外郭大地降下作戦は、最終段階に入った。残りの起動させなければならないパッセージリングは、ラジエイトゲートとアブソーブゲートを除けばメジオラ高原と、ロニール雪山の二つが残されている。それとは別に、ソーサラーリングの解析も行わなければならない。さらに、アリエッタから驚きの情報が提供された。
「そういえば、総長がフェレス島でレプリカを作ってる、です」
「フェレス島?!師匠はもうフェレス島を復活させたのか」
「少し前に……」
詰め寄るシロに、アリエッタはこくりと頷く。「前」は外郭大地を降下させ、約一ヶ月後何やかんやあってから初めて発見する事が出来た、フォミクリーによって復活させられた島である。どうやらあちらも先手を打つために色々と手をまわしているようだ。
「そういやアクゼリュスで襲ってきた兵士もレプリカだったな。早く気付くべきだったか」
「それなら早く止めなきゃ!これ以上レプリカを作らせないために」
「……ああ」
シロの言葉に、しかし返事をするクロはどこか歯切れが悪かった。まるでレプリカ製造を止める事を躊躇っているようなその様子に、アッシュとルークが首をかしげる。しかしシロだけは、何故クロが躊躇っているのか分かっていた。だから安心させるように、ぎゅっと腕を掴んでみせる。
「これ以上、罪の無い人のレプリカを作らせる訳にはいかない。そうだろ?」
「そうだな……」
にっこり微笑むその顔を見て、クロも何かを振り切ったようだ。一度だけじっと眼を閉じ、次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。
「それでは効率よく行くために、四手に別れるぞ。メジオラ高原グループ、ロニール雪山グループ、フェレス島グループ、そしてここに残って解析を進める眼鏡グループだ」
「最後のグループには入りたくないなー」
「安心して下さい、ある程度頭が詰まっていなければ選ばれませんから」
「どーいう意味だよ!」
笑うジェイドに抗議するルークだが、頭の出来が根本的に違うのは自覚しているのでそれ以上反論はしなかった。結局残る事になるのはジェイドと、ディストぐらいになるだろう。
後はパッセージリング組か、レプリカ装置をどうにかする組かだ。そこで先に手を挙げたのは、ガイだった。
「俺はフェレス島に行かせてくれ。あそこには、少なからず思い入れもあるんでね、一度見ておきたい」
「……そうか、頼む。アリエッタも頼めるか」
「うん」
今レプリカフェレス島に一番詳しいのはアリエッタだろう。快諾してくれたアリエッタを見て、イオンがアニスを見た。
「それではアニスもフェレス島に行ってアリエッタ達を手伝ってくれませんか」
「え、ええーっ何で私が?!いやイオン様のご命令なら行きますけどー、イオン様は行かないって事ですか?」
「僕は残りの二つに行かなければ。おそらくダアト式封術が残ったままでしょうから。どうか、シンクと一緒にサポートしてあげて下さい」
「はあ?何でそこで僕の名前が出てくる訳?」
いきなり飛び出してきた自分の名前にシンクが声を上げる。ちなみにその顔にはもう仮面は無い。戻ってきた際、赤毛達の事情とともに皆へ全てを明かし済みであった。
懸念されたアリエッタの様子だったが、何とアリエッタはイオン達の正体をとっくの昔に知っていたと言うのだ。一人ハラハラしていたクロは、シロに理由を聞かされた。どうやらシロは六神将側にいる際オリジナルイオンとも接触し、ある程度交流していたと言うのだ。その過程でアリエッタの事も任され、あらかじめ真実を告げる事も出来たらしい。
そういう事は早く言っておけとクロがシロの頭をどついたのは言うまでも無い。
「シンクは六神将ですから、フェレス島の事についてもある程度は知っていますよね?」
「まあ……そうだけど」
「だからお願いしたいんです。シンクも、アリエッタ達が心配でしょう?」
「何で僕が心配なんてしなきゃいけないのさいちいち命令しないでくれる?まあ全員頼りなさそうだから貴重な戦力として僕が仕方なく行ってやってもいいけどね」
「イオン様……シンクの操り方心得ているんですね……」
巧みにシンクを誘導してみせたイオンの手腕にアニスが感心する。しかしこれでフェレス島へ行くメンバーは決まった。後は外郭大地を降下させるために重要な仕事がある、メジオラ高原とロニール雪山行きのメンバーだ。
少しだけ考え込んだクロは、すぐに顔を上げた。
「道中はメジオラ高原よりもロニール雪山の方が厳しいだろう。となればこちらは決まりだ。俺とルークがロニール雪山、残ったお前ら二人がメジオラ高原だ」
「おい勝手に決めるな!シロはともかくどうして俺がその過程でその結論になるんだ!」
シロと一緒なのは嬉しい、けどルークを取られて悔しい、さらにクロに馬鹿にされている気がしてムカつく、そんな心境でアッシュが詰め寄る。クロはやれやれといった様子でそれを迎え撃った。さらにムカつく。
「理由なら自分で十分分かっているだろうが、体力減ってるのに粋がるな」
「ぐっ……」
「アッシュ、無理しちゃ駄目だぞ!俺がアッシュの代わりに頑張ってくるから!なっ!」
「ルーク……」
「何たってクロも一緒なんだし、大丈夫だって!」
「………」
相変わらずクロに全信頼を寄せているルークの無邪気な笑顔を見て、己のふがいなさにいっそ泣きたくなってくるアッシュなのだった。
項垂れるその肩に顎を乗せ、のしっと凭れかかってきたシロがアッシュの頭をわしわしと撫でてやる。
「そんなに気落とさないで俺たちは俺たちで頑張ろーぜーアッシュー」
「うるせえ……」
「あっ頭わしゃわしゃずるい!俺もアッシュの頭わしゃわしゃしたい!」
「する方かよ?!やっやめろー!」
「………」
何だかんだ言ってモテモテのアッシュを軽く睨みつけながら、しかしクロの心は別な所にあった。今からパッセージリングの操作を行う訳だが、その目の前にはどうしても、ユリア式封術が立ちはだかってくる。これを解けるのは、ユリアの血縁者か……ローレライの音素のお陰なのか、シロしかいない。
これからの事に不安な思いが顔に出ていたのだろうか、クロの元へナタリアが心配そうな表情でやってきた。
「クロ、それよりシロは大丈夫なんですの?ただでさえ倒れるほど弱っていますのに、これ以上また悪い音素を取り込むなんて……」
「それは……」
「あっ俺は大丈夫だって!後残っているパッセージリングは少ないんだからーって、そうだ!」
素早く聞きつけて割って入ってきたシロが、ハッとしてクロを見た。
「結局どっちのパッセージリングも起動させなきゃいけないんだから、両方俺が行かなきゃいけないんじゃないか?それなら二手に別れなくても……」
「その必要はないわ」
「ティア?」
再び割って入ってきたのは、ティアだった。微笑むその顔には、決意が満ち満ちていた。
「私にもパッセージリングが反応するのだから、私とシロが別れれば問題ないわ」
「ティア、でも」
「お願いやらせて。それに兄さんだって色々手を回しているんでしょう?私たちもなるべく急いだ方が良いわ、この世界のために」
「それは、そうだけど……」
「それじゃあ決まりね。私はロニール雪山へ行くわ」
有無を言わさずティアは決めてしまった。そのまま歩いて行ってしまったティアに、シロはおろおろした様子でクロを引っ張ってくる。
「どっどうしよう、ティアにはもう一回起動してもらっているし、これ以上させたら本当に身体が蝕まれちゃうぞ」
「……安心しろ、俺に考えがある」
「考え?」
「確証は無いが、おそらく大丈夫だろう。ティアには起動させないから、任せておけ」
「……うん」
肩に手を置いて言い聞かせるように顔を覗きこめば、シロは素直に頷いた。自分を信じて安心してくれたのだろうと、心の中だけでクロは喜んだ。もちろん顔には出さない。
やりとりの様子を窺っていたルークとアッシュが、終わったのを見計らって近づいてきた。
「そういえば、ユリア式封術はもちろんだが、ダアト式封術もまだ解いてないんじゃないのか」
「そうなると、イオンをどっちにも連れて行かなきゃいけないのか?どっちも楽な道のりではないのに」
「それなら僕が行くよー!」
はいっと両手を上げて名乗り出たのはフローリアンだった。思わぬ出現にえっと皆でその笑顔を見つめる。
「フローリアン、導師じゃないのに出来るのか?」
「多分出来るよー僕だって一応イオンとお勉強はしてたもん!一回ぐらい何とかなるよ!」
「ありがとうございます、フローリアン」
「ではイオンはシロやアッシュと一緒にメジオラ高原ですわね?そうなるとフローリアンはロニール雪山ですから、わたくしはメジオラ高原に参りますわ。これで人数的にもちょうど同じぐらいになりますわね」
テキパキ決めてくれたナタリアによって、メンバーの振り分けは終わった。後はそれぞれ自分の成すべき事をやるだけだ。
いつ旅立つか、どんな戦術で行こうか沸き立つ皆に代表してクロが呼びかけた。
「出発は明日だ、今日はそれぞれ休息でも準備でもしておけ」
「「はーい」」
「よーしアッシュ買い物行こうぜ!明日の準備だ!」
「それはいいがまた土産なんて買うんじゃねーぞ!」
ぞろぞろと散っていく仲間達をながめながら、シロがクロの隣にそっと寄り添った。クロが視線を動かしてシロを見れば、にっこりと微笑む。
「何だ」
「さっき、密かに後悔してただろ」
「……何の事だ」
「ばればれだっつーの。レプリカ装置を壊すの、少しでも躊躇ってしまったんだろ?」
シロの言葉に、クロは何も言い返す事が出来なかった。図星だったからだ。
クロは思い出してしまったのだ。「前」の時、世界にどんな事が起こったのか。大地を降下させた後、しばらくして世界中を覆ってしまったもの、瘴気を消すために、何が必要だったのかを。
その事を思い出したから、少しでも躊躇ってしまったのだ。以前出てきた神託の盾レプリカ兵を見る限り、おそらくすでにレプリカ制作はある程度進んでいるだろう。しかし今の段階でそれを止めてしまえば、レプリカの人数はもちろん減ってしまう。そうなると……瘴気を消すために必要な第七音素が、足りなくなってしまうのではないか、と。
そういう、レプリカを消してしまう事前提で考えた自分の頭にもクロは内心激しく後悔していたのだった。
「……すまん」
「何で俺に謝るんだよ。考えちゃったものは仕方ないだろ。……きっと、大丈夫だって、まだ瘴気が溢れてくるって、決まった訳じゃないんだし。もし、溢れてくる事があっても……」
シロは少しだけ口を噤んだ。傍にあったクロの袖をそっと、ぎゅっと握りしめる。
「何とかしよう、俺達で」
「……ああ」
その言葉の意味を、クロは回線を使わなくても正確に読み取っていた。しかしそれでもクロの心の中に沸き上がってきた感情は、喜びであった。俺「達」と言ったシロがクロにどれだけの信頼を寄せているか、その言葉にありったけ込められていたからだ。我ながら終わっている思考だと思いながらも、それでもやっぱり嬉しいクロなのだった。
そうだ、起こるかも分からない出来事の事で悩んでいても仕方が無い。今は前に進むしかないのだ。
もし最悪の事が起こっても、二人で対処していけばいいのだ。全てを共に背負うと、誓ったのだから。
そう、二人だけで。
もうひとつの結末 53
11 /01/28
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