「ふっざけんじゃないぞあの万年熟年バカップルー!」
「ルークっ!気持ちは分かるがここで超振動はやめてくれ!大事な音機関が……ぐはあっ!」


ルークは荒れ狂っていた。必死に後ろからガイが止めようとしているが、振り回される拳が頬に直撃したりしてなかなか思うようにいかないようだ。その光景を尻目にアッシュはどこか冷静な頭で目の前のメモを眺める。アッシュが冷静でいられるのはルークが先に切れたからであって、もしルークが爆発していなければアッシュが爆発していた所だっただろう。
そのメモに書かれた文字は二種類に分けられる。どこか神経質そうな綺麗な文字はこれからやるべき事を綴っていて、チーグルが頑張って書いたようなお世辞にも綺麗とは言い難い文字は付けたしするかのように一言二言、そして最後の「ごめん」を象っていた。シロとクロのどっちがどっちを書いたのかは一目瞭然である。


「いやはや、良くない事を考えているのは分かっていましたが、こうも行動が早いとは。ルーク、アッシュ、目を離すなと言っておいたじゃないですか」
「うるせえ眼鏡!その忠告直後にはもう二人とも抜け出してんじゃねえか、てめえの忠告が遅いんだよ!」
「おやあ、私の忠告を聞く前にそちらが気付いても良かったのでは?何せあなた方は同一人物と言っても差し支えない存在なんですから」
「ぐっ……」


一言文句を返せば倍以上になって叩きつけられる。思わず口をつぐんだアッシュだったが、それ以上ジェイドから嫌味が飛んでくる事は無かった。さすがのこの男もこれ以上ふざけている場合ではないと分かっているらしい。眼鏡を押し上げながらアッシュの持つメモへと視線を注ぐ。


「それで、我々への具体的な指示はどのように書いているんですか」
「ああ……俺達は各地を回り、偉い奴らにプラネットストームを停止させる許可を取り付けておけ、だとよ。その間にプラネットストームを止めて、そのままヴァンの元へ突撃をかけるから、待っておけと」
「つまり、二人だけで兄さんたちの元へ行くつもりなの?そんなのいくら二人でも無茶よ!」


ティアの顔色が青ざめる。相手がもしこの世界のヴァン一人であれば「ああ、二人で楽勝だろうねー」と楽観的に送り出せるのだが、そのヴァンが今二人いる上に一人は底知れぬ力を秘めているのだ。確かに無茶な話だ。傍ではノエルが大変恐縮しきった様子で項垂れている。


「すみません、お二人が兄を連れて外に出て行った事は知っていたのですが、まさかそのままアルビオールに乗って行ってしまうなんて……私が早く気付いていれば……」
「いや、お前のせいじゃねえ、悪いのは全部シロとクロだ」
「そうだっ!シロとクロが全部悪い!俺達に何も相談しないで……何が「ごめん」だよっ!そんなの、直接言えよ!」


一通り暴れて若干すっきりしたらしいルークが戻ってくる。地面に止めようとして止め切れなかったガイが倒れているが、どこか恍惚とした表情を浮かべているのを見るとまんざらでもなかったらしいので放っておく。ルークは怒り猛るその勢いのままアッシュに詰め寄ってきた。


「アッシュ、今すぐ二人を追いかけよう!回線繋げばどこにいるか分かるよな!」
「さっきから繋ごうとするが、どうやら向こうが拒否っているようで、繋がらねえな」
「えーっそんなー!」
「だがプラネットストームを止めるというなら居場所は二択だ。アブソーブゲートかラジエイトゲートしかねえ。回線は繋がらなくても、それぞれ世界の反対側に位置している場所だ、どっちに向かったか、お前でも分かるだろ?」


アッシュに尋ねられて、ルークはしばらく考え込んだのち、こくりと頷く。目に見えない強固な繋がりが今どっちの方向に相手が存在しているか何となく教えてくれていた。どこに向かったのか分かったのなら後は向かうだけだ。
とっさに駆け出そうとしたルークだったが、すぐにジェイドに止められてしまう。


「待ちなさいルーク。アルビオールを使うつもりですか?」
「当たり前だ!じゃないと追いつけないだろ!」
「今この場に残っているアルビオールは一台。それを考えると同意しかねますね」
「えっ何でだよ」


驚いて立ち止まるルークに、ナタリアが躊躇いながらも口を開いた。


「今からシロとクロがプラネットストームを止めるとなると、各国への伝達を早急に行わなければなりませんわ。時間もありませんから、移動にはアルビオールは必要不可欠、ですわね」
「あ、そ、そっか……でっでも、途中で降ろしてもらったりすれば……!」
「世界の端に寄る余裕は正直あまり無いのが現状ですね。ただでさえ一台のアルビオールで少なくとも三国回らなければなりません。おそらく各国で集まって協議も開かれるでしょうから、その移動にも時間がかかりますね。あのレプリカホドの発生に伴い周辺では大地が消滅しているという情報も入って来ています、それらを考慮すると、圧倒的に時間が足りないんですよ」


次々と突きつけられるジェイドからの言葉に、ルークはしょぼんと項垂れた。今すぐ二人を追いかけていきたいが、その前にしなければならない事がある事も、十分理解していた。だがもたもたしてれば、取り返しのつかない事態になってしまうかもしれない。先へ先へと急がせる心と、落ち着かなければという心がせめぎ合って、ルークはどうにも身動きが取れなくなってしまった。そんなルークを見て、アッシュも声をかける事が出来ずにぐっと歯を食いしばる。そして、今すぐ殴りこみをかけたい片割れたちへの急く心を抑えて、声を振り絞った。


「……あいつらが、今すぐ死ぬって訳じゃねえ。ここは先に各国を回るしか……」
「何無駄にお利口さんな事言ってるの、らしくない。立ち塞がる常識的な理屈を非常識な勢いで突っ走るのがいつものあんたたちじゃないの」
「ぐふっ?!」


おもむろにどすっと背中に拳を叩きつけられて、思わずアッシュは息を吐き出した。殺気の籠った眼で振り返り睨みつければ、そこに立っていたシンクは飄々と一切反省していない表情で視線を投げかけてくる。


「シンクてめえ……何しやがる!」
「正直僕はまだいきなり全部放り投げていつの間にかこっち側についてたアッシュの事許してないからね。残ってた仕事片づけるの本当苦労したんだ、参謀役だからってほとんど僕に押し付けられたのさ。意味分かんないし、参謀役ってそういう役目じゃないでしょ」
「いつの話だ?!しかもその話は一回すでに聞いている!根に持ち過ぎだろ!」
「そう、根に持つタイプなんだ僕。だからさ、あの時全部放り投げて突っ走ってみせたあんたが今更何を躊躇っているのか、甚だ疑問なんだよね。何?僕に迷惑をかけるのは問題ないって事なの?」
「シンク、お前……」


一見ただ愚痴を言っているだけのシンクであったが、六神将として少なからず共に活動してきたアッシュには、それがシンクなりの激励なのだとすぐに分かった。ルークも何となく察したようで、キョトンとシンクを見つめている。アッシュは心の中で有難く思いながらも、口に出して言えば数倍の憎まれ口が返ってくるのを知っていたので別な事を口にする。


「……だがしかし、移動手段が無いのは事実だろうが。空を飛べる音機関はあの二台のアルビオールだけだ。船を手配するにしても、船の移動には時間が掛かりすぎる……」
「まあ確かに、空を飛べる音機関はあれだけだろうね。音機関だけ、なら」
「何……?」


含みを持たせるシンクの言葉にアッシュは眉を寄せる。そのシンクの背後から、ちらっともう一人が顔を覗かせた。相変わらず不気味な人形を胸に抱き、上目遣いにこちらを見上げていたアリエッタは、アッシュと目が合うとにこりと微笑む。
あれ、この展開、前にも味わった事があったな。アッシュは猛烈な既視感に襲われた。「あの時」も確か、こうやってシンクとアリエッタから声を掛けられたのだ。その時の事がまるで遠い昔の事のように思えてくる。
果たしてアッシュの既視感そっくりの台詞を、もじもじと微笑んだまま、しかしはっきりとアリエッタは放ったのだった。


「そうです、アッシュ。空飛ぶです」






昨日見た光景とそっくりそのまま同じ景色を、クロはアルビオールから降り立った後少々複雑な表情で見つめた。仕方のない事だが、こうして同じ場所を行ったり来たりしている今がとても無駄な時間のように感じたのだ。こうなったら前もってエルドラント出現を読んで先にプラネットストームを止めておけばよかった。そう思っても、もう後の祭りなのである。


「ああ、ここに来るのも何だか久しぶりだなー」


後ろからクロに追いついたシロが感慨深げな声を上げる。昨日シロが向かったのはラジエイトゲートだったので、ここアブソーブゲートに来るのは実質「前」の世界ぶりという事になる。そりゃ久しぶりだろう。一通りアブソーブゲートの入口を眺めた後、シロはアルビオールから顔を覗かせるギンジを振り返った。


「悪いなーギンジ、無理矢理送ってもらっちゃって」
「いやあお二人のお役に立てるなら、おいらいつでもこいつ飛ばしちゃいますよ!でもやっぱり、何をするのか詳しく教えてくれないんですよね?」
「だからー、プラネットストームを止めるだけだって」
「本当にそれだけですか?」
「それだけだよ。……ま、今の所はな」


疑い深く尋ねてくるギンジは、もしかしたら二人の雰囲気に何かを感じとっているのかもしれない。絶対に口を割らない様子の二人を見て諦めたらしいギンジは、それでも未練がましい視線を向けてきた。


「シロさん、クロさん、危険な事はしないで下さいね。おいらここで待っておきますんで……」
「ん、気をつけて待っててくれよ。すぐに戻るから」


嘘では無い。本当にすぐに戻るつもりだ。少なくとも、ここでは。
シロとクロは並んでアブソーブゲートの中へと足を踏み入れた。下へ下へと吸い込まれていく美しい音素たちが舞う幻想的な光景に、しばし無言で立ち尽くす。


「……なあ、クロ」


ふいにシロが声を上げた。クロは無言で視線を送り、先を促す。シロは前を見つめたまま先を続けた。


「正直言うと俺はまだ、迷ってる。躊躇っているとか、怖いとかじゃないんだ。……俺、お前を無理矢理、それも無意識に巻き込んでるんじゃないかなって」
「屑が」
「あたっ!ひ、一言で罵らなくても!」


頭を小突かれて抗議の声を上げるシロを、クロは心の底から呆れた目を向けた。


「お前は今更約束を違えるつもりか」
「い、いや、そういうつもりじゃないけど!でも俺さ、お前に甘えすぎてるんじゃないかとか、最近考えてさ……」
「ああ?」
「お前言ってくれただろ、一緒に背負ってくれるとかずっと傍にいるとか。何かこうやって言葉にするとすげえこっ恥ずかしいんだけど……でも俺、そうやって言ってもらってから、すごく楽になって。クロが一緒にいてくれるって思うだけで何かもう幸せっつーか、安心っつーか……そんな心地でさ。もう何でもかんでも、お前に預けちゃってるんじゃないかって不安になったりするんだ。お前優しいし何でも背負い込む癖あるだろ?だからさ……」
「……てめえだけには言われたくねえな……」
「な、何だよー!何でそんな不本意な顔してんだよ!」


一度顔を逸らしたクロは、気を取り直すようにため息をついてから、じろりとシロを睨みつけてきた。その瞳に強い光を感じて、シロは思わず見入ってしまう。


「……それでいいんだよ」
「えっ?」
「まさか同情か何かで俺がそんな事を言ったとでも思っていやがるのか?そうだとしたら今すぐぶっ飛ばすぞ。俺は俺の意思で俺の望んだとおりに伝えただけだ。発言を撤回する気も一切無い。……だから、それでいいんだよ。お前が全て俺に委ねる事こそが、俺の望んだ事だ」
「クロ……」


思わずぐっと何かを耐えるようにシロが俯く。視界をふわりと音素の欠片が通り過ぎていった。とても儚い光だ。音素とはこんなにも脆いものなのか。この光こそが全てのエネルギーとなっている。そしてこれらを失うと……人は、生きていけない。
シロは、ぽつりと零した。


「本当に……全部?全部一緒に背負ってくれるのか?」
「ああ」
「本当にずっと一緒に、傍にいてくれるのか?」
「何度もそう言っている」
「……本当に?俺が、俺が何を望んでいても?お前を無理矢理引っ張って行こうとしていても?本当に……」


シロはひゅうと息を吸い込んだ。明確に言葉にするのは、それが初めてだった。言葉という形にしてしまえば、その現実はより一層重くなる。それを分かっていながら、シロは言った。


「俺が……お前に、一緒に死んでくれって言っても?」


そっと顔を上げたシロの視界の中、クロはあっさりと頷いた。


「元よりそのつもりだ」
「……いい、のか?」
「むしろお前は一人で死ねるつもりだったのか。一人だけ死のうなんて甘い考え捨てろ。俺が絶対にさせねえよ、地の果てまででも追いかけてやる」
「怖っ!目がマジだぞ!」
「当たり前だ、マジだからな」


クロは手を伸ばすと、シロの頭を抱えて自らの肩口に寄せた。そのままぽんぽんと軽く頭を叩いてやれば、シロの心は面白いほど穏やかになる。今まで不安に荒れ狂っていた心に一瞬のうちに平穏が戻っていた。思わず目の前の肩に額を擦り寄せると、抱え込む腕に僅かな力が込められる。


「俺達は二人で一つだ。昔も、今も、これからもな。生きるのも一緒なら、死ぬのも一緒でなければならない。……元より一度は志半ばで倒れた情けない命、こうしてお前を知り共に生きる時間を与えられただけでも、この世界に感謝しなけりゃならねえな」
「……うん、だからこそまずはこの世界を救ってやらなきゃな。ヴァン師匠を倒して、ルークとアッシュを助けて、瘴気を消して……そして、一緒に消えよう。きっと俺達は、そのためにこの世界に来たんだ」


知らぬうちに握られていた互いの右手と左手は、もう片時も離れたくないと主張するかのようにぎゅっと握りしめられる。身体を寄せ合って、全てを決意する。これが最後の戦いだ。何も告げずにここまで来て仲間達には悪い事をしてしまったが、最早躊躇うものは何も無かった。
二人が、二人でここに存在しているから。


「……ふふふ、美しい自己犠牲という訳か。感動的な場面だな」

「「?!」」


唐突に響いた第三者の声に、二人は瞬時に反応して距離をとって剣に手をかけた。視線を巡らせば、向かう先に立ちふさがる一人分の人影が目に入る。その嘲笑に歪む顔を、クロは冷静な顔で無言で、シロは少し顔をゆがめながら、睨みつけた。


「……ヴァン、師匠」





   もうひとつの結末 61

12/07/14