クロ率いるルーク一行がロニール雪山から戻ってくると、麓のケテルブルクにて思わぬ再会を果たす。レプリカ施設を叩くためにフェレス島へ行っていたはずのガイ達が、アルビオールで待機していたギンジと共に帰りを待っていたのだ。確かにギンジにはルーク達をここで降ろした後フェレス島まで送って貰ったが、こんなに早く合流してくるとは思っていなかった。驚きにまずルークが駆け寄る。
「皆早かったな!確かに歩きにくい雪山だったけど、俺達そんなに時間掛かったかな?」
「いいや、あの雪深い山を登って降りて来たんだ、むしろ早い方じゃないか」
「こっちが早すぎたって感じかなー。ねっアリエッタ」
「うん」
アニスの言葉にアリエッタが頷く。クロが視線で問えば、肩をすくめながらシンクが答えた。
「ある程度予想していた妨害すら来なかったんだよ。装置はあっさりと止められた、もといぶっ壊したから」
「そのあたりにいたレプリカたちも少なかったし、そのほとんどが兵士だった。どうやらクロ達が言っていた、本格的なレプリカ作成はまだ行われていなかったようだな」
引き継いだガイの言葉にクロが目を細める。まさかそこまでフェレス島が手薄になっているとは思っていなかったのだ。少なくとも、神託の盾兵ががっちりと守っているものと見ていたのだが。クロがちらりと振り返れば、リグレットは少し視線を逸らす。
「閣下の考えている事は私には分からない。……未来から来た閣下の事は特にな」
「なるほど、奴が何か企んでいやがると言う事か。別な場所に施設を作っているのか……?」
「って、良く見たらリグレットがいるし!何何、何があったの!」
「リグレットも、一緒に戦うの?」
駆け寄ってきたアリエッタがリグレットを見上げる。その顔に少しだけ硬い表情を和らげながら、リグレットはハッキリと答えた。
「私はただ見極めるためにここにいるだけだ。まだ完全に味方になると決めた訳ではない」
「でも、一緒に行くんでしょ?」
「……まあ、そうだ」
「よかった」
嬉しそうに笑うアリエッタに、リグレットは何も言わないまま一度だけその頭を撫でた。やはり教官をやっていただけあって面倒見が良いようだ。そんな心和む光景を横目に、ルークがクロを見上げた。
「なあクロ、これでもうレプリカは作られないんだよな?」
「……ああ、少なくともフェレス島で何の関係もない人たちのレプリカが作られる事はもう無い」
「そっか……うん、良かった」
頷くルークの心にはきっと、言葉では言い表せないような複雑な感情が渦巻いているのだろう。支えるようにその肩に触れたクロは、ギンジを見た。
「ギンジ、アルビオールはすぐに飛ばせるな」
「はい!先ほどガイさん達を乗せて戻ってきたので、エンジンも温まってますよ」
「よし、それならばすぐに向かうぞ」
「向かうぞ、って……一体どこに向かうの?」
クロが無断でパッセージリングを起動させてから、納得のいく説明も貰えないままなのでムッとしていたティアが戸惑いの声を上げる。その言葉で皆の視線がクロに集まった。多数の視線に晒されても動じることなく、クロは答える。
「今、髭の策略でプラネットストームが逆流している事は話したな。それを早急に止めるために、ラジエイトゲートとアブソーブゲートへと向かう。ついでに大地降下もやってしまうぞ。俺たちはアブソーブゲートだ」
「じゃあもうひとつの方にシロたちが向かうのか。何で俺達がアブソーブゲート?」
「簡単に言えば、ラジエイトゲートの方が道のりが短いからだ」
「ああーなるほど」
クロの説明にルークは納得した。あっちのメンバーには、弱ってるシロとアッシュ、元々病弱なイオンが揃っているので、元気いっぱいな上に人数も増えたこっちが困難な方へ行くのが道理だろう。他の面々もそれじゃあ頑張ろうと気合を入れる中、ルークはクロがあまり冴えない表情をしている事に気がついた。他の人間なら気付かないレベルの無表情だったが、長い付き合いのせいなのかそれ以上の繋がりのせいなのか、すぐにルークは感づいた。
「クロ、何か不安そうだなー。シロ達が心配なのか?」
「いや、ラジエイトゲートは俺が一人で突破出来たぐらいに短い、いくら抜けているあいつらでも進む事が出来るだろう。……ただ」
「ただ?」
「俺がアブソーブゲートに単独以外で、仲間を率いて踏み込むのはこれが初めて……それだけだ」
「……クロも不安になる事があるんだな」
ルークは妙にしみじみとした声を出した。いつも皆を率いてずかずかと先に進んでいるクロだが、その分他の者には分からない不安を抱えているのかもしれない、そう思ったのだ。まるで慰めるような視線を向けてくるルークに、クロは若干表情を緩めてその頭を撫でた。
「少なくともお前に心配されるようなヘマだけはしないから安心しろ」
「あっ今子ども扱いしただろ!俺だってせいちょーしてんだから、もっと頼れよクロ!」
「ならばまず、早く大譜歌を覚え切って俺を安心させるんだな」
「うっ……。ど、努力する……」
譜歌の事を持ちだされると言葉に詰まるルーク。未だにまともに歌えていないためだ。しかしいきなり素人が譜歌なんて歌える訳がないので、責めることはしない。ただ頭を撫でてやるだけだ。さっき生意気な事を言っていたくせに、そうすればルークは嬉しそうに笑う。今更だが、自分もガイの事を強くは言えないな、と心の中でクロは呟いた。
「さあ、行くぞ。髭の野郎を倒す前にこの大地を降ろしてやらなければな」
「おおっ!ちょんまげもとい師匠をぶちのめして反省させてやるのはその後だな!」
やるぞーっと拳を振り上げるルーク、その姿を見て自らも心の中で気合を入れ直すクロ。二人を待つ仲間たちの元へ歩むその背中には、これからの使命をやり遂げるという決意が漲っていた。
そう、漲りすぎたのかもしれない。
「ここがアブソーブゲート……セフィロトって、相変わらず不思議な所ね」
「すごーい!プラネットストームが吸い込まれてるよ!」
「きらきらして、綺麗……」
「ちょっと、この辺り大分限界来てて脆くなってるみたいなんだから、気をつけてよね」
ギンジにアルビオールをかっ飛ばしてもらって、ぞろぞろとアブソーブゲートへ到着出来た一行。先頭のクロは足場の淵に立ち、底を覗きこんだ。目的地は奥へ奥へと続く道を降りていくようになっている。隣に並んで、ルークも下を見下ろしてきた。
「うわっ高!この一番下にパッセージリングがあるのか?」
「ああ、そうだ。……そういやあいつが、何か言っていたな」
クロは、シロの言葉を思い出していた。別れて出発する前、ラジエイトゲートとアブソーブゲートへ向かう計画を話していた時のことだったか。「前の世界」で大地降下の際アブソーブゲートに踏み込んでいるシロが、忠告だと話して聞かせたのだ。
『俺が行った時、アブソーブゲートもそうとうガタが来ていたようで道が崩れたりしたんだよ、そのせいで皆バラバラになったり大変だったんだぜ。だからクロも気をつけろよな、お前落とし穴の類に落ちる遺伝子持ってるんだから』
最後にかなり失礼な事を言いやがったので、あの時は頬を思いっきり引っ張ってやったものだが、せっかく受け取った忠告なので活用するに越した事は無い。後ろを振り返って皆に注意を促そうとした、その時。
地面が揺れた。
「じ、地震?!」
「こっこれは、かなり大きいぞ……うわあっ!」
「ルーク!」
足元がぐらつく。バランスを崩して悲鳴を上げるルークの腕を引っ張ったクロだったが、自分の足元も急に不安定になった事に気付いた。一瞬で何が起こったのか理解はしたが、ルークを抱えたままでその場所から跳ぶ事も叶わず。腕の中にルークを抱きこんだまま、クロはそのまま崩れた足場とともに落下していた。
「クロ!ルーク!」
「大丈夫か?!」
地震はすぐに収まり、慌てて仲間達が下を見下ろす。クロはその声を聞いて、自分がそこまで長い距離を落下していない事に気付いた。とっさに閉じていた目を開けてみれば、柔らかな赤く長い髪が見える。仰向けのままその頭越しに、小さく仲間たちの顔が見えた。何とか声は届く距離だが、もう元の場所には簡単には戻れないだろう。
脳内にシロのあの言葉がこだまする。それを忌々しく思いながら打った背中に呻きつつ身体を起こせば、凭れかかっていたルークもすぐに身を起こした。どうやら無事なようだ。
「ううーっ、一体何が起こったんだ?」
「さっきの地震で足場が崩れたようだ、落ちたのは俺とお前だけだ」
「えっ俺達落ちたの?!って良く見たら俺クロを下敷きにしてるし!ごめん!」
慌てて起き上がったルークの手を借りて、クロも立ち上がる。上を見上げれば心配そうにこちらを見つめるいくつかの瞳が見受けられた。その中から代表してガイが呼びかけてくる。
「おい二人とも、大丈夫か?!」
「ああ、問題ない。俺もルークも無事だ」
「そうか、よかった……しかし困ったな。お前たちのいる場所はここから結構離れているようだ、合流するには時間がかかりそうだな」
言われて辺りを見回せば、確かに直接つながる道は一見見当たらない。きっとどこか入り組んだ道を進んでようやく辿り着ける場所なのだろう。ちらりと下を見れば、まだ先は長そうだ。
一瞬の沈黙が流れる。それをすぐに打ち破ったのは、リグレットだった。
「わざわざ合流する必要はあるまい。目的地は同じなのだから、このままそれぞれ進めば時期に再び会うだろう。むしろ下へ下へと降りていかねばならないのだから、お前達はショートカットをしたようなものだ」
「……ショートカット、か」
リグレットの言葉にクロが何かを閃く。隣に立つルークを見れば、視線に気づいて振り返ってきた。
「ルーク、念のための確認だが、お前は高所恐怖症などでは無かったな」
「へ?な、何だよいきなり……別に違うけど」
「なら問題ないな」
「何が?ってうわっ!?まっマジで何なんだよこれー!」
返事を聞くな否やひょいとルークを抱えたクロが、頭上に声をかける。
「じゃあ俺たちは先に行く、お前達も来るのなら早く来るんだな。何ならギンジと一緒に待っていてもいいぐらいだが」
「く、クロ?一体何を……」
戸惑う声は最早届かなかった。クロはそのままためらうことなく、下へなだらかに続いて行く道を無視して、空中へと身を投じた。その場にいたクロ以外の全員がおそらく、揃って目を丸くしただろう。自分の身体が宙を舞っている事に気づいたルークが上げる悲鳴が辺りに響き渡った頃には、すでにクロはすぐ下にあった別な足場に着地していた。
「うっうぎゃああああああ落ちる―っ!!」
「落ちねえよ、俺が抱えているだろうが」
「だっだっだって!むっ無茶だって!このまま道無視して落ちていくなんて!」
「ショートカットだ。……俺に落とし穴に落ちるというふざけた才能がありやがるなら、それを利用するまでだ、ふふ……」
「クロの目が怖いー!だっ誰か助けてー……!」
ルークの悲鳴は段々と遠ざかっていった。上から見上げていた仲間達はぽかんとそれを見送る事しか出来ない。クロは無謀にも、道を進む事無く少しずつ落ちていって底を目指す事にしたようだ。辺りをうろついているはずの魔物もその勢いに押されてか、二人を襲うような事はしていない。そうこうしているうちに、あの目立つ赤毛が見えなくなってしまった。
硬直から何とか立ち直ったティアが、リグレットに詰め寄った。
「教官!クロを無暗にけしかけないでください!本人はあれでいいかもしれませんが、付き合わされたルークが可哀想です!」
「い、いや、私はけしかけたつもりはないんだが」
「どうでもいいけど、追いかけなくていい訳?あの調子だと、さっさと二人だけでパッセージリングに辿り着きそうなんだけど」
シンクの言葉にようやくその場の空気がハッと動き出した。しかし誰一人、その場から動きだす事が出来ない。しばらくしてからようやくぽつりと、アニスが呟く。
「……私たちがついて行く必要って、あるのかなあ」
訪れる沈黙。やがてガイが仕方なさそうに、本当に仕方なさそうに言った。
「放っておく訳にはいかないだろ……一応」
おそらく出番はあまりないだろうな。そう心の中で、全員が思っていた。
もうひとつの結末 56
11 /12/06
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