔して」
「このソーサラーリング……俺が貰ってもいいのかな」
「えっ?!何言ってんだよ、そのために今ここにあるのに」
「でもさ!元々はこれ、向こうの世界の皆がシロのために作ったものだろ?それなのに俺が使っちゃっていいのかなって思ってさ……」


ルークの言葉に、アッシュも複雑な顔でああと納得した声を上げる。最初このソーサラーリングを見た時には持っていなかった感情であった。今は違う、シロの記憶を手に入れた二人には、実際にこのソーサラーリングを作り上げたであろう仲間達の顔が、すぐにでも思い出せる状態なのだ。どんな思いで、未だ帰らない者のための道具を完成させたのだろう。それを考えれば考えるほど、この様々な思いが詰まったリングを素直に受け取る事が出来ないのだ。
そんな心情を察して、シロが笑みを零す。少しだけ自分よりも低いその頭を優しく撫でた。


「良いに決まってんだろ?このリングは「ルーク」のために作られたもので、お前はルークじゃないか。お前に使われる事がこのリングの願いでもあるし……俺の願いでもあるんだから」
「シロ……。うん、ありがとう」


シロの言葉に、少しだけ躊躇ってからルークも笑顔を見せる。そんな微笑ましい光景を心は穏やかに、表面は無表情のまま眺めてから、クロは視線をずらして窓の外を見る。明るい太陽の下、元気に動く機械の町が見えるはずの景色は、どんよりと瘴気に濁ったままだった。


「後の問題はもう一人の髭野郎と、この瘴気か……」
「ああ……大量の第七音素さえ、どこかにあれば望みはあるんだけどな……」


笑っていたシロの表情も曇る。誰も犠牲にならないような瘴気の消し方は、これから見つけなければならない。それまでこの世界は、人々はもってくれるだろうか。やっぱり他に方法は無いんじゃないか―とまたシロが馬鹿な事を言い出さないかと、ルークはハラハラしながら見守る。その横で、アッシュが何事か考え込んでいた。


「……おい、大量の第七音素があれば、超振動で瘴気は消せるのか?」
「え?あー……まあそうなるかな。超振動使う方も乖離するって話だけど、俺の時はクロが手伝ってくれたおかげか辛うじて命つなぎ止めたし、案外四人で超振動使えば無事かもな」


へらりと笑ったシロの言葉に、受け取った別世界の記憶を思い出す。確かに極めて危険な状態ではあったが、あの時シロは消えずに済んだ。偶然だったのかクロが手伝ったおかげなのかは分からないが、四人分の超振動であれば危険度はぐっと下がるのではないか。
しかしそもそもの問題がまだ残っている。ルークはアッシュの肩をばしばし叩いた。


「その前に、その大量の第七音素をどうするかって話だろー?心当たりでもあるのかよアッシュー」
「ある」
「……へっ?」
「今空に浮かんでいるあれは、レプリカなんだろう?」


あれ、とアッシュが外を指さす。残念ながらここからは見る事は出来ないが、あの巨体はちょっと近づけばすぐに見る事が出来るだろう。大陸をまるごとレプリカとして生み出された、信じられない大きさのレプリカホド、エルドラントだ。ただしエルドラントという名はこの世界でまだ誰も命名していないので、呼ばれた事は無い。モースも第七音素を注入してくれる者が誰もおらず、どこかで歯ぎしりしながら今の状況を疎んでいるのかもしれない。いやそんな事はどうでもいい。皆は、特にシロとクロはきょとんとして、アッシュを見つめた。


「あれは……確かに、レプリカだな」
「うん、レプリカだ」
「あれだけの大きさがあれば、瘴気を消すために必要な一万人分の第七音素とやらは優に補えるんじゃないのか」
「おおそっか!それじゃああそこで待ってる鬼畜な方のヴァン師匠を倒して、ローレライ呼んで、ついでに一緒に瘴気を消しちゃえばいいんだ!すげえアッシュ!俺考え付かなかった!」
「俺もたまたま思いついただけだ。しかしこれで瘴気も解決できそうだな。何せ今この世界には、ローレライが二人存在するようなもんだ、存分に手伝わせればいい」
「うんうん!よかった、希望が見えてきたなー!」


ルークとアッシュが盛り上がる中、シロとクロは妙に静かだった。しばらく無言だったかと思うと、ゆっくりと顔を見合わせて、ほぼ同時にがっくりと肩を落とす。落ち込んでいるようだった。


「言われて見れば確かにアッシュの言う通りだよな……エルドラントほどの大きさだったら第七音素は十分だよな、よく考え無くても。何で思いつかなかったんだろう……」
「……あの時は急いでいたからな……エルドラントにはまだ結界が張ったままだったし、モースの野郎が余計な全国放送を流しやがった後だった。仕方なかったんだ……」
「そう、だよな……あの時はあれが精一杯だったよな……やっぱりさあ、俺達は話し合いが圧倒的に足りなかったよな……」
「ああ……それは同意しておこう……」


二人でぶつぶつととっくの昔に終わった事の反省会を始めている。下手に慰めると余計に落としこんでしまうので、ルークとアッシュは触れずにいる事にした。
そこに、四人へ近づく者がいた。ガイだった。気付けばこのベルケンドの研究所の一室には、ぞろぞろと仲間達がほぼ全員集まってきている所であった。すごい人数だ。


「何だ、何か話がまとまったのか?随分と嬉しそうだな、お前達だけ」
「おおっガイ聞いてくれよ!瘴気を消す方法を思いついたんだ!」
「何だって?」


ルークとアッシュは、勝手に沈み込んでいるシロとクロに代わって皆に今思いついた事を説明した。それぞれ、なるほどとか盲点だったとか呟きながらも、それに喜んで賛同してくれる。誰も犠牲になる事無く瘴気を消せるというのなら、反対する訳が無かった。
かくして後残された問題は、ただ一つとなった。それこそが最難関であった。


「はあ、あの怖い師匠か……俺、嫌な思い出しかないよ」
「俺もだ……腸煮えくりかえるほどの腹立たしい思い出がな……!」


ルークは少しビビり顔で、アッシュは怒り顔でそれぞれ思い出す。共通の思い出だ。アクゼリュスに向かう前、二人はそれぞれ対峙したがものの見事にやられてばかりだったのだ。というか、その後も剣を打ちあってさえいない。「前」の記憶も相まって未知なる恐怖の対象であった。


「大丈夫、師匠は……うちの方の師匠は、俺達がきちんと責任もって倒すからさ」


そこへ、ようやく立ち直った様子のシロが笑顔で入ってきた。クロも力強く頷いて、集まった皆を見渡す。かつてクロの仲間と呼べる者達は少なかった。しかし今、ここに集っている者たちの瞳には、一様にこちらを信頼する光が灯っている。不思議な心地であった。隣のシロと頷き合ってから、皆へと声を張り上げる。


「ぐずぐずしていれば、ヴァンが何をしてくるかわからねえ。準備が出来次第俺達はあのレプリカホドに向かう。ギンジ、ノエル、頼めるか」
「もちろんです!」
「任せて下さい!」
「俺達は、って……まさか、あなたたちだけで行くつもりなの?」


ティアが不安そうに声を上げる。クロが頷き、シロが答えた。


「あそこで待っているのは、きっともう一人のヴァン師匠だけだ。皆には、何が起きても良い様にこの地上を守っていてほしい。俺達はヴァン師匠を倒して、ローレライを解放して契約して、瘴気も消して、そして、」


そこでシロは言葉を止めた。じっと、何かを思い出すようにティアを見つめる。ティアはその強い視線に首を傾げたが、何かを感じて黙ったままだった。シロは躊躇うような間を開けてから、ゆっくりと口を開いた。


「……皆の元に帰ってくる。約束だ。四人が全員、四人のまま、帰ってくるよ」
「シロ……」


ルークが胸の上でぎゅっと手を握りながら、思わず呟く。記憶の中の、果たされないままの約束が重なる。シロは振り切る様ににこりと笑ってみせた。その頭に軽く触れてやってから、クロが後を引き継ぐ。


「あのレプリカ大地には砲台も備わっている。奴一人で操れるのかは知らんが……万が一の事を考えて、軍に援護を頼みたいんだが」
「それはもちろん、任されますよ。ただ、陛下へ進言したり色々準備もありますから、少なくとも今日中というのは無理ですね。明日まで待って頂けませんか」
「ああもう、あの大地が浮かぶのがキムラスカ領であれば、今すぐわたくし自ら進軍いたしますのに!」
「な、ナタリア落ち着いてってば!」
「それでいい、頼んだ。……それでは、レプリカ大地に向かうのは明日、だな」


クロの言葉に、皆で頷く。最終決戦である事は全員が分かっていた。この世界の行く末は、明日決まる。世界が預言から外れた、新たな未来へ向かう第一歩とするために。仲間達はそれぞれ少しでも赤毛の手助けになるように動き出す。その中からティアがルークへと進みでてきた。


「ルーク、最後の大譜歌の練習をしましょう。一度きちんと歌えたなら大丈夫だとは思うけど……今度はあなた自身の命が掛かっているんだもの、万全にしておかないと」
「そ、そうだよな……!アッシュも、ちょっと聞いててくれよ」
「俺はあれで完璧だったと思うがな……まあ、練習するにこした事は無いか」


部屋を出る前に、ティアは一度だけシロを振り返った。ん?とシロが首を傾げると、ティアは迷うように視線をさまよわせた後、決意をしたような表情で顔を上げる。


「シロ。私……私達、待っているから、ずっと。だから、必ず帰って来て」
「……ああ。必ず帰ってくるよ」
「ふふ……何でかしら、急に何だか不安になって。ごめんなさい」
「ああ、いいんだ」


そのままティアは出ていった。その後ろ姿を、シロはじっと見つめていた。クロが優しく肩に触れると、困ったような顔で振り返ってくる。


「……守れるかな、今度こそ」
「守れるかな、じゃねえよ。守るんだろうが。約束とはそういうものだ」
「あはは、クロだって人の事言えねえだろ」
「……まあ、な」


二人で笑い合って、そして改めて誓う。


「帰ってこような、皆で、生きて」
「ああ。……約束だ」


もう決して、違えない。そんな決意を、約束を、二人は心に宿した。





   もうひとつの結末 68

12/12/19