アブソーブゲートのドタバタ劇が繰り広げられている頃、ラジエイトゲート担当であるシロアッシュチームもまた、パッセージリングを目指して施設内を移動している所であった。しかしその様子は、世界の反対側のチームとはまるっきり違っていた。
ダンジョンまっただ中だというのに、何故かどこか和やかなのだ。


「まあ、もうこの下がパッセージリングになりますのね。それではわたくしたちは入口の所で魔物を押し留めておきますわ」
「ああ、任せておけ」


戦いの中で親子愛、というよりも奇妙な友情が芽生えたらしいナタリアとラルゴが頼もしく申し出てくれた。そう、一同の目の前にはパッセージリングへの入口がすでに存在していたのだった。後はパッセージリングの操作しか残っていないので、そのための安全確保をしてくれるのはとても有難い。それにしても、まだナタリアに真実は話していないのだが、この調子だっと実の父親だと話したとしても「ふーん」で終わりそうな勢いだ。
イオンはシロとアッシュへにこりと笑いかける。


「僕は何もできませんが、お二人を見守らせて頂きます」
「ありがとうイオン、さあ行くか!」
「ああ……ここからが本番か」


アッシュの表情が固いのは、さすがに緊張しているせいだろう。その緊張を少しでも和らげようと優しく肩を叩いてやってから一歩進みだそうとしたシロだったが、はたと何かに思い当って思わず足を止める。


「おい、どうしたんだシロ」
「いや……今思ったんだけど、このラジエイトゲートにもラルゴみたいに向こうから妨害者がやってきている可能性もあるよな」
「それは……考えられますね。僕たちのやろうとしている事はヴァン達も十分知っているはずですから。しかしラルゴは何も言っていませんでした」
「そもそも、六神将の奴らはもうほとんどこっちに寝返って残ってねえだろ、誰が来るんだ」


寝返り第一号のアッシュが言う通り、六神将の面々はごっそりとすでにこちら側へやってきている。差し向ける刺客も残っていないはずだ。そうだったと思いなおしたシロが、最悪の事態を思いついてしまう。


「……ラジエイトゲートとアブソーブゲート、どっちもそれぞれヴァン師匠が来ている可能性もあるよな……」
「「………」」


その言葉にはさすがにアッシュもイオンも黙ってしまう。しかしすぐに、自らを奮い起こすようにアッシュが声を上げた。


「ふ、ふん、そうなったら二人揃ってぶちのめしてやればいい事だ、最終決戦が早まっただけだろう、何も気にする事は無い」
「いや気にした方がいいだろ!」
「何にしても、妨害の入る可能性は高いです。用心して進んだ方が良いですね」


まとめたイオンに三人で頷き合ってから、とうとう入口に足を踏み入れた。胸の内にはしっかりと何が来ても良いように覚悟を秘め、しかし頭の中では「何もいませんように」と祈りながら、ゆっくりと進む。
そして、その願いは叶った。


「……えっ?本当に誰もいない?」
「気配もしない、姿も見えない……どうやら本当に何も待ち受けていないようだな……」


舞い上がる記憶粒子の中、そこに立つ者は誰もいなかった。正直ヴァンでなくとも雑魚でも何でも誰かが待っているものかと思っていたので、拍子抜けであった。少しだけ動きを止めてぽかんと立ちつくしてしまったぐらいは驚いた。すぐに首を横に振って、シロがパッセージリングを指す。


「な、何にせよこれはチャンスだな!今のうちに大地降下させちまおう!」
「あ、ああそうだな。それじゃあ向こうもここまで辿り着いているか、回線を繋いでみるか」
「今度は俺も!俺も繋いでくれよ!」


両手を上げて元気をアピールするシロに、仕方が無いなとため息をついてからアッシュは瞳を閉じた。クロ達へ回線を繋ぐためだ。どんなに離れていてもそこに感じる同位体の繋がりの糸を手繰り寄せれば、すぐに成功する。すぐにルークの悲鳴が飛んでくると思っていたが、ううっという呻きが聞こえただけだった。先に平然としたクロの声が聞こえる。


『パッセージリングまで辿り着いたか。俺達の方もちょうど今着いた所だ』
「それはいいがルークの元気が無いように思えるんだが。おいルーク、どうしたんだ」
『ああ、アッシュ……俺の方は大丈夫だよ、うん。そう、ちょっと……ちょっと恐怖に疲れただけだから』
「おいてめえ!ルークに何しやがったんだ!こんなに疲れ切っている声は聞いた事がねえぞ!」


アッシュが怒りの声を上げれば、気まずそうなクロの沈黙が返ってくる。何かやらかしたらしい。後で合流した時問い詰めてやるとアッシュが決意している間に、今度は頭痛に耐えながらシロが声を掛ける。


「アブソーブゲートは長かっただろ、それなのに俺達の到着に間に合ったんだから無茶したんじゃないか?ごめんなー」
『いや、色々とショートカットしたからな』
「えっショートカット?」
『こっちの話だ。……それにしても、確かにここはあちこちが脆くなっていやがったな』
「だから言っただろ?でもさすがのクロだって落ちて無いよな!俺だってアブソーブゲートでは落ちなかったんだからさ、忠告までしておいたのにいくらなんでも落とし穴の遺伝子を持つクロも落ちないよなー!」


今度は、重苦しい沈黙。あれっとシロが首を傾げている間に、地面を這うような声が届く。


『今度会ったら覚悟しておけてめえ……』
「えっ何で?!俺何かいけないこと言った?!」
『さあとっとと始めるぞ、皆位置につけ。今敵はいないがいつ妨害が入るか分からないんだからな』


無理矢理話を断ち切られて、シロががっくりと肩を落とす。理由は不明だが触れてはならない部分に触れてしまったらしい。再会した後が少し怖い。
クロの言葉に、回線を繋いだままパッセージリングへと足を踏み出すアッシュ。それについて行こうとしたシロに、振り返って制止の声を掛けた。


「シロ、お前はそこで見てろ」
「え?でも……」
「これは、これだけは、俺達でやらなければ意味が無い。そうだな、ルーク」
『うん、その通りだ』


ラジエイトゲートからオールドラントの裏側、アブソーブゲートでも、ルークがクロの足を止めている所だった。その瞳には決意が溢れていて、クロの言葉をことごとく奪っていく。


「大丈夫、クロ達は二人でやったんだろ?それなら俺達にだって出来る。だから、そこで見ててくれよ」
「……ああ、分かった」


クロが一歩引いたのを見て、ルークはパッセージリングに向き直った。回線を繋いでいる事で頭痛は続いているが、そんなもの気にならないぐらい緊張していて、そして集中していた。そんなルークの心を、直に届いてくるアッシュの声がゆっくりと解きほぐす。


『手順は分かるな?』
「もちろん!」
『よし……行くぞ、ルーク』
「……うん」


視線は交わらなくても、心が交わっている。二人は同じタイミングで両手を頭上に掲げた。そこから溢れ出るのは最大限に調節された超振動。互いに自分の手元に集中しているルークとアッシュには分からなかったが、後ろで見守っていたクロとシロには良く分かった、二人が描くパッセージリングへの命令が、ぴったり同じ速度で、同じ順番で、刻まれていく様が。
そうして同時に描き終わった瞬間、世界を、外郭大地を囲むように光が伸び始める。大地を降下させるための力だった。


「くっ……!」
『ルーク、大丈夫か!』
「大丈夫……大丈夫だ。俺だけの力じゃない、アッシュの力もちゃんと感じるから、大丈夫」
『……そうだ、この大地を今から俺達二人が支えるんだ。気を抜くなよ、俺がついてる』
「ああ!」


レプリカのために超振動の力が弱いルークと、音素乖離のために力が弱っているアッシュ。大地降下の負荷は容赦なく身体に圧し掛かってくるが、それでも二人の胸の内に不安は無かった。一つは、世界に一人だけの掛け替えのない存在と共に作業している事。そしてもう一つは、誰よりも頼れる、導いてくれる存在が後ろからじっと見守ってくれている事。その二つが、超振動を使う震える腕に次々と力を送ってくれる。支えてくれる。だから、怖くは無かった。失敗はしないと信じる事が出来た。
やがて、ここから見える訳が無いが、それでも感じる事が出来た。二人の力が交わり、光が完全に大地を包んだ瞬間を。途端に足元に轟音が響き渡る。大地降下が始まったのだ。それをルークとアッシュは同時に感じたが、顔を合わせてもいないのに頷き合い、姿勢を崩さなかった。まだしばらくはこのまま、油断をせずに見守ろうと。
後ろから見ていたシロとクロもまた、二人でほとんど同じ事を考えていた。今背を向け懸命に頑張っているルークとアッシュの背中を、「前」の自分たちと自然に重ね合わせていた。己の背中を見る事は叶わないが、あの時の自分たちも、こんなに真っ直ぐな後ろ姿をしていたのだろうか。


『なあ、分かるか?今この地面がゆっくりと沈んでるんだぜ?信じられないよな……これを「前」に、俺たちも同じようにやったなんてさ』
「ああ、そうだな……」
『今こうやって見ているから分かるよ、やっぱり俺一人だったら絶対に無理だったって。お前が一緒に力を貸してくれたから「前」だって、上手く出来たんだ』
「まあそうだろうなと思ったから手貸してやったんだよ」
『何だとー!』
「その予想は当たってたって訳だ。……こんな世界背負った作業、元々一人でやるもんじゃねえ、二人でやるべき事だったんだ」
『……そうだな、きっと、そういう風に出来ているんだ』


回線から流れてくる、互いの僅かな感情。「あの時、こうしていたら」なんて今更考えても仕方のない事なんて、分かっている。それでも考えてしまって、眠れない夜があったりした。それでも確かに「間違っていなかった事」があったのだと。手探りで無我夢中に選んだ選択肢が、間違っていなかったのだと。それを今、優しく教えて貰っているような気分だった。かつての自分達をそれぞれ思い描きながら、シロとクロは噛み締めていた。
それにもう、きっと過去を思い悩まなくても良い。「あの時、こうしていたら」の結果は今目の前にいる。二人が慈しみ育てた赤毛が、手を取り合い並んでいる。振り返り、愛しい笑顔を向けてくれる。だからもうきっと、過去への後悔はいらない。
今はただ、頑張ってきた愛し子達を労うだけだ。


「クロ!出来た!これでもう大丈夫だよな、外郭大地は大丈夫なんだよな!」
「ああそうだ。……よくやったなルーク、よく頑張った」
「えへへ……」
『アッシュー!お前もよく頑張ったな偉いぞー!身体弱ってるのに疲れただろーよしよし』
『ふ、ふん、これぐらい出来て当然……って撫でるなー!』


一気に和やかな雰囲気に突入した一同。しかしそれもすぐに破られる事になった。四人だけで繋いでいた回線に、別の声が割り込んできたのだ。


『アッシュ……ルーク……鍵を……送る……』
「「?!」」
『その鍵で私を……解放して欲しい……栄光を掴む者……私を……捕えて……』
「ローレライ!ローレライか!おい!」


慌ててクロが声を上げるが、ローレライの声はそれっきり何も届かなかった。突然の事に絶句する四人であったが、硬直が解けて一番最初に声を上げたのはシロだった。


『ローレライ!やっぱりヴァン師匠に取りこまれてしまったのか?!』
「あの様子じゃその可能性が高いな。しかしどういう事だ……まさか髭の奴、ローレライを捕えるために単身地核にでも飛び込みやがったのか?」
『俺達今回はここで師匠と戦闘してないしな、可能性はあるかも……でもそのために地核に飛び込むなんて、俺だったら絶対出来ない……すげえなあ師匠』
「感心している場合か!」
「なあなあ、今ローレライが言ってた鍵って何の事だ?栄光を掴む者ってヴァンデスデルカ、師匠の事だよな、どういう意味なんだ?」


ルークの質問に、シロもクロもハッと我に返った。そしてシロは、ちゃんとルークは古代イスパニア語を習ったんだなあとこっそり感心する。その後自責の念に駆られて一人悶え苦しむが、皆無視してあげた。


「鍵とは、前に地核に行った時に話したローレライの鍵の事だ。それを今ローレライの野郎がプラネットストームを介して俺達に送った、と言いやがったが……」
「ん?何も来てないぞ?」


ルークが辺りをいくら見回しても、それらしきものは何も存在しなかった。しかしクロは辺りを見回す事無く、じっとルークを見つめる。まさかと思ったが、やはりそのまさからしい。


「またか……」
「えっ何が?」
「確認はしていないが、ほぼ間違いないだろう。まず一つはお前が受け取ったようだ、ルーク」
「俺が?!でも何も無いぞ?」


慌ててポケットを弄ったり自分を見下ろしてどたどた回ったりしているルークの姿を可愛いなあと密かに堪能してから、クロは向こうへと呼びかけた。


「そっちにはローレライの剣が届いているはずだろう」
『ああ?こっちにも何も届いていないんだが』
「何だと?」


さすがのクロも驚いた。自分の時は確かにローレライの剣が届いたはずだ。しかしアッシュがいくら辺りを探し回っても、それらしきものが見つかる事は無かった。どういう事だ。ローレライは確かに送ったと言っていたのに、「前」はそれできちんと届いたのに、どうして今回は何も届かないんだ。


「……待てよ……」
『……あ……』


声を上げたのはクロとシロ同時だった。もし同じ場所に居合わせていたら、顔を見合わせていた所だろう。アッシュとルークが首を傾げる中、何かに思い至った二人は、汗を流しながらひそひそと声を交わす。


『ま、まさか……また俺やっちゃったのか……?』
「ローレライとて必死なんだ、送り忘れている事は無いだろう……そうなると、そうなんだろうな」
『うっ嘘だろ、まったく全然そんな感じしなかったのに!いやでもそれは「前」もだったか……とにかくまさか二度も取り込んじまうなんて!』
『おい、どういう事だ、何が起こったんだ』


訳が分からない代表でアッシュが尋ねかける。二人揃って沈黙した後、クロが大きな大きなため息をついてから、答えた。


「……このままここにいても仕方が無い、とにかく話は合流してからにするぞ。お前達も早くそこから脱出しろ」
『しかし、鍵とやらを受け取っていないだろうが!』
「安心しろ……おそらく、二つとも受け取っている。……大事に、見えない場所にな」
『はあ?』


呆れた声を上げるアッシュの背後では、シロが申し訳なさそうに小さく縮こまっているのだった。





   もうひとつの結末 57

12/01/23